ものすごく楽しいです。
・どうも、演劇には人間を一皮剥く力があるんじゃないか。その人の隠れていた本質を引き出したり、拡大したり、あらわにする能力があるんじゃないか。
・演劇は劇場にだけあるものではありません。あなたがいて、眼の前にもう一人の人間がいれば、またはいると思えば、そこに演劇は生まれるのです。
・「どこでもいい、なにもない空間ーそれを指して、わたしは裸の舞台と呼ぼう。ひとりの人間がこのなにもない空間を歩いて横切る、もうひとりの人間がそれを見つめるー演劇行為が成り立つためには、これだけで足りるはずだ」(ピーター・ブルック)19歳のときに、この定義に感動しました。
・「演じている」という意識を入れることで、精神的な距離を作り、焦りを減らすのです。
・「本当の自分はなんだ?」と悩んでいる場合ではないのです。つまり、人間は演じる存在なのです。その場その場で、必要な自分、求められている自分、生き延びやすい自分、効果的な自分を選ぶのです。私達の人生は演劇そのものだということです。
・「つまらない演劇は、つまらない映画より、何倍もつまらないインパクトがある」眼の前で生身の人間が、理解できないつまらないことを一生懸命しているーその苦しさ、退屈さ、気詰まり感、抑圧は、映画の何倍、何十倍という強烈さなのでしょう。
・どうして演劇にはそんなにインパクトが生まれるのか?それは、演じている俳優と顧客が同じ空間にいるからだと、僕は考えています。同じ空間に存在するということは、さまざまなことを意識的にも無意識的にも共有・体験することです。映画は、二次元の映像ですから、直接はつながっていないという感覚が、観客に対してのインパクトを薄めるのだと思います。
・「心の中で思ってさえいれば伝わる」というのは大きな誤解です。それをちゃんと言葉にするには「技術」が必要なのです。日常生活でも演劇・映像でも、テクニックが必要です。それを「演技力」と言うのです。
・「俳優の感じた感情は、観客に伝わる」つまり、演劇においては俳優と観客の関係は「インタラクティブ(双方向)」だということです。
・演劇はよく総合芸術だと言われます。映画は、あまり言われません。演劇には観客が参加するという条件が加わっているからじゃないかと僕は考えます。
・演劇は、映像と違って、すぐに直せます。次の日には直せて、そしてその結果を確かめられるのです。だからこそ、毎公演、見る意味があるのです。
・セリフは、多くの人は「言うもの」だと思っていますが、セリフは「聞くもの」です。相手のセリフをちゃんと聞けば、心は動き、自分の言葉が出てきます。
・僕は「喜劇と悲劇は同時に存在する」という意識で芝居を創っています。自殺しようとビルの屋上に立ち、ジャンプしようとした時に「自分のパソコンのハードディスクの中に、ものすごくエッチな画像を残している。死んだ後、あれを家族に見られるのは死ぬほど嫌だ」と苦悩する人生は、悲劇であり、同時に喜劇でしょう。
・40年ほど演出家をやっていますから、たいていの種類のアクシデントを経験しました。それでも、芝居がはじまったら、俳優とスタッフを信じて、身を任すしかないのです。いちいち心配していたら、間違いなく胃に穴があきます。
・一人で見ることと、大勢でみることは何が違うのでしょうか。一緒に同じ作品を見て、同じ席で笑い、同じ所で泣き、同じ所で感動すると、私達観客は、他の観客を発見します。私達は、孤立していない。同じ感覚を持つ仲間なのだと感じられるからだと思います。
・演劇は勝手に止められません。DVDや映像配信は顧客の都合で止められます。映画館の映画は止められませんが、上映に合わせて、見る時間をコントロールできます。テレビも小説も止められます。ですが、劇場の演劇は止められません。書けば、書くほど、演劇のこれらの特徴は人生と似ています。人生にはポーズボタンはありません。自分の都合で時間を止めることはできないのです。
・演劇では、情報量において膨大で、意味において曖昧なのです。そして、この演劇の特性は「人生そのもの」と似ています。
・私達が物語に惹かれるのは、自分の人生が一回しかないことへの抗議ではないか。
・演劇系大学の卒業生に対する一般企業の評価が高まっている一番の理由は「大きな声で挨拶と返事ができるから」ということです。二番目は「コミュニケーション能力が高い」からです。体育系と一番違うのは「評価できる絶対的基準がない」ということです。それがコミュニケーション能力を高める良いトレーニングになっているのです。
・演劇と映画の違いは「演劇は間違う」ということです。大切なことは、間違った後、どう立ち直るか、ということです。人生は0か100じゃない、68点とか46点で生きていくものです。それは、俳優の失敗を見て気付いたのです。
・経験の浅い俳優は、うまくいく時はすごくうまくいって、100点が出ます。でも次の日、最初のシーンでトチると、落ち込んだり悲しんだりやる気をなくしたりして、最低の0点になちます。そのどちらしかないのです。けれど、ベテランの俳優は、トチっても立ち直ります。最後には帳尻を合わせるのです。
・空き地で子供たちが集まっていた時代、みんなが「ヒーローと悪者」になったり「冒険家と魔王とお姫様」になったりした「ごっこ遊び」は、まさに演劇でした。子供達は、自分ではない誰かになることで、他人を発見し、自分を見つめました。あの時代は、空き地で「演劇教育」が行われていたのです。またあの頃は、紅白歌合戦の視聴者が70%〜80%の時代、つまり「民んなが同じ」と思われていた時代で、同じものを見て、同じものを喜んでいましたので、言葉にしなくても、分かり会えることが良しとされていたのです。けれど。時代は変わりました。「多様性」が認められ「協調性から多様性」へと向かうべき時代になりました。はっきりしていることは「多様性」は大変なのです。めんどくさくて、簡単には実現できないのです。だからこそ「コミュニケーション能力」が必要になるのです。
・「演劇教育」が素敵なのは、すべての試行錯誤が、コミュニケーション能力を育てる栄養になることです。それも生徒だけではなく教師にも、です。
・演技の上達の秘訣は「場数」です。スピーチがうまくなるのの、話し上手になるのも、同じです。「何回バッターボックスに立ったか」です。
その他、「表現と表出の違い」「説明セリフ」「社会と世間について」「頂点を引き上げる仕事と視野を広げる仕事は同じ重要性」などなど。
自分の「流し」と「歌」に照らし合わせて読みました。そのとおり!!!「歌は人生そものも」。ワタシはカラオケが苦手なのは、まさにコレ。演劇やってる人、尊敬しちゃうなー!超オススメです。(=^・^=)