「てるてるソング」酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「STAR DUST ナベプロ帝国の興亡」(郡司貞則)

 

この前、この本読んで、オモシロくて、面白くて、続編ないかなー!と探していたのよー!♪

 
 
 
「あの、すべてが輝いていた1960年代、ザ・ピーナッツ、タイガース、森進一、伊東ゆかりらを擁して芸能界を席捲した「渡辺プロ」は、どのようにして成功し、なぜ衰退したのか。芸能ビジネスの内側を描く初の本格的ノンフィクション」そのエッセンスを紹介しよう。
 

大里洋吉というプロダクション経営者がいる。株式会社アミューズという、業界ではトップクラスのプロダクションの創設者でもある。業界で大里を知らない人間はいない。彼の得意分野は“宣伝”である。有名無名にかかわらず彼の手にかかると商品がひとつの“社会現象”にまで高められてしまう。

 
・1883年に行った「アイコ16歳」の主役のオーディションで富田靖子が優勝、上位に残った宮崎萬純を磨いてダイヤモンドにした。そうしたスターづくりとともに映画本体も商品として成立させてしまった。その仕掛けは…。
 
夏休みに映画に出てみないか、クラスメート(女子中、高生)五十人募集キャンペーン
 
②応募。12万7千人。応募落選者に反撥を食わないように“ありがとうメッセージ”の返送。そして逆に彼女たちを宣伝に巻き込む。彼女たちの口コミが映画の宣伝になり、最後は映画の顧客にもなる。周囲の友人をも巻き込んだ展開が期待できる。
 
③書類選考で九割以上落とし、残った数千人の応募者を全国七カ所で面接し、決勝戦へ。その模様を「グッド・バイ夏のうさぎ」と題した映画にし、応募者の関心を誘いながら商品にしてしまう。話題性の提供がねらいであった。大里はこのようにすべての出来事を血肉化した。
 
“平成の仕掛け人”大里洋吉のビジネス手法をつぶさに辿っていくと、ひとりの人間にたどりつく。渡辺晋である。渡辺晋は戦後最大最強の芸能プロ渡辺プロダクションナベプロ)を妻・美佐とともに一代で築き上げた傑物である。
 
大里洋吉は、その渡辺晋の下でマネージャーをやっていたしかもマネージャー時代、渡辺晋のやり方を痛烈に批判していたと言われている。会議に連続34回も出席しなかったこともある。その大里がいま仲間うちでは最も渡辺晋に近いと評価されている。その才能を“平成の渡辺晋と称えるむきもある。渡辺は昭和62年、59歳で亡くなったが、渡辺晋は生きているのだ。
 
・美佐一度だけの人生なら楽しくやりたいことをやらなきゃあ」
 
渡辺通り渡辺家にちなんだもの」へー!そうだったのかあ〜!♪
 
芸能界ってこうやって出来たんだねー!いいなあ!この時代に関わりたかったな〜!オススメです。(・∀・)♪