一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人」(速水健朗)

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 「緊急事態宣言」でヒキコモリ生活の中、家にずーっと居ると、いろいろなことを考える。考えさせられる。考えざるをえないよね。(・∀・)

 
いちばん大切なものはやっぱり食べることだよね。朝、4時とか5時とかから一日分のサラダ作って、仕込んでます。野菜中心の生活、規則正しい生活、夜更かししなくなって、お酒の量も減って、おかげで3週間で5キロ体重がダウンしました。(笑)
 
さて、この本。こんな時に「食」について考えるにはもってこい!
 
今、日本人は食を巡って大きく二つに分かれている。食の安全のためにお金を使うことを厭わない人々と、安全よりも安さと量を重視する人々。食べ物を通して歴史や社会を読み解きながら、日本人の新たな政治意識を導き出す」そのエッセンスを紹介しよう。
 
日本人は食でつながる民族である。アメリカであれば「自由」が国家をひとつにする基本理念だし、フランスであれば「自由と平等と友愛」の標語によって国民は統合している。そすると、日本にとってそれらに当たるものは「食」であるように思う。
 
例えば、日本人はすぐに「国民食」という言葉で「国民」を一枚岩のものとして考えたがる。実際、ラーメン、カレーライスといった食べ物は、貧乏人であろうが資産家だろうが子どもだろうが大人だろうが、およそ日本人のすべてから愛されている。カレーライスは国民食」「ラーメン列島ニッポン」などという言葉がそれを指し示している。
 
ラーメン屋の行列が成立する国も日本以外には多くないかもしれない。これがもしニューヨークだったら、お金を払えば列を飛ばしてラーメンを食べることができるファストトラック」ビジネスが生まれているだろうし、北京だったら行列に並ぶ代行ビジネスが生まれるだろう。日本ではそういったことは起こらない。彼がが好きで行列をつくっているから、マナーがいいから、というものがあるが、ラーメンの前ではあらゆる人は平等という独特の道徳観を身に着けているのが日本人である。
 
日本人は、食によってつながってきたというより、同じ食べ物を属することで、ひとつのお民族、国家であるかのように振る舞ってきたのだと言うべきなのかもしれない。
 
・消費社会的な「食」の作り方が行き着く最先端は、自然志向、健康志向の「地産地消」「スローフード」的な方向と「メガマック」「メガ牛丼」といった「下流に向かう方向との二極分化だ。「メガフード」にはまった人が、次に「マクロビオティック」にはまることはありえない。
 
サステナブルではない有機農法」「有機農業は何が問題なのか」は、実に考えさせられる。

たっぷりサラダで、ドレッシングが5種類!毎日ヘルシーな食生活をしています!(笑)オススメです。(・∀・)

 

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