一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「仏教とっておきの話366 春の巻」(ひろさちや)

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仏教とっておきの話366 春の巻 (新潮文庫)

仏教とっておきの話366 春の巻 (新潮文庫)

 

 このシリーズも3冊目「春」の巻。わかりやすく毎日ひとつずつ仏教の話が収められている。そのエッセンスを紹介しよう。

 

閻魔王はインドの出身インド神話にヤマというのがいて、このヤマは死者第一号であった。それで彼は人跡未踏の天界に行き、そこに緑の楽園を発見した。彼はその楽園の発見者であるから、領土宣言をして楽園の王となった。つまりヤマは死者の国の王様だ。そのヤマに漢字を宛てると「閻魔」になる閻魔王の支配する死後の世界は天上界の楽園で、清流があり、音楽が流れ、すばらしいい土地であった。だが、しばらくするとその楽園に悪人までがやって来て満員になったそこで閻魔は、地下に牢獄をつくって、そちらに悪人を収容した。その地下の牢獄が「地獄」である。かくて、いつのまにか閻魔は地獄の王にされてしまった
 
気象庁のある予報官が、明日の天気を「快晴」と予報した。翌朝は土砂降りの雨だ。予報が外れた。予報官は呟いた。この天気図によると、絶対に雨は降らない。したがって、降っている雨がまちがっているのだ」これは笑い話である。仏教においては「慈悲のこころ」を強調している。慈悲てゃ、他者に利益や安楽を与え(与楽)他者の苦に同情し救済しよう(抜苦)とするところである。したがって「競争するな!」というのが仏教の教えである。「仏教の教えによれば、競争をしている世の中がまちがっているのだ!」
 
念仏をするのに、こうでなくてはいけないといった決まりなんてない結婚をしたほうが念仏を称えやすいのであれば、結婚すればいい。家に居てもよいし、流浪してもよい。たにんの援助を受けてもよいし、自分の独力で生きてもよい。大勢の仲間と一緒のほうが念仏を称えやすければ大勢でやればいい。一人のほうがよければ、一人でお念仏すればいい。法然上人はそう言っておられる。非常におおらかな考え方である。どこにもこだわりがない。
 
・一休の庵室に、彼の俗弟子で孫右衛門という男の奥方が訪ねて来た。酒を出してもてなしているうちちに夕方になり、庵室も暗くなってきたすると一休はこの奥方に今宵はここにお泊まりなさい」と言う。もちろん、彼女は怒る。夫のある身、そんな不倫はできぬ。それに、あなたはご出家ではありませんか。世間の有名人である一休さんが、酔って人妻を口説くとは……と、ぷりぷりしながら帰って行く。帰って夫に仔細を報告した。ところが孫右衛門は妻に言う。一休禅師といえば「生きぼとけ」と呼ばれる人だ。そういう有名人に抱かれるとは名誉なことだ。もう一度行ってお相手をして来い、と。念入りに化粧し、再び一休の庵室を訪ねて行った。だが、一休はわしの欲望はとっくに醒めてしもうたわい」と言い、奥方を追い返したという。たしかに一休は狂っている。一休の物差しはどこかおかしい。夫の孫右衛門も物差しも、妻の物差しも狂っている。一休は自分の物差しを狂わせることによって、みごとに世間の物差しの狂いを暴露したのであった。なるほど一休は名僧だったのである。
 
仏は「水」のようなものだと思えばいい。「水」は様々な形をとる。海の水、川の水、植物の中にある水、空気中にある水蒸気、等々。これが「水」だという形はない。それと同じでこれが仏だという姿・形のないのがほとけさまであるそのような姿・形のないほとけを、では、われわれはどのように拝めばよいか、迷ってしまう。われわれは仏の力によって救われるのであるが、その仏の姿・形が見えないと、なかなか救いが実感されない。そこで仏像が造られたのである。したがって仏像は、ほとけの究極・最高の姿を刻もうとしている。美の極致を表現しようとしている。だから仏像は美しい仏像には、この世ならざる美が表現されている。
 
・仏教は布施のこころを教えている。相合い傘でいえば、濡れている子がかわいそうだから自分の傘に入れてやるのではない自分一人が傘をさしていたのでは気がすまぬから相手にわたしの傘に入っていただくのである。わたしの傘に入ってくださいと頼み、入ってくださってありがとうとお礼を言うのが、布施のこころである。お互いに半分ずつ濡れましょうということである。
 
・ある家に一人の美女が訪ねてきた。「わたしは吉祥天よ。あなたに福徳を授けてあげるわ」福の神の到来である。どうぞ、どうぞと彼女を招じ入れた。とろろが、もう一人彼女と一緒に中に入ろうとする女性がいる。こちらの方は醜女で、見るからに貧乏神である。「おまえは誰だ?「わたしの名は黒闇天(こくあんてん)。わたしの行くところ、かならず災厄が起きる貧乏神よ……」主人はこの黒闇天を追い払った。そのとき、この禍の女神はこう言った。「あんたは馬鹿ねえ。さっき入って行った吉祥天はわたしの姉さんよ。あたしたち姉妹は、いつも一緒に行動しているのよ。あたしを追い出せば、姉さんも出ていくのよ」そうして、吉祥天と黒闇天の二人は肩を並べて去って行った。(「涅槃経」)世の中には、人生には、いいことと悪いことが背中合わせになっているようだ。「禍を転じて福となす」といった積極的な気持ちが必要なのである。
 
・80歳になる老僧が、英語の勉強をはじめた。「いくらなんでも遅すぎますよ」「遅すぎるということは、わしだって知っている。でもな、いま、英単語の一つでも二つでもおぼえておけば、このつぎ生まれてきたときに楽ができるだろうと思うてな……」
 
人生というものは列車で旅をしているようなものだと思っている。「人生老死号」と名づける。この列車は時々刻々、老と死に向かって走り続けている。若さに向かって走ることはない。各駅停車で、各自が降りるべき駅が近くなれば、ほとけさまが教えてくれる。「おまえ、次の駅で降りなさい」そのとき、わたしたちは周りの人々にしっかりと挨拶をして降りたい。わたしは、ほとけさまに言われたので、次の駅で降ります。みなさまとともに楽しい旅をさせていただきました。ありがとうございます。みなさまは快適な旅をつづけてください」そういって降りるならば、死はすばらしい布施になる。なぜなら、わたしの座席に他の人が座れるからである。立ったまま降りねばならぬ人もいる。しかし、そういう人でも、降りることは布施になる。それだけのスペースが空くからだ。だいいち、誰かが降りぬと新しい乗客が乗ってこれない。わたしたちがこの列車の乗客になれたのは、ご先祖さまたちが降りてくださったからである。だから、死は布施である。そのことを信じて、わたしたちは人生老死号を降りていきたい。わたしたちがほとけさまに言われた駅で降りると、隣のプラットホームには、「ほとけ号」が待っていてくれる。わたしたちをほとけの国に運んでくれる。わたしはそう信じている。
 
「地獄極楽裏表」といったことわざがある。地獄湯と極楽湯が隣どおしに並んでいる大きさも設備も何から何まで同じ。ともに超満員。地獄のほうはあちこちで殴り合いの喧嘩がる。足を踏んだ、踏まれた、湯がかかった、肘で突かれた…そんな争いが絶えない。まさに地獄の光景である。一方の極楽湯同じ人数なのに和気あいあい。それはまるく輪になって他人の背中を洗っているから。狭い場所でも仲良くやって行ける。それが極楽のあり方である。地獄も極楽も人間の心にあるのだ。
 
・くもが蝶を捕食し、ライオンがシマウマを捕食するのは弱肉強食」ではないシマウマが自分のいのちを布施していると見る。捕食者のライオンがいないと、シマウマはふえすぎて食糧不足になって全滅するのである。だから、シマウマはライオンに助けられて生きているのだ。もちろんライオンはシマウマに助けられて生きている。それがこの世界にあり方である。蝶はくもにいのちの布施をしているのである。
 
「布施」はサンスクリット語で「ダーナ」というこの音写語が「檀那」あるいは「旦那」である。つまり「旦那」は「布施をする人」でありこじき「右や左の旦那さま…」と呼びかけるのは、サンスクリット語を使っているのだ。われわれは、布施というものは自分にとって重要なものを施さねばばならない。不要なもの、それがなくて困りはしないものを施すのは、布施ではない。真の布施になるためには、体全体、両目を施さねばならないのだ。しかし、わたしにはこれしかできないのです。申し訳ありませんと、お詫びの心でもって施しをさせていただく。そうすれば、それが布施になると思う。
 
その他、「裸の王様ー東と西」「禅と痩せ我慢」「手の平いっぱいの塩」「宇宙仏としての盧遮那仏」「カルネアデスの板」「ほとけの子であれ!(最澄)」「見・聞・疑の三肉」「ならぬ堪忍、するが堪忍」「客なれば、心を残さず(沢庵和尚)」「世界は大きな牢獄だ」「餓鬼に三種あり(無財餓鬼、小財餓鬼、多財餓鬼)」「「因」を呼ぶ「縁」が大事」「ほとけのいのちをいただく(親鸞の袈裟」「まだ女を抱いているのか!?」など。
 

やっぱり仏教は深いね。実話やたとえ話が満載だね。オススメです!(・∀・)♪

 

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仏教とっておきの話366 春の巻 (新潮文庫)

仏教とっておきの話366 春の巻 (新潮文庫)

 

 

 

「続 ざんねんな いきもの辞典」(今泉忠明)

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おもしろい! 進化のふしぎ 続ざんねんないきもの事典

おもしろい! 進化のふしぎ 続ざんねんないきもの事典

 
この本は有名だよね。学校の生物の教科書にしたら理科好きの子どもが増えるだろうなあ!♪ (・∀・)
 
「シリーズ累計250万部突破!!NHK Eテレでのアニメ化や世界一受けたい授業など……メディアで話題沸騰の『ざんねんないきもの事典』待望の第2弾!ざんねんに感じられるけど、でもそこが愛おしい生き物のことがもっと好きになる一冊」そのエッセンスを紹介しよう。
 
・するどい牙でなんてもかみくだくけれど、おじいちゃんの握力に負けるワニ(開く力はともて弱い)
 
・ゴリラのあいさつはゲップ
 
・ラッコはお気に入りの石をなくすと、ごはんが食べられなくなる
 
ジャコウネズミは、電車ごっこで歩く
 

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クマサカガイのしゅみは、がらくた集め
 

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・インドコブラは音が聞こえないのにおどる
 
・ミユビナマケモノのおやつは体に生えたコケ
 
・イイズナは巨大な敵にケンカを売って、たまに食べられる
 
・クシケアリはノリノリで敵を巣に持ち帰る
 
シュモクバエのかっこいい基準は目玉がはなれていること
 

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・フラミンゴ片足立ちなのは水が冷たいから
 
・カは血なんかすいたくない(血を吸うのは産卵前のメスだけ)
 
・キリンは長い舌で鼻くそをほじる
 
・ブタはデブじゃないのにデブだと思われている(体脂肪は15%、大部分は筋肉)
 
・ザリガニは顔からおしっこを出す
 
リュウグウノツカイは、体の半分は食べられてもしかたないと思っている。
 
・トナカイのオスの角はクリスマスまでもたない(毎年春に生えて秋を過ぎると抜け落ちる)
 
クマノミはいちばん大きいオスがメスに変身する
 
・ハトはあお向けにされると動けない
 
プテラノドンの翼はやぶれやすい
 
 
「サバンナモンキーの金玉はスカイブルー」
 
子どものころは暗い色なのが、大人になるにつれてどんどんあざやかになります。こんな色になる理由はメスの気を引くためニホンザルのおしりが真っ赤になるのと同じく、子どもをつくる準備が整った合図なのです。さらにオス同士では、金玉が青ければ青いほどえらいという、なぞのルールまであります。
 

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・リスはドングリをうめた場所をすぐにわすれる
 
ノルウェーレミングは、数年ごとに絶滅しかける
 
・ナナフシの赤ちゃんは、卵の中でおりたたまれている
 
ダイオウグソクムシは、食べなくてもやせられない
 
・ウマは、全力で走ると死ぬ
 
・サカダチコノハナナフシは、おそわれると逆立ちする
 
アマツバメは命がけで眠る
 
やっぱりサバンナモンキーは圧巻の存在感だよねー!(・∀・)!動物ネタ、おもしろすぎ!オススメです。(・∀・)

 

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おもしろい! 進化のふしぎ 続ざんねんないきもの事典

おもしろい! 進化のふしぎ 続ざんねんないきもの事典

 

 

DVD〜感動の名作のDVD化!…「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.1〜3

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「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.1 (<DVD>)

「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.1 ()

 
アニメがそれほど好きではないワタシが、生涯、唯一夢中になったのが、1978年に放映された「宝島」だ。当時、中二、14歳。兄弟三人で毎週観ていた。当時はビデオがない時代。主題歌の町田義人「宝島」「小さな船乗り」も名曲で、ラジカセで録音して覚えたほど。そしてアニメージュのムックも今でもにっている。(・∀・)♪
 
そして弟からこのDVDの発売を聞き、「宝島」ファンのワタシ!いてもたってもいられない!経済力にものをいわせて(笑)全巻買いましたよー!揃えましたよー!夏休みを利用して全26話+ 宝島メモリアル「夕凪と呼ばれた男」約12時間、全作品観ましたよー!!!
 
「昭和の傑作アニメ『宝島』全話を3巻で完全収録する『COMPLETE DVD BOOK』シリーズ。短編アニメ「夕凪と呼ばれた男」も収録!!出﨑監督をはじめ「あしたのジョー2」のメインスタッフを中心に1978年に制作された本作は、今なお根強いファンが多い作品。アニメ史に残る最終話「フリントはもう飛べないー」に加えて、
続編短編アニメ「夕凪と呼ばれた男」も収録される最終巻はまさに見どころ満載です。
保存版のブックレットでは各話ストーリー解説とチェックポイントを紹介。他にもイラストギャラリーや当時のスタッフインタビューも」。1500円とは思えない充実ぶり。その中での名言を紹介しよう。
 
 
第5話「行って来るよ、母さん!」
 
13歳のジム・ホーキンスが母と別れるシーンの母の言葉

「行っておいで、ジム。母さんのことは、心配いらないよ。男の子はみんなそうやって海に出ていくもんさね。しっかり男の仕事をしておいで」
 
 
第25話「潮風よ、縁があったらまた逢おう」
 
「どうしても答えてほしいことがあるんだ。シルバーにとって、一番大切なのは何?
 
いまはこの一杯のコーヒーさ。今日というこの日のこの瞬間はこのおまえのいれてくれた一杯のコーヒーだよ。しかし、明日になりゃ変わっちまうだろうなあ。つまりなあ、オレにとっての一番たいせつなものってのは、オレ自身まだなんなかのかわからねえんだ。だからオレは、こうしてそれを探すために、毎日毎日を過ごしている。
 
フリントの宝さがしに血道をあげたこの10年間は楽しかった。フリントの宝を見つければオレにとっての一番大切なものが何かがわかるような気がしていたんだ。だが何にもなかった。たとえあのフリントの財宝がすべてオレのものになったとしても、宝はやはり宝以外の何ものでもなかった。オレの何かではなかった。あるよな…ジム。どっかでオレがオレの一番大切なものってヤツに出会うときがあるよな…。そうでなけりゃ、そうでなけりゃ…何もかも寂しすぎらあ…
 
 
 第26回 「フリントはもう飛べないー」
 
「宝は?」「海へ出たこと、冒険、そしていろんな男たちに出会ったこと、それが全部、オレの宝だった
 
 
……一本足の男、ジョン・シルバーのなんともいえない魅力。これが男ぞ!これが人間ぞ!これが冒険ぞ!(武田鉄矢ふうに)ジムは、シルバーに、父親像を見たんだね。一度観たら見逃せない名作中の名作っ!あの頃、夢中になった方、まだ未経験の方、ぜったい観てね。超オススメです!(・∀・)♪

 

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「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.1 (<DVD>)

「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.1 ()

 

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「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.2 (<DVD>)

「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.2 ()

 

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「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.3 (<DVD>)

「宝島 COMPLETE DVD BOOK」vol.3 ()

 

 





 

「起源図鑑 ビッグバンからへそのゴマまでほとんどあらゆることの歴史」(グレアム・ロートン)

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またまたオモシロイ本に出会いました!「この世界のあらゆるものは、どのようにして今ある姿になったのか?」銀河、生命、睡眠、貨幣、酒、文字、時間、インターネット、核兵器……。へー!なるほど!と唸ってしまう。図解がまた、わかりやすい!

最新の科学が解き明かす、万物の〈始まり〉の物語。
ようこそ、森羅万象の〈始まり〉を追い求める、知的好奇心がとまらない極上のタイムトラベルへ」そのエッセンスを紹介しよう。
 
・本書は、科学の力で明らかにされた現代版・創世神話の集大成だ。極めて重要なことから、興味深いこと、そして思いがけないことまで全53項目を収録した。
 
宇宙では目に見えるものがすべてではない。見えないもののほうがたくさんある宇宙の大方のもんと比べれば、むしろあなたは奇妙で不合理な存在なのだ。実際のあなた自身やあなたが大切にしているいろいろなものは、宇宙の中では10%に満たない少数派の材料でできている。宇宙の大部分は、暗黒物質と暗黒エネルギーと呼ばれる謎の存在だ2つとも、宇宙にまつわる最大の謎である。その実態は誰にもわかっていない。
 
・今度。車かバスか列車で出かけることがあったら、思い出してほしい。あなたが旅をできるのは、化石になった太陽光のおかげだということを。そして、その化石は何千年あるいは何億年もの間、日の光を見ることなく眠っていたのだということを。
 
・鳥やミツバチ、そしてもちろんノミも。植物、カビ、それからアメーバも。こうして考えると、セックスは普遍的なもののように思えてくる。しかし生物学的な観点から言えば、それは少数派の営みである。宇宙に生命が誕生してから20億年間、セックスは存在しなかった。今だって、地球で一番数の多い生物である細菌と古細菌は、わざわざそういうことをしない。確かにセックス(つまり有性生殖)の明らかな役割は、多様性を生み出し、進化の源になるのだ。遺伝子情報を混ぜ合わせたり組み換えたりすることで、種の適応が促進される。大きな疑問の一つは、有性生殖の効率がひどく悪いことだ。
 
「なぜ虫は、こんなにうようよいるのか?」
 
科学者は毎年2万種近くの新種の生物を報告している。半分以上が無脊椎動物でそのほとんど(約1万種)は昆虫だ数の比率でいえば、地球上のすべての人間を一人に対して、昆虫が10億種以上いる計算だ。昆虫は陸地を支配した最初の動物であり、南極大陸を含むすべての大陸に上陸している。そしてほぼ絶滅することはない。手短に言えば、彼らは地球上を歩いたり飛んだりするすべての動物の中で一番の成功者だといういことだ。
 
今から3億年ほど前、昆虫たちは突然大きくなった。肉食性のメガネウラというトンボの仲間は翼長が最大70cmもあった。この変化の引き金を引いたのは酸素だ。当時は樹木を分解する微生物がいなかったため、木が朽ちることがなかった。結果として酸素濃度が31%に達した。これは現在の1.5倍の高濃度だ。昆虫たちは細い管を通して息を吸い、その中の酸素を体内の各組織に届けているが、このプロセスが昆虫の大きさを規定する。つまり酸素が多く届くほど昆虫は大きくなれるのだ。
 
昆虫の約40%の種はカブトムシだ。イギリスの生理学者、J・B・S・ホールデンは、「生命を研究してきて、神について何がわかったか」と訊ねられてこう答えた。カブトムシが大好きであられた」
 
特に、「なぜ私たちは眠るのか?」「目はどのように進化した?」「サルはいかにしてヒトになったのか?」「最初の言葉は何だった?」「なぜ私たちは友人を作るのか?」「なぜ私たちは何の値打ちもない紙切れを金のように扱うのか?」「肉に火を通すようになったのは居つ?」「私たちはどうやって動物を飼いならしたのか?」「私たちはいつから神を崇めるようになったのか?」「私たちはいつからお酒を飲むようになったのか?」「なぜ私たちには、こんなにたくさんの物が必要なのか?」「私たちはいつから文字を書くようになったのか?」「私たちはどのようにして、「無」を発見したのか?」「私たちはいつから物の寸法を測るようになったのか?」「誰が最初に時間を気にするようになったのか?」「奥深き「12」の世界」「世紀の大発明、元素表の全貌」「なぜ車輪を発明するのに、そんなに長い時間がかかったのか?」「私たちはいつから電波に乗せて話をするようになったのか?」「なぜ私たちはQWERTY配列のキーボードを使い続けるのか?」「人はいかにして世界の破壊者になったのか?」など。
 
どのページから読んでもオモシロイ!子どもは自由研究にも使えるかもね。超オススメです!(・∀・)♪

 

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「ナタンと呼んで 少女の身体で生まれた少年」(カリーヌ・カストロ)

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この本は、考えさせられる……もし自分が思春期のときに、胸が大きくなって生理になったら、主人公と同じことを考えて、同じ行動をとるだろうなあ……。(@_@)!
 
リラ・モリナ14歳。サッカーが好き、ヒラヒラの服は嫌い。でもその日、生理がきたー―。フランスで話題沸騰!身体への戸惑い、自分を愛せない苦しみ、リストカット、恋人・友人関係、家族の葛藤……思春期になったリラは、自分の体が女性として成長していくことに違和感を覚えていた。髪を短くして、ボーイッシュな格好をしても違和感は消えない。リラは悩み、自傷行為に走る――。自分はトランスジェンダーだと気づいたリラが、ナタン(フランスの男性名)として生きていくことを宣言するまでの物語」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
・同性愛者 アイデンティティ 女 異常者? 心は男で体は女 生まれつき体がおかしい レズビアンだったらどうしよう! 男 私はオナベなんかじゃない 男なのかな?オレは誰なんだろう? トランスアイデンティ 自分では男だと思う 自分が誰なのかわからない 
 
・うるさい!何もわからないくせに! オレは男なの!男なんだよ。パパとママのせいだ!イヤな胸はあるし、クソみたいな声だし!!!オレは女じゃない!!!娘じゃないんだ これからはナタンって呼んで!
  
・主人公リラ・モリナが第5学年(日本の中学1年生にあたる)を迎える直前の夏休みに、強烈な性別違和体験をするところから始まり、苦悩に満ちた中学、高校生活を経て、ナタン・モリナに生まれ変わり、これから大学生活を迎えるということろまでを描く。「リラ」は女子の与えられる名前で、「身体的性」は女性である。一方「ナタン」はフランスでとても人気のある男子の名前で、こちらはリラの「性自認」を反映している。
リラは女性の身体に生まれついたことで苦しむが、周囲の無理解や自身のホルモン治療や性別適合手術を経て、男性ナタンとして本来の性を取り戻すことに成功する。本書は、身体的性と性自認の不一致に引き裂かれた一人のFTMFemale to Male)トランスジェンダーが、割り与えられた性に抗い、自分の居場所を獲得しようとする闘いの記録なのだ。
 

前編、マンガで描かれているので実にリアルだ!リラの苦悩が伝わる。トランスジェンダーで悩んでいる方は勇気づけられるだろうね。オススメです!(・∀・)

 

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「定本 日本の喜劇人 喜劇人篇」(小林信彦)

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日本の喜劇人 (新潮文庫)

日本の喜劇人 (新潮文庫)

 

 小学校の卒業文集で「尊敬する人」に書いた萩本欽一。そう、当時大人気のコント55号が大好きで「お笑い芸人」という言葉がなかったその頃、コメディアンになりたかった。(笑)


さて、この本は、すごい!秀作だっ!今年読んだ本のベスト10入り間違いなし!歴史の教科書にも載っていない「日本の喜劇人」の歴史とエピソード満載。そのエッセンスを紹介しよう。

 

・ずいぶん、長いあいだ、私は、興味本位ではない、日本の喜劇人についてのまとまった文章を書きたいと願っていた。その理由は、非常に単純で、私は〈おかしい〉ものなら、舞台映画、テレビを問わず、貪婪(どんらん)に見てきたし、いまでも、そういう気持ちを持ちつづけているつもりだからだ。だが、私には、ほどを知らないところがあって、喜劇的な空間とか映像だけでは物足りずに、それらを創り出している人々ーつまり喜劇人たちの素顔を見たいいや、できれば彼らの生理のようなものをじかに掴んでみたいという欲望にとりつかれてしまった。
 
・小学生のころに見た古川緑波にはじまるこの本は、私の、多くの喜劇役者との出逢いの記録であり、証言といってもいい。それは、より具体的にいえば、喜劇人と呼ばれる人々の個性についての考察である。生れ、育ち、キャリア、発想、芸風、笑わせるテクニック、世渡りの技術、自己演出の才能までもを含んだ意味をもっているのだが、各人ごとに、具体的な記述をつみ重ねてゆけば、おのずから、昭和のー主として昭和20年以降だがー喜劇の歴史にもなるのではないか、と考えたわけである。
 
古川ロッパの〈声帯模写がいかに達者だったかは、徳川夢声「いずれも絶品」と評しているのでわかろうが、昭和7年8月8日に夢声が酒と睡眠薬の飲み過ぎで倒れたとき、ロッパが夢声がやるべき40分間の放送を夢声の声色で埋めて、事故を聴取者に気づかせなかったという、信じがたい事実がある。
 
・まず東宝新劇団の一員としてキャリアを始めている森繁久彌は、いわゆるコメディアンになる気はなかったことである。あったとしたら、昭和11年当時なら、まず浅草へ行っている。森繁は〈世に出る〉ためは、好んで喜劇的演技をみせた。気づいてみると、遅れて現れた森繁は、すでに30年以上、スターの座を保っている。二枚目半というタイプを自ら開拓したのであり、〈喜劇によし、悲劇によし〉というユニークな役者として大成した。『三等重役』から『夫婦善哉』へのチェンジがーすなわち、上質のコメディアンから性格俳優への変化が、あまりに鮮やかだったので、その後の日本人の喜劇人の意識にとんでもない異変を起こさせたである。
 
 
森繁の武器はいろいろあった。口跡の良さ、関西弁と東京弁を自在に使い分けること(これは、めったにできることではない)、アドリブを芸にまで高めたことその他その他である。同時代のコメディアンにとって、こんな気になる存在はないだろうと思われる。
 
・トニーの魅力は何よりも、あるリズムにのって、罵言や下品な言葉を吐きつづけ、観客に愛されようとする素振りを少しも見せぬところにあったのである。
 
・コメディアンに限らず、役者には、二つの才能があると思う。
 
1 もって生まれた才能
2 その〈才能〉を活かすべき場所をさがす(つくり出す)才能
 
植木等谷啓は1の才能が豊かであり、2は奇妙なほど欠如している
 
逆に1に対して2の旺盛なハナ肇は実質的にはよい作品にめぐまれ、植木映画の質的低下とすれちがうようにして、昭和39年の『馬鹿まるだし』をきっかけに松竹の山田洋次監督との仕事がはじまった。
 
伊東四朗はギター、歌、バレエなど、ショウ番組の必要な要素をかなりコナせた。歌は江利チエミがびっくりしたほどである。すなわち、伊東四朗によって、ある状況がつくられ、戸塚睦夫を出没によって状況がくるくる変る。それに合わせて、三波伸介は怒ったり、ゴマをすったりする。てんぷくトリオのコントはおおむね、これにのっとっている。
 
コント55号のコントにあるのは、二人の決定的な対立であり,断絶である。正気の世界にいる坂上二郎のところに、狂気の世界からきた萩本欽一が現れて、徹底的に小突き回す。それは、とうていマスコミが名付けたような〈アクション漫才〉というようなものではなく、イヨネスコ的世界であり、その狂気は主として萩本の内部から発していた
 
藤山寛美の借金の論理「私には演劇、それも喜劇という男子一生の仕事があるのやないか。……ところが、この仕事に賭けているので苦しいことも多い。……苦しいイヤなことがあると酒を飲む。酒を飲むと、そばにおなごはんがいる。いるのつい親切にしたくなる。……親切にすると先方もそうなる。そうなると親切同士たのしく飲みたくなる。……親切から親密になる。その代償として借金が増える。借金がどうしてできるのか。……簡単です。収入より、支出が多くなることです。やがて、借金を取りにくる人よりも、借りてくる私のほうが元気になってきた」
 
・昭和45年ごろからコントを演じる回数が少なくなり、やがて司会的な仕事が多くなった萩本は、彼が翻弄してきたテレビ、テレビ局、視聴者を冷静に観察していたとおぼしい。彼は役者たらんとするよりも、ギャグを作るのが好きであった作家的資質の多いタレントだけに、テレビの本質を、感覚的に把握するのは、非常に早く、かつ鋭かった。天才的コントタレントだった
 
・1961年当時楽屋内で「二大出たがり屋」と言われていたのが前田武彦大橋巨泉で、裏方なのに、やたらに画面に出たがった。ところがでたがるわりには面白くないので、困ったものだと評される。ところが、出たがり屋界の惑星ともいうべき人物が同じ年の10月からシャボン玉ホリデーに入ってきた。「おとなの漫画」の作者・青島幸男である。
 
植木等はみずから〈貧乏人の倅〉を自称し「どん底でも平気だ」と語っていた植木等を知る人は貧乏している時から底抜けに明るくて、私生活がわからなかった」という。
 
クレイジー・キャッツの面白さは、1 が生の舞台 2 がテレビ 3 が映画。と僕は繰り返し書いている。映画がもっともつまらない。皮肉なことに、これは、クレイジーキャッツとは正反対の立場にいた藤山寛美にも共通するのである。
 
・1964(昭和39)年 『週刊文春』のベスト・テン
 
8 渥美清
 
別格 曾我廼家五郎(故人) 小沢昭一
 
 
渥美清には当時から他人を寄せつけない雰囲気があった。言い換えれば〈近寄りがたい男〉である渥美清のまわりには透明な膜があるようで、親しくなるにつれ、そのことを痛感するようになる。彼が片肺の人というのは〈あっちの世界〉の人はみんな知っていた。だからこそ、彼は体調について迂闊な言葉は吐けない。役者・芸人・タレントにとって〈体調が悪い〉という噂ほど危険なものはないからだ。
 
・信じられないかも知れないが、当時の大衆の多くは〈ギャグ〉という言葉を知らなかった。〈ギャグ〉は専門用語であり、映画界かテレビ界の一部でしか使われていなかった。
 
渥美清「狂気のない奴は駄目だ。それと孤立だな。孤立しているのはつらいから、つい徒党や政治に走る。孤立してるのが大事なんだよ」
 
渥美清の話の面白さは天才的であった。あとにも先にも、こんな話術の天才はみたことがない。ことに、座談は名手といってよかった。まず、声がいい。あの顔で、声だけ二枚目というのが、当時は面白かった。が、なんといおうと、形容が面白かった。「さくら、おまえだって、目まで毛糸がほつれて垂れ下がっちゃったような犬のいる家に住みてえだろ」「烏賊の✕✕✕✕みてえな女だもんな。ああいう女とは、褥(しとね)を共にする気にならないねえ。(僕の顔を窺(うかが)うようににして)……ね?」これで笑いが爆発する。発想そのものが変(ファニー)なのである。だから考えて面白くするのではなく、〈……みたいな〉〈……みてえな〉と次々と繰り出してくる。ひらめきが止まらない趣さえあった
 
・「断るほど良い仕事がくるんだよ。断って仕事がこなくなったら、こっちの人気が落ちているんだ。落ちているなら、断っても断らなくても、同じことだろ。断っても、次に良い仕事がくれば、こっちが上がっているのさ。おれは本篇(メインの長い映画)しか受け付けないよ。本篇で失敗したら、やり直せばいい」
 
特に、「丸の内喜劇の黄金時代 古川緑波」「THE ONE AND ONLY榎本健一」「森繁久彌の影 伴淳三郎 三木のり平 山茶花究 有島一郎 堺駿二 益田喜頓」「占領軍の影 トニー谷 フランキー堺」「道化の原点 脱線トリオ クレイジー・キャッツ」「醒めた道化師の世界 日活活劇の周辺」「クレイジー王朝の治世」「上昇志向と下降志向 渥美清 小沢昭一」「大阪の影『てなもんや三度笠』を中心に」「ふたたび道化の原点へ てんぷくトリオ コント55号 由利徹」「藤山寛美 伝統の継承と開拓と」「最後の喜劇人・伊東四朗」「日本の喜劇人・再説」「高度成長の影 萩本欽一」「おかしな男 渥美清など。
 
三波伸介が生きていたら……喜劇界も変わっていただろうなあ。好きだったなあ。今、最後の喜劇人・伊東四朗を見られるのがウレシイ。お笑い大好きな方、必読っ!超オススメです!(・∀・)♪

 

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日本の喜劇人 (新潮文庫)

日本の喜劇人 (新潮文庫)

 

 



 

「なぜ闘う男は少年が好きなのか」(黒澤はゆま)

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なぜ闘う男は少年が好きなのか

なぜ闘う男は少年が好きなのか

 

 ……この怪しげな表紙……アヤシイ……(笑)(・∀・)!

最近ジェンダーフリーが叫ばれ、男性、女性を超えたタレントを見ない日はないくらいだよね。いい時代になったよね。(笑)

 
さてこの本。「武田信玄伊達政宗は美少年にラブレターを送っていた!?歴史を変えた男と少年の秘密の恋。洋の東西を問わず、戦乱の時代に決まって栄えた少年愛
死を賭して戦う戦士たちの側近くに控える、あるいは金髪の、あるいはブラウンの、あるいは黒髪の少年たち。宦官、小姓、稚児、エローメノス、宦官、酒姫(サーキ)。
呼び名はさまざまなれど、それら美しい少年たちに戦士は何を求め、少年は戦士に何を与えたのか」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
武田信玄のラブレター」
 
武田信玄が春日源助に送った手紙の現代語訳
 
1 弥七郎に度々言い寄ったがお腹が痛いと言われ、思うようになりませんでした。嘘じゃないです。
 
1 弥七郎を伽(とぎ)に寝させたことはありません。以前にもなかったです。まして昼夜続けてなんて。特に今夜なんてもっての外のことです。
 
1 あなたと深い仲になりたいと、いろいろ手を尽くしているのに、かえってお疑いになります、もう、どうしたらよいのか分かりません。
 
わたしの言うことに、嘘があったら当国の一二三明神、富士、白山特に八幡大菩薩、諏訪上下大明神の罰を受けるでしょう。本来なら牛王法印(ごうおうほういん)を押した起請紙に書くべきところですが、庚申待ちで人が多いので白紙に書いておき、明日、重ねて書いて差し上げます。(天文15年)
 
7月5日 晴信(花押)
(春日)源助殿
 
 
鎌倉時代の僧、宗性(そうしょう)が36歳の1237(嘉禎3)年、弥勒菩薩の浄土とされる兜率天への往生を願って書いた五箇条の誓文の要約
 
1 41歳以後は、常に笠置寺にこもります
 
2 現在まで95人になってしまいましたが、男を犯すのは100人までで、それ以上は淫らなことはいたしません
 
3 亀王丸以外に、愛童は作りません
 
4 自分の部屋に上童子は置きません
 
5 上童子、中童子のほかに念者はつくりません
 
右の5条は一生を限り禁断します。
 
95人!95人!95人!彼が出家した13歳から36歳まで24年間で単純に割ると、一年あたり3人〜4人のハイペースで男と付き合っていたことになります。これだけやりたい放題やっておきながら、まだ物足りず、あと5人、100人まではと言える神経は、一体何で出来ているのでしょうか。また、次の条で亀王丸以外に愛童は作りませんと言っていますが、これも「亀王丸とはセックスします」という宣言にしか見えなかったりします。自分の部屋に上童子は置きませんと言っているのは、目の届く場所にいると、ついつい手を出してしまうからでしょうか。上童子童子には手を出さないと書いているのも、「じゃあ大童子には手を出す気なんだ。でも、それって亀王丸だけを愛しますっていっている第3条と矛盾するじゃん!」ととにかく突っ込みどころ満載の誓文です。しかも一生を限りと書いているので、生まれ変わったらノーカンにする気満々。こんなユルユルの誓文で本当に極楽へ行けるのでしょうか?
 
 
伊達政宗の手紙の現代語訳」
 
この前の番のことだが、お酒の席で、何かきついことを言ってしまったみたいで、本当にすまん。別にお前のことを疑っていたわけではないのだ。そんな気持ちは毛頭ない
ていうかそもそも酔っ払って、何を言ったか全然覚えていない。
以前、お前が仕事を休んだとき、浮気してるって、乞食坊主が告げ口しやがったのだ。お前に限ってそんなことないって信じていたのだが、少し注意のはずが、酒の勢いで、ついついきつい言い方になってしまった。本当は、お前との仲をこれま以上に強くしたいというのが、本心だったのだ。それにしても、酒の上とはいいながら、よっぽどわたしの言葉に傷ついたのだな。刀で自分の腕を切って、血判を押したなんて、本当に胸が痛む。もし、わたしがその場にいたら、刀にすがりついてでも止めていた。お返しに指を切るなり、股か腕を突くなりして、事実を見せたいところだが、わたしも孫のいる年だろう。「年甲斐もなく」なんて笑われたら恥ずかしいんで、その気持をおさえている。
このままではお前に申し訳がたたないんで、伝蔵が見てる前で起請文を書いて、血判を押して送ります。どうか、これで勘弁してくれ。今日からはこれまで以上に気安くして、仲良くしてくれたら嬉しい。詳しいことは(この手紙を持参した)伝蔵から聞いてくれますよう。
本当に自分のやったことが恥ずかしい。どうか、わたしの気持ち分かってくれ。
 
正月9日 正宗
 
 
当時、男色の誓いとして我が身を傷つけるのは一般的だったようです。正宗のやった「貫肉」のほか、「刺青」「指切り」「爪放し」などの方法があります。それにしても酒に酔って何も覚えていない」と書いたわりに、すぐ次の文章で「乞食坊主の入れ知恵で」とか「きつい言い方をしてしまって」とか、しっかり覚えていることがバレバレなのはどうなんでしょう信玄といい正宗とい、美少年の前では、知恵の鏡がくもるのか、自分が何を書いているのか、分からなくなってるんじゃないかという文章になっています。
 
 
・もしあなたの少年に対する思いが真実なら、『江戸男色考 若衆篇』柴山肇さんが『男色大鑑』を引いて指摘されて下記5つの衆道における心得を突き通してください。
 
1 女色を絶ち、男色への意気地を貫く
2 同時に自分に思いを懸けてくれる人すべてに対する優しさと奉仕を忘れない
3 風流心と高度な品格を保つ
4 身持ちをひきしめ、卑しいところを決して見せない
5 いざとなれば命も損得も度外視の高邁な精神も発揮する
 
そうすれば、きっと少年も、ならず者から命をかけて救ってくれた男に一生を捧げた名女形藤村初太夫のように、あなたに真実の心をもって尽くしてくれます。
 
 
その他、「世界の男色」「ガチムチだったソクラテス 哲学の祖に恋した危険な少年」「同性愛者ばかりのローマ皇帝 神になった少年アンティノウス」「幼いときに去勢した生涯純潔の「通貞」の実態」「「自然の本能に従えば、異性愛になる」は正しいのか?」「日本に男色を持ち込んだのは空海?日本仏教の男色」「お江戸の花は美少年!陰間茶屋案内記」「男色はなぜ廃れたのか」など。
 

すごいなあ……昔からあることなんだね。ビックリ!武田信玄のことは有名だけどね。歴史観がひっくりかえるなあ。オススメです。(・∀・) ♪

 

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なぜ闘う男は少年が好きなのか

なぜ闘う男は少年が好きなのか