一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「ヒキコモリ漂流記」(山田ルイ53世)

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ヒキコモリ漂流記  完全版 (角川文庫)

ヒキコモリ漂流記 完全版 (角川文庫)

 
 
髭男爵山田ルイ53世はヒキコモリだった!と聞いてビックリ!しかも大検を受けて国立の愛媛大学に入学!それも中退、そして芸人に!という波乱万丈の人生!
 

「早くから神童と呼ばれ、いやらしくも巧みに自分を演出、見事名門中学に入学した無敵秀才少年は、なぜ突然引きこもり、望遠鏡で街を眺め、成人の日にテレビで夢を語る同級生を、部屋で見つめることになったのか。「なんにも取りえがない人間が、ただ生きていても、責められへん社会、が正常です」と優しく語るお笑い芸人が、文才をスパークさせ綴る挫折と再生の半生。七転び八起き、人生はやり直せる!日本一笑えて泣ける生き方指南」そのエッセンスを紹介しよう。

 
長距離通学の負担、友達との経済的格差、それを埋めるための猛勉強、睡眠不足、それらのことが積もりに積もって、ボディブローのように僕の心にダメージを与えていたのだろう。そして「ああいうことになった」。
 
小学校6年生にして、早くも人生の頂点、「黄金期」を迎えていた。今思えば完全に、人生の「ペース配分」を間違えた。ラソン選手なら完全に調整ミス。オリンピックの半年前に体調のピークを持ってきてしまった……そんな感じだ。この栄華が未来永劫続くと思って毎日を過ごしていた。
 
・僕はお金と気力が尽きた。どれくらいお金がなかったかというと同じアパートの一室に住んでいた大家さんが、遊びにきた孫が置いていったザリガニを飼っていたのだが、それを炊飯器で茹でて食べたくらいだ。
 
・まとめると、毎月最低5〜8万円もあれば、僕はとりあえず生活できたのである。食べたいものも食べず、電車にも乗らず、風呂にも入らず、服も買わず、ただ暮らす。はたしてそれを「生活」と呼べるのか分からないが。ちなみに日雇い労働では大体一日1万円くらいは稼げるので、毎月5〜8日バイトすれば十二分に足りる。つまり週に1,2回バイトすればいい話なのである。授業は週に、2,3回だったからそれでも休みの日が週に2日以上はある計算だ。それすらもできない。駄目人間である。とにかく僕は働きたくなかった。「働いたら負けだ」とさえ思っていた。一体、何と戦っているのか分からないし、そもそも負けている
 
お笑い芸人ですぐに売れると思っていた。何の根拠もなく。それくらいの華々しい好スタートを切らないと、割に合わない。帳尻が合わない。せっかく入った大学もやめ、誰にも言わずに失踪同然で状況し、お笑い芸人を目指したのだ。なのに、アルバイトに精を出し、日々の屈辱に耐えるなんて無理だ。あれだけ悩まされた「神童感」の名残がまた微妙にカタチを変えて、僕を再びむ苛み始めていた。
 
「中学受験に合格」→「中学校で留年」→「引きこもる」→「苦し紛れに高校受験するも、不合格」→「5年間、20歳まで引きこもる」→「大検取得」→「大学合格」→「2年足らずで失踪」→「失踪」→「芸人として、下積み生活始まる」→「借金で首回らなくなる」→「債務整理」→「やっと一回売れる!!」……そして「今」である。こんなに嫌なますが多いスゴロクも珍しい。「サイコロ」の方もおかしい。こんなに出目に偏りがあって良いのだろうか?ここ数年に至っては、サイコロ自体紛失した。一向に、次のマスに進めない。
 
「引きこもりの朝」「神童の季節」「地獄の通学路」「引きこもり時代」「大学での日々」「下積みからの脱却」「三畳八千円、風呂なし、念仏あり」「引きこもり、親になる」など。

 

なーるほど!わかるなあ……こんなことがキッカケでヒキコモリになったりするだろうなあ…。超オススメです!(・∀・)

 

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ヒキコモリ漂流記  完全版 (角川文庫)

ヒキコモリ漂流記 完全版 (角川文庫)

 

 

「愛国消費 欲しいのは日本文化と日本への誇り」(三浦展)

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愛国消費 欲しいのは日本文化と日本への誇り

愛国消費 欲しいのは日本文化と日本への誇り

  • 作者:三浦展
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2010/12/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

今年は全作品読破を狙っている三浦展さん。現代のトレンドがわかるよね。統計学ってスゴいなあ!(・∀・)

 

日本人であることに誇りをもつ若者が増えている内閣府の調査によれば、77年は誇りを持っている人が70.4%だったのに対し、08年には81.7%に増加。パワスポや仏像のブームの影響からか、海外から日本に目を向ける若者が増えているのである。そのような傾向に伴い、消費動向にも変化が訪れているという。若者はなぜ日本的なものにあこがれるのか。日本社会にどのような変化が訪れているのか!?下流社会三浦展による現代日本消費論!」そのエッセンスを紹介しよう。

 
・今、「日本ブーム」とも言うべき状況がある。旅行先は京都が人気である。熊野古道も人気がある。雑誌で神社やお寺の特集が組まれると評判がよい。伊勢神宮に行く人が若い人でも増えている。その背景にある心理は「大きな物語」を求める心理であるそして日本人が最も多く共有できる物語、それは「日本」そのものである。
 
ガツガツ働いて、ガツガツ消費する人間とは、そろそろさよならしたい、という感情が、日本人に、特に若い人にあると思う。さらびにその「脱ガツガツ」の気分がエコ意識と結びついている。エコな消費、生活は、日本本来の暮らし方を思い起こさせるエコ志向の高まりが日本を好む心理と結びついている
 
「現代最新女性調査」「日本はいいなとか、日本人であることを誇りに思うのはどんなときか」の中でおいしいご飯、和食を食べられること」がダントツに一位なのは興味深い。最も日常的で最も欠かすことのできない食が日本への愛着と誇りの源泉になっている。
 
諸外国と日本の違いは、日本人が他国の料理でも一流品にしてしまうことだ。日本人が作ることで「世界中の食べ物」がより美味しくなるパティシエコンテスト、ソムリエコンクールで優勝など。日本人の味覚の素晴らしさや、芸術的な料理創作の伝統への誇りを感じさせる。
 
「日本」という「大きな物語」を求める心理は、どうやら1990年代に広がったらしい。Jリーグ(93年)最初のワールドカップ出場(98年)野茂英雄の大リーグ挑戦95年)といういことが起こった時期。スポーツを通じた愛国心がマスメディアによって毎日のように昂揚させられ始めた時期なのである。
 
日本を好む、日本を好む、日本の伝統的な生活、文化を好むということが、後ろ向きの、昔を懐かしむだけのものではなく、将来の日本にとって、かつ世界にとっても大きな課題であるエコ志向と結び付くという点が、とても重要なのである。つまり現代における日本志向は未来志向的な考え方と一致するのである。
 
やっぱり我が祖国、日本っていいよね〜最高だよね〜愛国主義者(笑)にオススメです!(・∀・)

 

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愛国消費 欲しいのは日本文化と日本への誇り

愛国消費 欲しいのは日本文化と日本への誇り

  • 作者:三浦展
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2010/12/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

「血族が語る昭和巨人伝」(文藝春秋編)

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血族が語る昭和巨人伝 (文春文庫)

血族が語る昭和巨人伝 (文春文庫)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1990/03
  • メディア: 文庫
 

ワタシの母校の明治大学農学部。有名なのは何と言っても、冒険家の植村直己大先輩。映画で植村直己さんを演じた西田敏行大先輩。そしてジャイアンツのV9戦士の高田繁大先輩。そして大後輩では向井理(当然、呼び捨て(笑))妹分の山本美月(笑)……そして尊敬するワタシの兄、小野塚秀敏、そしてずーっとオチコボレの小野塚テル……(笑)

 

さてこの本。「孫を連れての寄席通いが楽しみだったワンマン宰相、研究に日夜没頭し骨と皮にやせてしまったノーベル賞受賞の科学者、仕事一途のため孫の名も忘れてしまう経営の神様…。妻や子、孫、兄弟など血族だからこそ語り得る「昭和の巨人」60人の人間くさいエピソード、意外な素顔、とっておきの話。文芸春秋読者賞受賞」その中でも、我が明治大学農学部出身の大先輩、冒険家の植村直己さんの章を紹介しよう。

 

植村直己 「行ってくるよ」が最後の言葉」 (植村公子)
 
植村が冒険に行くのは、誰のためでもなく、自分が行きたいからなんですよね。だから私としては、どうか他人さまに迷惑をかけないで欲しいといいう気持ちで、彼を送り出していたんです。だって、結局は他人さまのカネで遊びに行ってるわけでしょ。私も、世の中にこんな暮らしがあるのか、とビックリしたんですよ。食べることは、後からついていた、という感じでしたね。私は、困った人だな、まるでヤクザじゃないかしら、ととても恥ずかしかったんです。でも、一面、私は「ようやるわ」とも思っていました。
 
冒険に行く前ですか?そうですね、出発の前の晩、私は「行くの、やめとけば」というと、彼も「そうしようか」というんですよ。ところが翌朝起きてみると、そんなことは忘れてしまってじゃあ、行ってくる」と出ていくんです。考えてみると、悲愴感を二人で心の中に隠していたのかもしれませんね。帰ってきても、彼は家に着くと「終わったよ」と一言いうだけ私も「お帰りなさい」というだけで、旅の話を二人だけでするというようなことはなかったんです。どんな旅で、どんな目に遭ったか、というようなことは、他人さまが彼を尋ねて来て、それを傍で聞くだけでした。
 
 

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マッキンリーへ行った時ですか……あの時も彼は「行ってくるよ」と一言いっただけ。私も「行ってらっしゃい」と見送って……今思い返しても、特別、胸騒ぎがしたとか、何もなかった。全くいつも通りでした。遭難の知らせの電話で、私、一時間ぐらい動けなかった……家の中が本当にシーンとして一時間ぐらい動けませんでした。今度はダメかな」と思ったんです……。そして彼の絶望がハッキリしてから記者会見に臨んだんです。そこで私は彼のことを「だらしないじゃないの」とか言いましたが、会見の前、一番、思っていたことというのはついに、みんなに迷惑をかけちゃったな」といことでした。だって彼がやったことというのは、お国のためじゃなくて、自分で遊びに行ったんですから。死んだって、どうにも仕方がないなあという気持ちでしたね。
 

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明治大学生田キャンパス農学部校舎前の記念碑
 
彼との結婚生活は、ちょうど十年でした。一言でいえば、植村という人は、面白い人だったなあという感じでした。あの人、実はノロマだったんですよ。ですから自分一人でやるのには、ちょうどいい頃にいたんだ、とつくづく思うんです。
 
その他、「団琢麿」「犬養毅」「小林多喜二」「高橋是清」「赤木圭一郎」「小津安二郎」「池田勇人」「小泉信三」「石坂泰三」「田中絹代」「朝永振一郎」「平塚八兵衛」「水谷八重子など。

 

やっぱり昭和は良い時代だったねー。平成も過ぎ、令和だもんねえ…時代を感じるね。オススメです!(・∀・)

 

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血族が語る昭和巨人伝 (文春文庫)

血族が語る昭和巨人伝 (文春文庫)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1990/03
  • メディア: 文庫
 

 

 

「ゲバゲバ70年!大橋巨泉自伝」(大橋巨泉)

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ゲバゲバ70年!大橋巨泉自伝

ゲバゲバ70年!大橋巨泉自伝

 

ワタシが子どもの頃からテレビで大活躍していた大橋巨泉さん。ちょうどワタシの父とほぼ同い年なので、彼を見ると父を思い出す。父の人生とオーバラップするのだ。(・∀・)

「『11PM』『ゲバゲバ90分!』『クイズダービー』『HOWマッチ』テレビがとてつもなく面白かった時代の秘話満載、渾身の書き下ろし!「芸能界の生き字引」著者初の本格自伝」そのエッセンスを紹介しよう。

 
オウム真理教の事件が起こって以来、マインドコントロールということが問題にされるようになったが、われわれ昭和ヒトケタ生まれの少年が受けた、皇国史観によるマインドコントロールほど強烈なものはなかったろ。我が国は神国であり、永久に不滅である。敵が攻めてきても、元寇のように最後は神風が吹いて全滅する、と本気で信じていたのだから、すごいコントロールである。
 
・1945(昭和20)年になると戦局はますます悪化し、主食はほとんどカボチャかサツマイモという状況になった。あとはうどん粉のだんごを汁に入れたすいとんである。この三つのうち、カボチャとすいとんは、少なくとも戦後40年以上、ボクは食べられなかった。(同級生の笹本は今もって食えないと言っていた)
 

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価値観の180度転換というのは、ある特定の時代に生まれないと起こらないことだろう。ボクには起こった。これがボクをして戦後民主主義者として生きさせている原点である
 
・ボクが再び東京の土を踏んだのは、1947(昭和22)年になってからである。やはり「帰ってきた!」という思いが強かった。東京の下町ーそれはボクが所属すべきところであった。みんなが商売をしていて、人情があったぐずぐずしない、ねちねちしない、ハッキリ物を言う今もってボクの人生を律しているのは、この下町コードである。
 
・中学時代から続けていた俳句は、ますます熱心になり、1950年春には「巨泉」という俳号を名乗っている。これはイデアが尽きないように「泉」をイメージしより大きな泉には熱烈な巨人ファンであったボクには「巨」の字がぴったりであった。この俳号はそのままジャズ評論家や放送台本のペンネームとなり、さらにテレビタレントとしての芸名?にまでなった。よくボクに対する悪口として、体や声もでかいが、態度や名前まででかいというのを聞いたことがあるが、事実はこの名前は少年が一人で考えたものである。
 
・ボクの高校時代をひと言で表せば「学術優秀、品行不方正」である。ボクの品行にはいつも「不」がついていた
 
・今どきのプロデューサーは、まずタレントありきで、タモリをつかまえる、たけしをおさえるから始める。そしてタレントに合った台本をつくらせる。井原高忠さんは、まず作家に面白い本を書かせ、それに合ったタレントを探した。この差は実に大きい。近年のテレビに面白い番組が少ないのは、実はここに起因していると思っている。台本に金をかけないで、くだらないタレントがアドリブに頼っているから、我が国のテレビのショウは下落の一途なのだ

 

やっぱり巨泉さんってスゴいね…。自分の好きな世界で生きてきた。憧れるなあ。超オススメです。(・∀・)

 

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ゲバゲバ70年!大橋巨泉自伝

ゲバゲバ70年!大橋巨泉自伝

 

 

「わが人生の時刻表」(井上ひさし)

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 ひょっこりひょうたん島」「吉里吉里人」で有名な井上ひさし氏。中学のとき「ブンとフン」を読んで夢中になったなーあ!(・∀・)

 

「現代の戯作者・井上ひさしが30年以上にわたり書きついだエッセイの中から、とりわけユーモアに富む珠玉を取り出し一冊にまとめる。人生の転機になにをしでかしたか?時代を映す鏡は本当は何処にあるのか? なにげなく使っている日本語の意味は?文字通り抱腹絶倒体験の中から幾多な「世の中」が見えてくる。エッセイで綴る鬼才の半生」そのエッセンスを紹介しよう。
 
・私の場合、まず「ギャグ(笑わせる工夫)は逆(ぎゃく)」という語呂合わせみないた方法がある。たとえば、一人の男が椅子に腰を下ろし、ポケットからリンゴとナイフを取り出し、ゆっくりとリンゴの皮をむきはじめる。やがてリンゴの皮は一本の紐となって長く垂れ下がる。男は黄金色の実をぽいと背後に放り捨て、皮を美味しそうに食べ始めるというのがその古典的基本パターン。医師が健忘症で患者が診察する、恋人同士が、じつは女が男で、男のほうが実は女だった、など。
 
表なら裏、上とくれば下、右と声が掛かれば左、前といわれれば後、黒なら白、肯なら否、善なら悪、山なら川と、逆へ逆へとはなしをねじ曲げる。この「逆」説によるおかしみは、日常の、常識の世界とばからしさに還元された世界とを、だしぬけに結びつけることのによって見物人から笑いを引き出す。
 
・ふとしたことから浅草のストリップ小屋で働くことになった。文芸部員、というと格好はいいが、その実体は雑役で、踊り子たちの注文したラーメンを上げ下げしたり舞台の袖に陣取って緞帳を上げ下げしたり舞台中央のマイクを袖からスイッチで上げ下げしたり暗転の間に素早く舞台の小道具を上げ下げしたり、というように、いやに上げ下げする仕事が多かった
 
原稿遅延常習犯の言い訳もわれながら可愛らしかったと思う。「風邪を引きました」「腹をこわしましました」「懐かしい友人が訪ねてきまして」「母親が上京してきたものですから」「乗るべきバスとそうでないのを取り違えまして」自動車事故を見物しているうちについ」「大家の飼い犬が靴を咥えて行ってしまいまして」「大家の猫が原稿の上にとび上がりインクを飛ばしましたので、書き替えに時間をとられまして」「大家が家賃の値上げを申し渡しに来ましてので、それは強欲だと喧嘩になりまして」「大家が小火(おや)を出しまして」「大家が危篤になりまして」「大家が見合いをすすめるので、それに乗って相手の娘に逢いましたので」「大家の夫婦の大喧嘩の仲裁に入りましたところが、これが結構揉めまして」という具合で、大家を悪者にしておけばたいてい事が済んだのである。
 
「接続詞「ところが」による菊池寛小伝」「池波さんの振り仮名」はオモシロイ!古典的だけど、いまでも使えるユーモアの実例、満載。オススメです。(・∀・)

 

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「ヨチヨチ父ーとまどう日々ー」(ヨシタケシンスケ)

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ヨチヨチ父 とまどう日々

ヨチヨチ父 とまどう日々

  • 作者:ヨシタケシンスケ
  • 出版社/メーカー: 赤ちゃんとママ社
  • 発売日: 2017/04/22
  • メディア: 単行本
 

ワタシには子供がいないので子育ての経験がない。父になったこともない。でもこの本で疑似体験出来るかも!?(笑)

 

著者はワタシが天才と認めている一人、ヨシタケシンスケさん。「パパは共感。ママは落胆。ママっていつもイライラしてるよね?パパって何か蚊帳の外だよね…?話題の絵本作家・ヨシタケシンスケが、父になってわかった“トホホな真実”を描く、初の育児イラストエッセイ!」そのエッセンスを紹介しよう。


・赤ちゃんと暮らすことでわかる「いいこと」のひとつに「赤ちゃんっていいにおいがする」があります。写真や体験談では決してわからないこの「なんともいえない赤ちゃん特有のいいにおい」育児における数少ない「ごほうび」として今のうちにたっぷり吸っておきましょう

 

・赤ちゃんの顔って、やっぱりかわいいですよね。絶大な「許され力」を持っています。「自分を含め、最初はこんなに無垢で無力な赤ちゃんだったんだな……」改めてフシギな感じがします。「赤ちゃんだった頃の写真を全員首から下げないといけない日」を作ったら、その日は、みんなちょっとだけやさしい気持ちになれるんじゃないでしょうか。

 

・わが子の発育ペースがほかの子とくらべてゆっくりだと、やっぱりちょっとあせりますよね。ヨシタケ家の家訓には「人生のピークは遅い方がいい」というものがあります。「アハハハハ!できなくていい、できなくていい!できたときのお楽しみはだいじにとっておこう!」私の周りの「元・神童」たちが、皆その後パッとしないことと、私自身の経験から「ゆっくりとした右肩上がり」が一番幸せなんじゃないか、と思うからです。ゆっくりと人のあとを追いかける人生。その目線から身に付けるやさしさやしなやかさって、いい人生を送る上でとても有利に働くハズなのです。

 

「ねむいとグズる」それが子供です。「ねむたいんだったらとっととねればいいのに」世界中のパパとママの願いは、今日も届くことはありません。赤ちゃん裁判があるとしたら、動機の8割は「ねむたかったから」です。まあ、大人だって「ねむさ」に左右されますからね。

 

「父としての完成」ってあるんでしょうか。考えてみれば、この先ずーっと初めてのことしか起きない訳で、常に「とまどい」と共にあるのです。きっと父としてはいつまでたってもヨチヨチしたままなのでしょうね。「ヨチヨチしながらでしか見えないもの」を楽しむものが、きっと大人であり、パパなのです。

 

ワタシもまだ諦めてはいない、可能性がある。父になる日を夢見て!(笑)オススメです!(・∀・)

 

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ヨチヨチ父 とまどう日々

ヨチヨチ父 とまどう日々

  • 作者:ヨシタケシンスケ
  • 出版社/メーカー: 赤ちゃんとママ社
  • 発売日: 2017/04/22
  • メディア: 単行本
 

 

「渡る老後に鬼はなし スッキリ旅立つ10の心得」(橋田壽賀子)

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渡る老後に鬼はなし スッキリ旅立つ10の心得 (朝日新書)

渡る老後に鬼はなし スッキリ旅立つ10の心得 (朝日新書)

 

 「渡る世間に鬼はなし」で有名な脚本家の橋田壽賀子さん。ドラマは一度も観たことはないんだけど、もう91歳なんだね。(・∀・)

「葬儀、仕事、家族、友人、名誉欲、財産、恋愛、夫……持つから鬼になるんです。いつでもお迎えOK、最強の橋田流「終活」とは?」そのエッセンスを紹介紹介しましょう。

 

・2015年の12月から年をまたいで約3ヶ月間、私は大型客船「飛鳥II」で世界一周の旅を楽しんでいました。卒寿を超え91歳2014年に入って仕事の依頼がパタッと途切れたのもなにかの縁、重い腰を上げて始めたのが「終活」です。これまで書いた作品の脚本を整理し、自宅にある洋服やバッグを処分すると、何十年と溜まりに溜まったものがすっきりスリムに、まだ残してある物の処分については「終活ノート」に。
 
・両親は私が20代、30代のときに立てつ続けて亡くなり、親はなし。27年前に夫に先立たれ、夫もなし。うちには子どももいませんし、親戚づきあいもない。それに毎日長電話したり、3時に一緒にお茶を飲むような友だちもいません。天涯孤独、自由気ままな独り身です。誰かのことを心配するおともなければ、誰かに余計な期待をかけることもない。「ない」からこそ心穏やかに最期を迎えられる。今、私はそんなふうに思っています。もちろん後悔も「なし」で人生終えたいものです。
 

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・蔵書の多くは熱海市図書館へ寄贈、新聞の切り抜きは処分。山のような眼鏡は開発途上国に眼鏡を寄付する団体へ
 
私は何も残したくない。死んだ後に何かを残したって意味がない。だから、最近は旅行に言っても以前ほど写真を撮らなくなりました。どうせ私が死んだら捨てられてしまう。それなら撮らないほうがいいかなと。この世から完全に消えてしまうのがさっぱりして一番いいのです。インタビューで「次に生まれ変わったら何をしたいですか?」と聞かれることもありますが、そもそも生まれ変わりたくなんてありません地震の心配や、いつ重い病気に罹るかもしれないという心配をしながら生きるなんてしんどいもの。もう十分すぎるほど生きました。それも生きたい時代に。
 
「葬儀なし〜世間には知られずに死ぬのが理想」「出世欲、名誉欲なし」「仕事なし」「友なし」「親なし」「恋愛なし」「夫なし」「親戚なし」「子なし」「後悔なし」いいなあ!うらやましい!(笑)これぞ!理想の終活だね。いまから読んでおくといいかも。超オススメです。(・∀・)

 

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渡る老後に鬼はなし スッキリ旅立つ10の心得 (朝日新書)

渡る老後に鬼はなし スッキリ旅立つ10の心得 (朝日新書)