一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「寄せ鍋人物図鑑」(高田文夫)

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お笑いが好き。それを作り出す芸人の生き様が好き。笑いを作り出すことってスゴイことだよね。まあ生き様がお笑いだったりするけど。(笑)

 

「天才エンターテイナー高田文夫が、ケシゴム版画名人ナンシー関との最強タッグで贈る「時代を創る36人」とのごった煮交遊録。野球、プロレス、相撲、寄席芸人からバラエティータレントまで、高田文夫だからこと覗けたスッピンな人物像、そして差し障りのあるディープなインサイド・ストーリーがわんさか」その代表的な芸人のエピソードを紹介しよう。

 
 
 
アーッもう大変なんすから。体だけは大事にして下さいよ。本当。どうもこっちからこっち笑いが少ないですネ。こっち側を重点的にやりますから。こっちからこっち休め!」「うけないと大変。楽屋にこう目盛りがあって、10円ずつ針が動くんすから……アハハ、好きです、好きです、好きです」(ここで客席からヨシコさんの声!)「アーッ、先に言っちゃ駄目。生活かかってんですから。アッ!お坊ちゃんよくいらっしゃいましたネ。いま来るんじゃないかって噂していまして……いまから月光仮面の話しますよ」
 
 
大川豊 「大川興業」総裁」
 
明治大学を出て就職試験を153社落ちたその大川の素晴らしき頭脳と、メンバーの過激な肉体で作り上げられるその空間は、ドバカになりきった現代人の脳をぶち抜く。舞台でみせるウイーン電動こけし合唱団」の替え歌集はまさにこれぞ「日本の知性」を感じさせるに十分だし、昨年は『幸福の科学に対抗して、貧乏な奴らは「空腹の科学」を設立しCDまで出し、これをバカ売れさせた。その恐れを知らぬバカパワーにはただ頭が下がるのみ。
 
 
 
大きい方、早い話がバカのほうが玉袋筋太郎売れても絶対NHKには出られない名前をつけてやれという、師のやさしさのにじんだ命名である。玉ちゃんの父は新宿二丁目のゲイバー「うつぼ」のママ清志郎の歌ではないが、『昼間のパパは男だぜ 夜中のパパは女だよ〜』となる。高校生の時、どうしても父親の職業が知りたくて会社へ行くといったら厳格な父「男の職場は女子供の来る所じゃない」とピシャリ。それでも知りたくていきなり扉を開けたら父が口紅をつけネグリェを着て「いらっしゃーい」と出てきたそれでグレて一気にたけしの追っかけと化す。たけしの男の中の男」を見たのだろう。この春からニッポン放送浅草キッドの土曜メキ突撃チンチン電車テレビはフジテレビでたまにはキンゴロー略して「たまキン」とどうやっても下半身から離れられないタイトルの番組で爆笑をとりまくっている。

 

やっぱり三平師匠、サイコーだなあ!テレビで観られない大川興業、見たいなー!お笑いファン必読!オススメです。(・∀・)♪

 

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「共感障害「話が通じない」の正体」(黒川伊保子)

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共感障害 :「話が通じない」の正体

共感障害 :「話が通じない」の正体

 

「夫のトリセツ」「恋愛脳」などユニークな著作で知られる黒川伊保子さん。この本もオモシロイよー!♪

 

「職場や家庭で、誰もが自然とできることをやらず、周りを困惑させる人々。その原因は、性格や知能ではなく、脳の「認識」の違いにあった! 置かれた状況をうまく認識できない――そんな「共感障害」を持つ人と、どうすれば意思疎通を図れるのか。ベストセラー『妻のトリセツ』著者が脳科学から読み解く、驚きの真相」そのエッセンスを紹介しよう。
 
「気が利かない」「使えない」「頭が悪い」と思われる「話が通じない」は心ではなく脳の問題である。「内向的な共感障害者」は、一芸に秀で、クリエイティブな領域で役に立つことが多い。ここで言う「一芸」は芸術的な才能だけじゃない。細かいことが気になって仕方がない、同じことを飽きずに延々と続けられる、という特性も含む。職人芸的な領域では、これらの脳の性質も大きな才能なのだ。阿吽の呼吸や「一を聞いて十を知る」を望みさえしなければ、悪くない部下なのである。「本人の認知範囲内」では、意外に機転が利く。
 
・上司として共感障害のある部下をうまく使うコツは、暗黙の当たり前」ができないことを、怠慢や傲慢にすり替えないこと。腹を立てずに、戦略を立ててやることだ。さらに「すべきこと」を絞り込んで、「あれもこれもを望まない」。
 
・私は、男女の脳の違いや親子のそれを乗り越えて理解し合い、互いの脳のパフォーマンスを上げるための本を何冊も生み出してきた。しかし、それをもってしても乗り越えられないケースがあることに気づき、その問題の核が「共感障害」であることに思い至ったのである。
 
共感障害が学業や社会生活に支障をきたすようになると、発達障害と呼ばれて、なんらかの対策が講じられる。「無神経な人」と思われて、組織の厄介者になっていく。恋愛や結婚が長続きしないとか、職場を転々とすることも、共感障害を持つ人の特徴である。なぜなら、共感障害は、誤解を生み出すから。その人の誠意や愛や能力が欠如しているように見えるのだ。
 
・実は私自身が共感障害の持ち主なのである。「話、聞いてる?」は、私がよく言われてきたことばであるこの本は共感障害を持つ私が、自戒をこめて書いた対策本なのだ。
 
・昨年、私は、二つの大きな衝撃を受けた。それは、自分が左利きだったことと、自閉症スペクトラムだと知ったこと。59年も生きてきて、初めてそれが判明したのである。自分は「普通」だと思って生きてきた。「世の中」とずれているところがあるのはうすうす気づいていたものの脳の認知傾向」と「身体の制御方式」が、根本から世のマジョリティと違っていたなんて…。そりゃ、世間とすれ違い、なにかと不器用で悪目立ちするわけだ。
 
・右利きの人は、左脳を重点的に使う。左脳に言語機能が偏在していて、左脳とつながる右手で字を書きたがる。左利きは、その逆だ。左利きの子を、むりやり矯正すると、吃音症を発症することが多々あるが、これは脳の「言語を表出する側」を封じられたために起こることだと考えられる。

 

へえ〜こんなことってあるんだね。左利きってむりやり矯正しちゃいけないんだ。オススメです!(・∀・)♪

 

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共感障害 :「話が通じない」の正体

共感障害 :「話が通じない」の正体

 

 

「永山則夫 封印された鑑定記録」(堀川惠子)

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永山則夫 封印された鑑定記録 (講談社文庫)

永山則夫 封印された鑑定記録 (講談社文庫)

 

この本はショッキングだ、感動だ。今年読んだ本の中でベスト3は間違いない。現在、発生する少年犯罪や、事件の「因果の因」は やはりその内面、そして家族にあるのだ!

 

連続射殺犯・永山則夫。犯行の原因は貧困とされてきたが、精神鑑定を担当した医師から100時間を超す肉声テープを託された著者は、これに真っ向から挑む。そこには、父の放蕩、母の育児放棄、兄からの虐待といった家族の荒涼とした風景が録音されていた。少年の心の闇を解き明かす、衝撃のノンフィクション」そのエッセンスを紹介しよう。

 
世間を震撼させた、その連続殺人事件は奇妙な共通点があった。凶器がすべて拳銃であること。だがその拳銃が22口径というい極めて小さなもの。極めて小さく殺人を犯すにはあまりに非力なもの。犯人がその道のプロでないとすれば、よほどの至近距離から射殺されたものと想定された。犯人は、東京と京都の被害者から一円の所持金も盗んでいなかった。動機はいったい何なのか。4人の被害者に共通点はなかった。怨恨ではない。単なる物盗りでもない。捜査対象者リストの中にも含まれていない。警察の総力あえての捜査は、犯人の存在にかすってすらいなかった「連続射殺魔」は、あらゆる人間関係かの磁場からはじき出され、孤立していたそういう意味で彼はどこにもいなかった。いることができなかったからこそ、事件は起きた。事件が起きて初めて、彼はその存在を認知されることになる。
 
「苦しかった…」逮捕された少年が、刑事に心境を聞かれた時、つぶやいた言葉。ー連続射殺事件の犯人、逮捕。ー容疑者、永山則夫、19歳。「貧困」という言葉の裏に隠された真実はそのままに1997年、永山則夫は東京拘置所の刑場で処刑された。そして2012年ー長く封印されてきた、ある鑑定記録の存在が明らかになった。永山がすべてを語り尽くした膨大な録音テープである。100時間を超える死者の言葉は、少年が連続殺人事件へと向かう心の軌跡をくっきりと浮かび上がらせていた。遠い記憶の彼方に見えてきたもの、それは、ある家族の風景だった、
 
・石川医師が手掛けた永山の精神鑑定書、いわゆる「石川鑑定」について調べると、それが日本の裁判史上、極めて稀な存在であることが分かってきた。まず驚かされるのは鑑定書の厚さである。ビッシリと細かな文字で二段組、182頁、まるで一冊の小説のようだ。さらにその内容もまた特筆すべきものだった。被告人、永山則夫が生まれてから事件を興すまでに経験したあらゆる出来事の詳細と、それに伴う彼の心の軌跡、さらには犯行後の心境に至るまで膨大な情報を網羅していたまた永山本人に留まらず、永山の両親の結婚生活や極めて複雑な兄弟の関係、永山の父方と母方それぞれの三代から四代前までのルーツを辿り、まさに永山則夫へと続く一族の系譜まで掘り起こしていた。しかも鑑定作業にかけた期間は278日間、約9ヶ月。ひとりの医師による単独犯への鑑定で、これまで長期間を費やしたものは極めて稀だ刑事事件の精神鑑定の9割は1ヶ月以内で終わるというのが平均である。これほど細部にわたる、かつ膨大な情報を、彼はどうやって集めたのか。その鍵はやはり、永山自身が語った録音テープにあると思われた。しかし、永山事件の一連の流れの中で、石川鑑定の存在はほとんど知られていない。なぜなのか
 
・(永山)「うん……俺ね、今、夢あるよ。小さな夢なんだけど、下町っていうかね、そういうとこにね、犯罪者がいっぱいいるところにね、犯罪者のための文庫、作りたいっていうか、そういう夢ある。学校もあるし図書館っていうか、そういうところ……」この日初めて、永山が自分の過去ではなく、未来を語った。八王子に来た頃、「無期になるなら死刑がいい」と語っていた永山が、「夢がある」と言った。石川医師は、嬉しいような、やり切れないような複雑な感情を持て余していた。今、重罪を犯した少年は青年になり、やっと自分の言葉を得た。そして、彼なりのやり方ではあるけれど被害者遺族に思いを寄せ、生きることの意味を考え始めている。
 
・当時はまだPTSDという言葉も概念も知られていなかった。検察は、このような分析は常識的に理解に苦しむものであり、単なる責任転嫁にすぎないとした。石川医師が、先行する海外の研究や自身の臨床医としての経験を持ち出して説明しても、それはあくまで仮説に基づく独断的で恣意的な判断だと切り捨てた
 
「調べれば調べるほど、本当の凶悪犯なんて、そういるもんじゃないんですよ、人間であれば……」

 

……一気読みした……。今、永山則夫が生きていたとしたら……夢に向かっているのだろうか。考えさせられる。超オススメです!(・∀・)♪

 

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永山則夫 封印された鑑定記録 (講談社文庫)

永山則夫 封印された鑑定記録 (講談社文庫)

 

 

「子どもも、おとなも楽しめる 江戸小ばなし2」(岡本和明)

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江戸小ばなし〈2〉―子どもも、おとなも楽しめる

江戸小ばなし〈2〉―子どもも、おとなも楽しめる

 

 以前紹介した「江戸小ばなし」の第二弾。ネタが古いようで、新鮮なものもたくさんあるんだよね。逆に平成生まれのヒトには、ウケるんじゃないかな。そのエッセンスを紹介しよう。

 
「辞世の句」
 
泥棒がつかまり、処刑されることになりました。いよいよ処刑されるときになって、
泥棒が、「お役人さま、しばらくお待ち下さい。今から辞世の句をよみますから」
申し出ました。
〈泥棒ながら、感心なやつ〉と思った役人が
「では、待ってやるから、よめ」というと、泥棒は
「かかるとき さこそ命の 惜しからめ かねてなき身と 思いしらずば」と、よみました。
「なんだ、それは太田道灌公の句ではないか」
すると、泥棒はにやりと笑って、
「へい、これがこの世での盗みおさめでございます」
 
「半殺し」
 
「お前はやたらと金を欲しがるが、命より金が欲しいか?」
「ええ、大金が手に入るなら、こんな命のひとつやふたつ、惜しくもありませんね。殺されたって、本望ですよ」
「そうか。それなら、オレがお前に千両やれば、好きなだけなぐって、殺されてもいいんだな?」
「旦那も千両出すとなるとたいへんでしょう?ですから、半殺しということで、ご百両出すってのは、どうでしょう?」
 
 
「泥棒はどこ?」
 
たいへん足の速い男が、
泥棒を追いかけていつ途中で、友だちと会いました。
「そんなに急いで、どこへ行くんだ?」
「今、泥棒を追いかけているんだ」
「泥棒?泥棒なんかいねえじゃねえか」
「あとからくる」
 
 
「身投げ」
 
両国橋で、毎晩身投げをする人間がいるため、橋の番人は役人に
「このように毎晩、身投げが出るのは、お前が仕事をさぼっているからにちがいないっ」
と、さんざん小言をいわれます。
橋の番人はくやしくてなりません。そこで、いつも以上に気をつけていると、夜中に若い娘が走ってきて、橋の欄干によじのぼり、身投げをしようとしました。
橋の番人は娘を後ろからつかまえると
「いいかげんにしろ!毎晩毎晩、身投げをしやがって……」
 
 
「へそ曲がり」
 
〈あいつはへそ曲がりだから、遺言は反対のことをいっておいたほうがいいだろう〉
父親は、息子を枕元に呼ぶと、
「オレはもう長くはないから、今、いっておくが、オレが死んでも葬式には金をかけず、遺体は菰(こも)に包んで、川に捨ててほしい」といいつけました。
それから数日後、父親が死ぬと息子は、
「これまで親父のいうことにそむいてばかりばかりいたが、こんどばかりは、親父のいうとおりにしないわけにはいかないだろう」
 

いいねえ。昔も今も、普遍なジョークは通用するよね。オススメです!♪ (・∀・)

 

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江戸小ばなし〈2〉―子どもも、おとなも楽しめる

江戸小ばなし〈2〉―子どもも、おとなも楽しめる

 

 

「芸に生き、愛に生き」(曾我廼家桃蝶)

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芸に生き,愛に生き (1966年)

芸に生き,愛に生き (1966年)

 

 この本はいまから50年以上前の出版。図書館にありました。著者の女形の「曾我廼家桃蝶(ももちょう)」さんのことは、ある本で知りました。「男しか愛せない男。そして恋のために小指をつめた」というエピソードを耳にしたから。この時代に赤裸々に自らの性についてカミングアウトしいるなんてスゴイ!その恋愛遍歴とその激しさ。そしてその美貌!そのエッセンスを紹介しましょう。

 
・私は、何度かためらいつつ、何度か迷いつつも、この手記をしたためました。先天的に女性を愛することのできない私の、世の常ならぬ愛情を、いくら、その真実をありのままに記しても、それはなんの役もたたぬことではないか、と思ったからでございます。ほんとに色ざんげというにふさわしい古めかしい愛情の記述にしかなりませんでしょうけど、思い切ってまとめさせていただく気になりました。私は、私が女性を愛することの適わぬ男性である、ということを強いて隠そうとは一度もしたことがありません男らしくしろ、と言われても、それが自身のどこにも全く無い私にとりましては、たいへんな無理難題で、すべて、かくそうにもかくせないのでございます。思い出しますと、その都度が、苦しみ悩み、喜び悲しみ、それらのものに身を焼く愛情ばかりでございました。しかし、それが、そのまま私の芸の伸長に、作用していたのでございます。
 
・兄と、その二つ下に姉がいました。それから十三年目に私が生まれました。出産のときお産婆さん多年の経験から、手の感触で「こりゃ、女の子じゃ」と直感したそうです。ところが男の子、びっくりしたそうです。産声までが、さながら女の子そっくりじゃったと後々までお産婆さんに不思議がられました。ですから私は、生まれたときから「つけ違って生まれてきた子」と言われたわけです。
 
・本名は憬(さとる)。私は姉を真似て、おしろいや口紅を塗り、眉をひきました。全く天から与えられた特質とでもいうのでしょうか、はじめて自分の顔に化粧したにしては、その手順から濃淡に至るまで、女で大人の姉よりはずっとうまく、子供心に、自分でもほれぼれするような美しい顔が、そこのでき上がりました。そんなことが病みつきになって、お化粧をしたり女の着物を着たりすることが、もちろん父には極秘でしたが、私の一番たのしい遊びになりました。こうして私は、ますます女らしく育ってゆきました
 

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・駆けっこだとか、泥いじりだとか、竹馬だとか、凧あげだとか、相撲ごっこだとか、戦争ごっこだとか、いっさい男の子にやる遊びは大嫌いでしたし、仲間へ入ろうともいたしません。いつも友だちは女の子ばかりに限られていました骨格も声帯もすべてが女性的、と申しますより女性そのもので、なで肩にポチャっとした肉付きで、歩き出したときから、内股に歩いたそうです。その上、声のかん高く美しいことは、子供の頃から評判で、小学校へ上がると、唱歌はズバ抜けて上手でした。女の子はきらいで、男の子に好感をいだきましたつまり自分とはまったく対照的な男らしい男の子に憧れました。
 

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・あなたは、私の左手の小指が、第一関節でぷっつりと切れているのをよく疑ってお聞きになりましたね。その都度、私はいつも、子供の頃にひょうそを患ったのよとごま化していましたね。あなたが見抜いたように小指をつめたあとなのです。気取って申せば青春の贖罪にこの小指の秘密を、きょうは、あらいざらいあなたに告白いたしましょう。私の芸と恋は一つの茎から二つの異なった色の花が咲いたようなもので、どちらか一つを失う時は、私という役者の終焉を意味しました
 
モノクロ写真でもうっとりするほど美しい……ここまでくると男でも女でも関係ないっ!なるんだろうなあ。(笑)入手困難かもしれないけど、超オススメです!(・∀・)♪
 

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芸に生き,愛に生き (1966年)

芸に生き,愛に生き (1966年)

 

 

「続々 ざんねんな いきもの辞典」(今泉忠明)

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おもしろい!進化のふしぎ 続々ざんねんないきもの事典

おもしろい!進化のふしぎ 続々ざんねんないきもの事典

 

いや〜この本は楽しすぎるっ!(・∀・)♪ 「NHK Eテレでのアニメ化や世界一受けたい授業などメディアで話題沸騰!!シリーズ累計350万部突破の待望の第3弾」そのエッセンスを紹介しよう。

 

【ヒトもざんねん!?】


1 頭が大きすぎて、すぐ転ぶ

2 2本足だから、走るスピードがおそい(ネコなら100mを7秒台)

3 目に頼りすぎて、鼻も耳も悪い(ネコの聴力は人間の4倍以上、嗅覚は数万倍)

4 体に毛がなくて、寒そう

こんなに「ざんねんな」部分があるのに、なぜヒトは今まで生きてこられたのだろう?

 

リスはほお袋で食べ物がくさって病気になる

 

アデリーペンギンは、巣にきれいなもようをえがくが、それはうんこ

 

ナガエノスギダケはうんこの上に生える

 

ダンゴムシの大好物はコンクリート

 

オニボウズギスは大きなえものも丸のみして胃袋がやぶける

 

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タツムリはカラフルなうんこを心をこめておりたたむ

 

ヤギはノリノリでとにかく高いところに登ろうとする

 

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ナマケモノは週に一回、うんこのためにだけ、木から下りる

 

ラッコは全身毛むくじゃらだが、手のひらだけは冷たい

 

カブトムシはけがをしたら、もう治らない

 

コウモリはぶら下がれるけど、立ち上がれない

 

ゾウはあんなに耳が大きいのに、音を聞くのは足の裏

 

アベコベガエルは成長するほど、どんどん小さくなる

 

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キンギョはざつに飼うとフナになる

 

ノミガイは鳥に食べられて移動する

 

ハナイカは花みたいにきれいなのに、堂々と生きられない

 

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シャチは鼻くそをまきちらす

 

はそよ風で飛べなくなる

 

アリジゴクの巣は月一匹くらいしかひっかからない

 

オルニトミムスは一年かけて翼を生やすけど、飛べない

 

一生懸命なのにどこかざんねんないきもの達。これって子どもたちは夢中になるよね。オススメです!(・∀・)♪

 

 

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おもしろい!進化のふしぎ 続々ざんねんないきもの事典

おもしろい!進化のふしぎ 続々ざんねんないきもの事典

 

 

「釈迦の教えは「感謝」だった 悩み・苦しみをゼロにする方法」(小林正観)

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釈迦の教えは「感謝」だった: 悩み・苦しみをゼロにする方法
 

久しぶりに小林正観さんの本を詠みました。全作品読んでるけど、いつのまにか新刊が出たんだね〜!♪ (・∀・)

 

釈迦は、この世の悩み・苦しみの根元は「思いどおりにならないこと」と見抜いた。だから、「思いどおりにしようとしないで、受け容れよ」と言った。「思いどおりにしよう」としないで、「受け容れる」ための釈迦の教えを紹介。小林正観流『般若心経』の読み方」そのエッセンスを紹介しよう。

 

・釈迦が言った「苦」とは、「思いどおりにならないこと」という意味でした。だから「思いどおりにしよう」とするのをやめ、「受け入れる」。「受け入れる」と、誰もためでもない、もっとも得をするのは「自分」です。自分自身が楽になるのです。さらに「受け入れる」を高めていくと「感謝」になる釈迦の教えは、結局は「感謝」につながっているのです。
 
五蘊(ごうん)」とは、人間の持つ、色(しき)・受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき)5つの感覚レベルのことを言います。
「色」とは、形のあるもの、人間の姿形も「色」です形あるものが「色」。その形あるものを見て、何かを感じ、受け止めた。これが「受」。その受け止めた結果として、何か想いが生じた。これが「想」その思いの結果として自分の体が動いて、何か行為・行動をしたというのが「行」そしてそれがどういう形で収まったかという認識を頭の中に入れ込んだのが「識」というものです。
 
努力の「努」とは、「奴隷にむりやり強制をして力を出させること」奴隷に命令をし、嫌がる心をむりやりやらせる、その時の「奴隷」の「心」を「怒」というふうに書きます。努力が好きという場合には「努力」と言いません。嫌がるものをむりやりさせられた時に「努力」と言います
 
思いどおりにならないことが目の前にある場合に、二つの対処方法があります。その一つ、西洋文明的な解決方法は、人の五倍、十倍、三十倍努力して、その自分の「思い」を思いどおりにすえることでした。もう一つの方法は「思い」そのものを持たないこと。「思い」がなければ、思いどおりにならないことも生じないのです。
 
人間は悟るためには、最低三秒でよいのではないかと思うようになりました。
 
一秒目、過去のすべてを受け入れること。
二秒目、現在のすべてを受け入れること。
三秒目、未来のすべてを受け入れること。
 
すべてを受け入れることができたら、実は悩み・苦しみというものが存在しないのではないでしょうか。受け入れることイコール、思いどおりにしようとしないこと、と思えるようになりました。
 
いま大事なのは、自分の目の前にいる人なのです目の前にいるのが家族なら家族が大事。しかし家族だから大事なのではなく、いま目の前にいる人が唯一絶対的にもっとも大事なのです。過去の人は、目の前にいません。未来の人もいません。いま目の前にいる人が大事。これが「念を入れる」と言います。念」です。大事なのは「今」の「心」です。
 
思いどおりにしよう、思いどおりにしたいと思えば思うだけ、逆に「感謝」というところからは遠いところにいるこれが宇宙の法則であり、宇宙の真実です。
 
宇宙に味方にする最良の方法とは、ありとあらゆることに不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わないこと、否定的、批判的な考え方でものをとらえないこと。これに尽きるのです。
 
人は、一人で生きているときが「ヒト」、人の間で生きているときが、「人間」といいます。人間は動物とはまったく違うジャンルを三つ持っています。「芸能と芸術とスポーツ」実は人間が周りの人間に喜ばれるためにという活動を凝縮させた結果、浮かび上がった三つのジャンルです。
 
宮廷音楽にせよ宮廷絵画にせよ、いま残っている名画・名曲とされるものは、ほとんどが宮廷などがから頼まれたものです。依頼されて作ったものでした。自分の内なる側からの欲求の結果として作ったというものはほとんど残っていません。頼まれたので仕方なく……と思ったかどうかは分かりませんが、とりあえず頼まれたことを淡々とやった結果のものが今日、音楽も絵画もすべて残っているのです。人間のレベルの高い仕事というのは、頼まれたことを「しょうがないなあ」と思いながらやるところにあるように思われます。自分の内なるものということで物を作っている間は、かなりレベルの低い所に留まってしまうのかもしれません。頼まれごとこそが本質なのです。
 
音楽にしても、絵画にしても、彫刻にしても、文学にしても、芸術の分野は、それに接した人がいかに癒やされるか癒やし効果の高いものほど、神や宇宙から応援をいただくようになっているようです。
 
スポーツを人間の精神活動の中で癒しのジャンルととらえる人は少ないかもしれませんが、宇宙的に定義すると勝ち負けをゲームとして争う、癒しの的な行動」ということになる。つまり勝ち負けを争うゲームをしている人たちのさわやかさ、さわやかさな行動が、それを見ている人たちに癒しや安らぎを与えるのです。
 
・NK細胞を日常の中で常に増やし、活性化しておくこと。その秘訣は「笑い」です。NK細胞は「笑う」と活性化するのです。「嬉しい、楽しい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとう、ついてる」などの言葉を使っていくと、免疫力が増し、体がどんどん元気になり、活性化します。
 
・私の過去40年の人生相談の経験で言うと、笑わない人ほど病気になりやすいようです。バカ笑いをして大声で笑える人ほど、病気が少なく、健康のようです。「一笑い、2000」と言います。一回笑うと、ガン細胞が2000個死ぬ、これが「笑い」の効用。

 

良かった〜!お笑い芸人として、笑いを追求してきて!(笑)やっぱり正観さんは、いいねえ〜!超オススメです。(・∀・)♪

 

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釈迦の教えは「感謝」だった: 悩み・苦しみをゼロにする方法