「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「怨歌の誕生」(五木寛之)

1998年初めて宇多田ヒカル「Automatic」を聞いた時は衝撃的だった。声、そして歌詞、メロディーライン。しかも15歳という年齢と作詞作曲も彼女だったということ。そしてあの藤圭子の娘だということを知り、またまたビックリだった。

そして昨年17歳でデビューした藤圭子が命を絶った。この本は、五木寛之氏がその頃書いたエッセイである。追悼を込めての文庫版なのかもしれない。そのエッセンスを紹介しよう。


・私は深夜、どうしようもない行きづまった気分のまま一枚の流行歌のLPをレコードを聞くまで、藤圭子という歌手に興味もなかったし、特別な印象もなかったと言っていい。ところが、その番、不思議なことが起こったのだ。私がかけたレコードは、これまで聞いたどんな流行歌にも似ておらず、その歌い手の声は私の耳ではなくて体の奥のほうにまで、深く刺さってくるような感じを与えたのだった。


・私は思わず坐りなおして、そのレコードを二度、三度と聞き返した。これまでビリー・ホリデイだとか、フィッツジェラルドだとかいった大歌手の歌を聞いて感動したときとはどこかちがう、肌にぴったり密着してくるような何かを覚えたのである。


・彼女はこのレコード一枚を残しただけで、たとえ今後どんなふうに生きて行こうと、もうそれで自分の人生を十分生きたのだ、という気がした。ここにあるのは「艶歌」でも「援歌」でもない。これは正真正銘の「怨歌」である。しかし、この歌い手が、こういった歌をうたえるのはたった今この数カ月ではないか、という不吉な予感があった。これは下層からはいあがってきた人間の、凝縮した怨念が、一挙に燃焼した一瞬の閃光であって、芸としてくり返し再生産しうるものではないからだ。


彼女は酷使され、商品として成功し、やがてこのレコードの中にある独特の暗く鋭い輝きを失うことになるのではあるまいか。「怨歌」は、暗い。聞けばますます暗い沈んだ気分になってくる。だが、私はそれでも、口先だけの「援歌」より、この「怨歌」の息苦しさが好きなのだ


確かに今思うと、藤圭子も17歳とは思えなかったよねえ。才能は遺伝するんだね。オススメです。(・ω<)