酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「新・日本列島から日本人が消える日(下巻)」(ミナミAアシュタール)

 
 今年もたくさん本を読んできたけど、大晦日感動した本の「番付表」を発表するんだけど、この本はベスト10入りするだろうなあ!(・∀・) まさに目からウロコ!!!
 
 

lp6ac4.hatenablog.com

さあ、待ちに待った下巻を読みましたよー!♪

 
 「あなたが幸せを手に入れるための破・常識な歴史が、今解き明かされる!真実なの? SFなの? 決めるのは、あなたです。 消えるとは? 身体を持って次の次元へ行くこと。
本文と、エピローグ「ここからが本題」を読んで頂ければ、消えるという意味が理解できます。 宇宙のはじまりや地球の誕生から現代に至るまでの驚きのストーリー!腐りきった現代社会に生きることに不平不満を持ちながらも密かに幸せに生きたいと心から望むあなたにこの本をお届けします歴史認識が変われば、あなたもこの腐った社会からそっと離れることが出来ます」そのエッセンスを紹介しよう。


・「それがイルミナティーのやり方なの。マッチポンプ自分で火をつけておきながら、さも親切で火を消して回るっていう立場をとることね。アメリカのツインタワーに飛行機が突っ込んだ事件もマッチポンプの手法を使ったものなの。戦争したかったけど、そのきっかけがなかった。だから自分できっかけを作ったってことね」
 
西郷隆盛は、人気者だったのよ。彼は権力が欲しかったんじゃない。本当に日本のことを考えていたのよ。クーデターの中心にいた人達の中で唯一、日本のことを本気で考えていた人物だったの。だから明治維新の中心的な人物のように思われてるけど、実は巻き込まれてしまったって言うほうがいいの。人は良かった、人情にも厚かった……だから慕う人達もたくさんいて人気もあったの。そして日本のことを思い正論も口にする。そんな人物は、もう岩倉や長州派にとって必要なかったのね」
 
・「どうしたら、波動領域を変えることが出来るの?どうしたら、レプティリアンイルミナティーの支配する世界から消えることが出来るの?」「すごく簡単にできるのよ。具体的には、好きなこと、楽しいことをしてご機嫌さんでいることね?」
 
ご機嫌さんの時ってどう?人に寛容になれるでしょ?人を大切に考えることが出来るでしょ?人から何か奪おうなんて思わないでしょ?常識、価値観、道徳、倫理観、などを手放せばいいのよ。我慢しなら、我慢は美徳です。人に迷惑をかけないように我慢しなさいって。だってあなたが我慢すれば、支配者は楽になるわ」
 
アトランティス文明とはまったく反対の文明。それが管理されない、我慢しない、ご機嫌さんの自由な文明。ムー、そして縄文時代縄文の子たちは本当に自由だったわ。リーダーと呼ばれる人もいないし、自然に目が覚めたら起きるし、眠くなければいつまでも起きてる。明日のスケジュールなんてないからね。何かしたければするし、しちゃくなければ何もしない。誰も何も干渉しないの。すべて自分が主。だから、我慢って何?っていう生活だった。それでも、何の不自由もなく、豊かに暮らしていたわ。高いテクノロジーも持ってね。出来るわよ。だって実際に縄文の子たちはそういう生活をずっとやってたんだから
 
・「双方向でのやり取りじゃなくて、多方向へのやり取りってこと。提供してもらったその人に返すのではなく、まったく別の人に提供するってこと。自分が提供したことが、まわり廻って自分の欲しい物として提供されるってことね。だから、自分の好きなこと、得意なことを提供し合う社会になれば、お金という媒体がなくても品物もサービスもちゃんと回るのよ。自分が好きなこと、したいことをして、欲しいもの、欲しいことを頂くの。難しい?シンプルに考えてみて?
 
・「この提供しあうっていう考え方が出来るようになれば。縄文の子たちのような社会を創造することが出来るわ。ピラミッドの三角の社会は、搾取の社会、縄文の社会は、丸い提供しあうお互いさまの社会だってこと。みんなが提供しあう丸い社会を望めば、お金なんて使わない社会を創造することができるの。それが消えた人たちの創っている社会」
 
・「いろいろ話をしたけど、すごくシンプル。消えるためには好きなことをしてご機嫌さんでいればいいというだけ。一番に言いたいことは、とにかく自由で楽しい社会に移行したいと思うならば、我慢することをやめて、好きなことをして、ご機嫌さんでいてちょうだいね。それだけを伝えたかったの。だから、俺ひとりが何かをしても何も変わらないって思うのは間違いね。俺ひとりが変われば、それが共振して周りも変わっていくの。だから、あなたのも出来る。ひとりの意識、思考が大切なの、わかった?イメージさえ出来れば、現実化出来るんだから」
 
 
「大奥は教育のためにつくられた機関」「士農工商は差別ではなく、職業的な役割」「葛飾北斎の瞬間記憶能力」「お金の歴史(紙幣は金の預り証)」「放射能ってそんなに怖いものじゃない!?」「明治維新はクーデター、黒幕は岩倉具視」「明治時代になぜ戦争が多いのか」「大正〜昭和(戦前)までの裏歴史」「現代社会が腐っている理由」「エピローグ(ここからが本題)」など。
 
 
なーるほど!ということは、ワタシにとっては「酒場のギター弾き」の活動をやっていけ!!ってことかー!?妙にナットク!!!これで終了かと思ったら「最終巻」があるんだね。これはまた楽しみだ!超オススメですっ!!!(・∀・)

 

 

「鉄眼 一切経刻版に賭けた生涯」(片岡薫)

この本は3回挫折した。最初の20ページがわかりにくくて途中で放り出してしまった。しかしようやく完読っ!良かった……。すごかった……。この本に出会えてよかった……。
 
仏教経典のすべて一切経。それを読むのもスゴいが、今から約400年前、それを版木を作り、刻版をした鉄眼禅師という人がいたという話を聞いて信じられなかった。その生涯を書いたのがこの本。現在では、京都府宇治市黄檗山宝蔵院にある鉄眼版一切経収蔵庫にて収蔵されていて約6万枚の版木があり重要文化財に指定されている。スゴい、スゴすぎる!!!その鉄眼禅師の生涯とは?そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
・経典を汚したことは、それは自分が悪い。罰を受けても当然である。だが、自分はそのことを言っているのではない。さぜ差し違えた行司でなく、自分が呼び出されなければならなかったのか。同じ僧侶である父が。どうして月正寺や水平寺の住持の前であれほどおろおろし、卑屈にならなければならないのか。それほど、彼らは仏の道を極めているというのだろうか。それならなぜ、仏の道にあるとも思えぬ差別をするのだろう。あの依怙ひいきや、嘘いつわりや不法を許すのだろう。
 
仏の道を説いた教本や、仏の道を知ろうとするすべての人の前に開かれていていいはずではないのか。誰もが自分の手にとって読むことができていいものではないか。それなのに、あたかも自分のものであるかのようにひとり占めにしてしまうとは、いったいどういうことだろう。
 
「おれ、ほんとうのこと知りたか。人間とはなにか、仏とはなにか、仏の道で人間はほんとうに救われるのか、そのことば知りたか」
 
一切経は、仏道についてはもちろん仏教史、宗教文学から医学、天文学、心理学にいたるまで広汎な範囲にわたって説かれており、全巻あわせて六千数百巻もの厖大(ぼうだい)なものとなっている。この全巻を伝えることは容易なわざでなく、これまではまず暗誦による口伝え、それから個人の多大なエネルギーと根気を必用とする筆写、そして高麗や契丹(きったん)などでは十一世紀ごろからうようやく印刷による伝達にまですすんできていた。日本でも鎌倉、足利の時代に一度ずつ印刷が企てられたが、いずれも一部分しかできず失敗に終わっている。それを、この江戸時代に入って、天海僧正が一応完成した。その名をとって、天界版と名付けられたわけである。
 
・「おたずねします。私は、正直者が馬鹿をみない世の中を探しております。どうすれば、どこに行けば、それが見つかるでしょうか。また、そういう世の中があるものでしょうか」隠元禅師「そういう世の中は、探して見つかるものではなく、自分でつくらねばならぬものではないのですか?」
 
・「この国の人たちの中には、私が何かを教えるために来たと思っている人があるようです。それは思い違いで、私はそんな大それたことを考えて来たのではありません。また、仏の道というものは、たとえいくら教えても、わかるものではないでしょう。それでは何を思って来たかというと、私は自分を試しに来ました。私の見つけた仏の道が間違いないものか、揺るぎないものか、それを試しに来たのです」
 
・「私が、仏は自分のなかにあると悟ったのも、探したからでした。追い求めたからでした。私はいまは、仏の道は与えられるものではなく発見するものだ。自分んで見つけるものだ、と思っています。神や仏は頼むものではありません。願うものでもありません。仏は外にあるのではなく、自分の中にあるのです。仏の道は極めても、極めても、極めつくせないものがあります。私はまだまだ未熟な者です。この国におしえてに来たのではなく、みなさんとともに修行を重ねたい、そういうつもりでおります」
 
「そぎゃん歩t家の道が大事ね!そんなものより人間の方が、人間の心が大切ではなかとですか!」
 
・「私は親切な山の人たちに救われ、命を拾うて参りました。もう、死のことは考えません。生きていて、やり抜きたいことがあります。それをやり抜くまでは、死のうのも死ねません。一切経の刻版をいたします」
 
・「一切経を全巻刻版するためには、印刷する工房はもちろんですが、版木を貯蔵しておく場所も必要になるでしょう。六千数百巻もあるのですから、相当の広さを占めることになります。そこで私は、将軍さまからいただいたこの地の一面を、その貯蔵の場所として提供しましょう。あなたがやってくれると聞いて、こんなうれしいことはありません。これで、老僧の願いはかないました。ありがとう、ありがとう、……たいへん、ありがとう!」鉄眼は、ただもう泣いていた。
 
一切経とは、一口で申しますと、仏の道のすべてが説かれたものであります。人の心の問題だけでなく、人間の体のこと、世の中のこと、さらには天体のことまで、真実を求め真理を極めようとしているものであります。つまり、人間を愛し、人間を大事にするものが、このなかには満ち満ちております」
 
・鉄眼は文六や宝州たちと相談して、作業を筆写、刻版、印刷の三部門に分けた。このほかに校正という重要な作業があった。そのためには、第一に字が読めること。ついで正確な字が書けること。それを間違いなく版に彫れること。これだけの能力と技術のある物を必要としたのである。さて募ってみると、読み書きのできるものは少なかった。作業を充実させるためにには建て増しが必要であった。机や工具、それだけの作業をする場所がなければならない。泊まり込む者もあった。作業場や居間だけでなく、炊事場も拡げなければならない。作業が軌道に乗ってくれば、先立つものは金である。なにより、多くの人たちの善意を集め、その力で完成させたいという願いがある。そのためには、日本全国をくまなく歩きたい
 
・鉄眼が歩きまわったわけの一つには、これらの材料探し、材料集めがあった。桜は多くを大和、近江に頼り、遠くは土佐にまで行って求めている。紙は美濃、紀伊から備前、安芸、石見、周防と中国路を探し、四国の阿波、土佐、伊予にまで足をのばした。しかも、ちょっと油断をしているとすぐ品切れになるので、気が許せない。一切経を全巻刻版して版木およそ六万枚、紙は片面二紙だから十二万枚と踏んでいるので、これだけのものを滞りなく調達するのは、並大抵のおとではなかった。
 
・「ここに一人の病人がいるとしましょう。医者がいなければ、どこが悪いのかわかりませんね……それなら医者がいるとしましょうか。薬がなければ、どこが悪いとわかっていても、治すことができません……いいですね。経本を集めた一切経は、ちょうどその薬のようなものです
 
・「みなさんは、浜の砂がなぜあんなに美しいか、考えたことがありますか。波にもまれ洗われて、あんなにきれいになったんですね。人間も同じだと思いませんか。人間には、もともと仏性という美しい心が具わっているのです。どころが、誰もがそのことに気づいておりません。もまれ洗われているうちに、わかってくるのです。大乗起信論には、そのことが詳しく、わかりやすく説かれています」
 
「住持、見てください。これが最後の版です。五万六千二百二十九枚目です……住持、一切経の刻版は、これで全巻完了しました」鉄眼の顔は、この上もなく柔和なものであった。それは、さよならという顔ではなかった。何回でもやろうじゃないかという顔であった。その顔をじっと見つめている小糸の懐に、大事にしまわれた文六の位牌がのぞいていた。
 
 
次回、京都に行った際には、ぜひとも黄檗山宝蔵院に行って拝みたい。元気が出ました!超オススメです。(・∀・)

 

 

「老人ホームで死ぬほどモテたい」(上坂あゆ美)

レコードでジャケ買いという言葉があるけど、本にもあるよね!?この本もそう。タイトルで読みました!これがまたオモシロい!!!なぜ「老人ホーム」なんだろう!?(・∀・) そのエッセンスを紹介しよう。

 

・大学卒業後、それでも謎の創作意欲を持て余して、鬱屈としていたときに出会ったのが短歌だった。短歌はすごい。三十一文字を打ち込むだけだから、お金はかからないし、スマホがあれば重たいキャンバスもいらない。今までは表現の仕方がわからなかったけど、言いたいことならたくさんある。短歌なら三十一文字でそれが言える。短歌のシャープさ、コスパの良さは気に入ったみたいだ。

 

・短歌をつくるとき、わたしのなかにいるたくさんの人たちや、世界に対して、殴ったり殴られたりしながら、本当の輪郭みたいなものを探す。それを繰り返していると気づいたら歳をとっていたりして、こんなふうに闘っている自分を美しいと思う。いつか老人ホームに入るころには、わたしの中に全てのわたしから、死ぬほどモテたい。手放しで称賛せざるを得ないような、かっこいいわたしになるのだ。

 

思わぬ場所から矢が飛んでくる自分の魂を守りながら生きていくための短歌は、パンチ力抜群。絶望を嚙みしめたあとの諦念とおおらかさが同居している」そのエッセンスを紹介しよう。

 

ばあちゃんの骨のつまみ方燃やし方 You Tuberに教えてもらう

 

いつどこの街に行っても「はまゆう」って名前のスナックある 怖い

 

営団地に向かう風 軽トラの荷台に荷物わたし荷物 荷物

 

ロシア産鮭とアメリカ産イクラでも丼さえあれば親子になれる

 

特別な事情が認められないと入れない特別な帰宅部

 

下半身から血が出る日にもおにぎりを握り続ける母という人

 

お前あの妹だろと言われてもたまたま同じ穴から出ただけ

 

人びとの生きたい気持ちを照らすためスーパー玉出は夜にかがやく

 

着ぐるみの着ぐるみのための着ぐるみのための着ぐるみを着る

 

業務スーパーで売ってた幸せを2kg単位で腐らせてしまう

 

味は同じ氷シロップに色を付けるみたいな仕事がこの世にはある

 

残りおよそ五分でお風呂に入れます わたしとあなたは溶けていきます

 

九度二分のわたしに君が息きらせ買ってきてくれたたけのこの里

 

法人化したほうが税金お得だし、みたいな感じで結婚する人

 

天使って紙一重だよ いっぽんの棒がわずかにずれれば大便

 

いいなあ!ワタシも老人ホームでもてたいなあ。オススメです。(・∀・)

 

 

「「北斗星」乗車456回の記録」(鈴木周作)

タイトルに惹かれて手にとって、一気に読んじゃいました。こういう出逢いって好きだなーー!北斗星」に456回っ!?新幹線だって、京急ウィング号だってそんなに乗っていないよなー!きっと。(笑)


「著者の鈴木周作氏は、1988年の北斗星開業以来26年間、その魅力に惹かれて現在まで456回も乗り続けている画家。最盛期の上野駅の賑わい、赤いランプの食堂車、寝台の窓からの変わりゆく風景や星空、車内で出会った様々な人々…夜汽車の楽しみやエピソードなど。北斗星を知り尽くした著者が渾身の想いで綴る、ブルートレイン乗車記の集大成」そのエッセンスを紹介しよう。

 

 
ふるさとの 訛なつかし
停車場の 人ごみの中に
そを 聴きにいく  啄木
 
15番線の車止め付近(改札口寄り)に置かれている、石川啄木の歌を刻んだ碑を振り返る人は、それほど多くありません。
 
今よりも東京と北国が、時間的にも、そして、きっと気持ちの面でもはるかに離れていた時代。この駅に立っていた人たちは、どんな思いで夜行列車を見つめていたのか。そこにどのような人生があり、物語があったのだろう。冬、屋根に雪を載せた客車から降りてくる人々の懐かしい訛りを耳にして、どんな気持ちが広がったのだろうか。歌碑越しに眺める北斗星は、そんな風情を感じさせてくれる。私の好きな、上野駅の光景のひとつです。ブルートレインは、眺めているだけでも結構楽しいものです。そして、残されている時間はもうわずかしかありません。
 
・あの頃、まさか自分が北斗星の終着駅である札幌に移り住み、独学の趣味に過ぎなかった水彩色鉛筆画をプロとして描くことになるなんて、想像もしていませんでした。ある日、たまかま北斗星のもっとも豪華な個室寝台「ロイヤル」のきっぷを手にしたことが、私の人生を変えてしまったのです。気がつけば、北斗星の乗車回数は、456回を数えてしまいました。
 
下りの北斗星は、かつての私にとっては北海道に「行く」ための列車でした。でも今は、自宅に「帰る」ための列車です。この本では、あなたを札幌までの北斗星の旅にご案内したいと思います。その道すがら、私のこれまでの北斗星とのエピソードなどもお聞きいただければ幸いです。
 
上野駅では、地味なようでいて、私にとっては案外大切な準備があります。それは、パンなどの軽食と、ミネラルウォーターを忘れずに買っておくこと。もちろん、夜も朝も食堂車でご飯をいただくつもりです。でもなにかしらの食べ者と水を買っておくことをおすすめします。できれば、保存のきくものがいいですね。これは、何かがあった時の「非常食」です。何もなければ、自宅に持ち帰ります。その「何か」は、まず列車が大幅に遅延した場合。もうひとつは、混雑です。
 
上野駅13番線」「上野〜黒磯 なぜこの列車に心惹かれるのか」「黒磯〜松島 食堂車があることの意味」「松島〜青森 私だけが知っている北斗星」「青森〜青函トンネル〜函館 姿を表す北海道新幹線」「函館〜札幌 記憶に残る出来事」など。
 
 
だんだん、こういう旅情がなくなっていくよね。淋しいからこそ、記録が大切だよね。鉄道ファン必読。オススメです。(・∀・)

 

 

「医者が教える正しい病院のかかり方」(山本健人)

 
昨年8月に入院したときは自分でもビックリしたなあ。まさか、まさか死にそうになるなんて。15日間も入院するなんて、ICUに入るなんて!!そしてそれを思えば今は、スッカリ元気になったなあ!!妻に感謝、病院の医療従事者に感謝、医学の進歩に感謝だねー!♪
 
さてこの本!風邪からガンまで命を守る60の選択。不安でググる前にこの一冊!私たちはどうしたらベストな治療を受け、命を守ることができるのか。正しい医療情報をわかりやすく発信することで多くの人から信頼される現役医師が、風邪からガンまで、知っておくと得する60の基本知識を解説した、医者と病院のトリセツ」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
「後医は名医」という有名な言葉があります。最初に診た医師より後から診た医師の方が、より正確に診断しやすいため、患者さんにとって「名医」になりやすい、という意味です。なぜでしょうか?「それまでに行われた治療が効いたか効いていないか、体がどんな反応を示したか」という情報を手にした上で診断することができるからです。
 
・インターネットで医療、健康に関わる情報を調べたい場合、出典・参考文献の記載があるかどうかを確認してください。「何を参照して書いたのか分からないネット記事」は信用しないのが大前提です。本当に困ったときはググる前に病院へ」です。インターネット上にあふれた情報に溺れ、かえって混乱し、不安を募らせるくらいなら、直接病院に相談しましょう。結果的には、解決までの時間は短く済みます。
 
私たちが拠りどころにすべきなのは「たった一人の体験談」ではなく、「統計的なデータに裏付けれた知識」です。そしてそれに明るいのは、その病気の専門家だる医師なのです。
 
症状の原因やメカニズムが完全に明らかになることの方が少ない、と考えています。「はっきりした答えの得られない問題」は、医療現場においては日常茶飯事で、私たち医師はこの現象に疑問を抱いてはいません。なぜなら、医学とは、人体とは、「そういうもの」だからです。
 
「治りますか?」という質問に「治ります」「治りません」というシンプルな返答をすることが難しい場面の方が多い、という感覚を私たち医師は持っています。まず患者さんの使う「治る」という言葉が何を意味するのかを確認し、お互いに合意に至っておく必要があります。これはがんに限らず、あらゆる病気に言えることです。
 
もし患者さんが「治る」を「医療から完全に自由になること」だと捉えているなら、多くの病気は「治らない」と言えるでしょう。人は、誰しも、いつかは病気になります。病気から免れて生きることはできません。「病気になっても、それを治療しながら日常生活を楽しむ」ということを大きな一つの目標にする必要があるのです。
 
 
「病院に行くときお薬手帳を持参するのはなぜ?」「病院に行く前に準備しておくことは?」「クリニックと病院、どっちに行くのがいい?」「病院に行くときは普段の格好でいい?」「医師は知っている人にしか紹介状を書かない?」「目の前でスマホ検索する医師は信用できない?」など。
 

オモシロくて一気に読んじゃいました。年末にむけて読むべし。オススメです。(・∀・)

 

 

「歴史のダイヤグラム 鉄道に見る日本近現代史」(原武史)

この本、いいわ。あまり期待しないで読んだら、惹き込まれて一気に読んでしまったっ!まさに「鉄道」から見た日本近代史だっ!!!

 
 
 
日本橋から東京駅へ】
 
東京都中央区にある日本橋が架けられたのは、徳川家康が江戸に幕府を開いたのと同じ慶長8(1603)年とされている翌年には早くも幕府直轄の主要な五街道の起点として定められ、沿道に日本橋からの距離を示す一里塚が築かれた。つまり江戸時代には、日本橋を中心とした全国的な交通システムがすでに確立されていたわけだ。この点で日本橋という名称は象徴的だった。
 
・だが明治以降、街道に代わって鉄道が発達する当初は官設鉄道の新橋のほか、日本鉄道の上野や甲武鉄道の新宿(後に飯田町)など、ターミナルが分かれていた。第八代東京府知事となった芳川顕正は市区改意見書のなかで、新橋や上野に代わる中央停車場の設置を唱えた。中央停車場は日本橋とは異なり、旧江戸城西の丸に建つ皇居(明治宮殿)と道路を通してつながることで、天皇のための駅として位置付けられた。1914(大正3)年に東京駅として開業する。その巨大な赤レンガの駅舎は、本丸御殿に代わって全国の中心がどこにあるかを明示していた。東京敵の各ホームからは「0キロポスト」と呼ばれる起点標が眺められる。日本橋を中心とする江戸時代からの交通システムが、ここに受け継がれている
 
 
【非常時における定時運行】
 
 
1945(昭和20)年4月13日夜の城北大空襲で自宅を失った作家の吉村昭は、夜明けに日暮里駅で見た光景をこう記している。
 
「町には一面に轟々(ごうごう)と音を立てて火炎が空高く噴き上げているのに、電車がホームに入りひっそりと発車してゆうのが奇異に思えた。電車は車庫に入っていたが、鉄道関係者は沿線の町々が空襲にさらされているのを承知の上でおそらく定時に運転開始を指示し、運転手もそれにしたがって電車を車庫から出して走らせているのだろう」(『東京の戦争』)
 
未曾有の事態が起こっているのに鉄道は平常と変わらない。たとえどのような重大事が起きようが、いつものように列車が走っている。このことが人心の動揺をおさえ、日常の平安を保つのにどれほどの影響を及ぼしたかは、たやすく想像できる。コロナ禍の拡大に伴い政府が緊急事態宣言を出しても、鉄道はほぼ平常通り運行している。都市部の乗客は減り、鉄道会社は軒並み減収減益に陥っても、電車がダイヤ通りに動いていることで、失われつつ日常の不安が保たれる意味は少なくない。
 
電車に乗っている時間というのは、どういう時間なのだろうか車の運転とは違い、自分で運転する必要がないし、ダイヤ通りに走る。電車のなかは公共空間であり、会ったことのない客と乗り合わせる。スマホを見ている客にも、会話ぐらいは聞こえてくる。「電車という箱は、そこには乗っていない人のにおいまでも乗せて、言葉によって乗せて、銀色のレールをなぞる。なぞられて磨り減る。青空が後退する」(詩人・蜂飼耳(はちかいみみ))詩人の鋭敏な感性は、そこにいない人間の存在感まで浮き彫りにする。
 
鉄道による移動時間を少しでも短くしてきた各社のサービス自体が、皮肉にもコロナ禍によって不要になった移動時間が全くない状態に置かれてしまった。テレワークのためのボックスが設置されるでいいが増えている。ここで改めて問いたい。列車に乗らなくなった代わりに、人々は充実した時間を手に入れることができたのだろうか。確かに満員電車による通勤や通学はストレスの原因になるそれがなくなった喜びは決して少なくない。しかし一般的に言って、電車に乗っている時間は家族や組織や共同体などから離れて独りになれる時間でもある。乗り合わせた客たちは、いわば匿名の個人として向かい合っている。鉄道こそは「誤配」の可能性に満ちた乗り物である。
 
あえて言おう。鉄道は経済的な価値に還元されない文学や芸術と同様、人生にとって大切な文化ではないかと。いまや欧州のほうが鉄道の文化的な価値に気づいているのに対して日本は採算に合わない路線をどんどん切り捨ていている。それは欧州に比べて文学や芸術を大切にしない現在の日本のあり方にもつながっている。
 
 
昭和天皇、極秘裏の伊勢行き」「迂回する地下鉄、直線の中央線」「京都への途を絶たれた浦和」「加藤周一と荒川鉄橋の時間」「小田急「相武台前」の由来は」「戦後巡幸と駅前広場」「「恥ずかしくて名刺にも書けない」駅名(たまプラーザ)」「新百合ヶ丘命名の由来」「谷崎潤一郎が提案する普通列車の旅(37列車)」「夜行と四分間のトリック」「小松左京が予言した2020年の東京」「武田百合子が見た河口湖駅」「車内で発症、後藤新平の覚悟」「ハンセン病患者の四〇時間の移動」「広島の原爆被害と女性駅員」「今も残る思い出の駅そば(立川駅の中村亭、我孫子駅弥生軒」「名古屋から津へ近鉄で行くと」「倶知安の天ぷらそば(自販機)との再会」「高校時代の悩みと熱塩への旅(日中線)」「廃止前の西寒川駅と相模川の夕景」「早朝の中央本線で受けた啓示」など。

 

いいなあ。鉄道って。大好き。福岡にきて、電車に毎日乗らないことも多い。噛み締めて、味わって乗ろう。オススメです。(・∀・)

 

 

「葬式格差」(島田裕巳)

「格差」というと何を連想するかとうと「格差婚」がまっさきに思い浮かぶよね。し、し、しかし!「葬式格差」というのがあるとは知らなかったー!!!(・_・;)
 
 
「葬り方は地域差が大きく大半の日本人は他所を知らない。葬式自体がどんどん減少し、おかしな葬儀、ロボット僧侶、誰も参らない墓が出現する現代「格差」をキーワードに日本人の葬り方を考察した」そのエッセンスを紹介しよう。


・いずれの調査も、総額で200万円前後という数字が出ており、これをもって現在の葬式費用の相場と考えていいだろう。これが欧米の場合だと、事情は違う。イギリスでは日本円で約56万4000円、埋葬費用も含まれていて日本よりもかなり安い。イギリスとアメリカでは、金がなければ、土葬でははなく火葬を選ぶ傾向がある。土葬して墓石を建てても、日本のように立派な石を使うことはない。
 
・葬式の簡略化が進み、全体に額は下がったとは言え、イギリスやアメリカと比べると、日本において人を葬ることにかかる費用は依然としてかなり高い。それだけ日本人は、葬式を重要視してきたとも言える。だが、現在ではさまざまな事情から、葬式に手間をかけられなくなっている。だからこそ、葬式の簡略化が進み、それにつれて葬式にさんれるする機会も減り、葬式についての知識は昔よりもはるかに乏しいものになっている。つまり葬式を出さなければならなくなったとき、その経験がなく、どうしていいか分からなくなってしまうのだ。
 
富山、石川、福井の北陸三県は、浄土真宗の信仰が広がっていて、真宗地帯」とも呼ばれるが、浄土真宗では、葬式から帰宅したときに、「清めの塩」を用いない。それは、浄土真宗が、死後に西方極楽浄土に生まれ変わることを信仰上の目的としており、死を穢れとしてとらえないからである。
 
火葬費用は、東京23区で、大人で5万9000円、子どもで3万2300円。23区以外は、ほとんどが無料である。まさに「火葬格差」だ。札幌市(2施設)無料、仙台市(1施設)9000円、千葉市(1施設)6000円、大阪市(5施設)1万円、福岡市(2施設)2万円。「秘密のケンミンSHOW」では「へぇーそうだったのかあー」という棒読みのナレーションがつくが、「東京都民(23区)」だけがバカ高い火葬料を支払っている。なぜなら、東京における火葬場の歴史がかかわっている。
 
東京では、遺族が遺骨を全部引き取る。しかし大阪では、全体の3分の1、あるいは4分の1である。これは東日本と西日本の違いなのである。
 
 
その他、「土葬中心だった時代、日本人は骨に執着しなかった」「記帳も香典半返しもなし!なるべく金をかけない北海道の葬式の知恵」「檀家が寺を抜けるとき「離檀料」200万円を請求されることも少なくない」「仏教の開祖・釈迦を信仰することはほとんどんない日本仏教」「ロボット導師も登場する今、葬式にやってきた僧侶は果たして本物か」「正式な僧侶の資格と「戒律」」「鑑真が来日した理由と、それに対抗した最澄天台宗」「「メモリアルビデオ」という名のスライドショー」「ドライブスルー葬を生み出した「世間体」」など。

 

まさに目からウロコ!「へぇーそうだったのかあー」「ケンミンSHOW現象」だね。これ、知っておいた方がいいよね。超オススメです。(・∀・)