一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「結局、人は顔がすべて」(竹内一郎)

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ワタシは「面食い」である。ラーメン、そば、うどん、きしめん……「麺食い」である。(笑)
 
ツキを呼ぶ顔、仕事がうまくいく顔とは?心がけ次第で良くも悪くもなる顔の本質を知り尽くすことで、誰もが思い通りの顔を手に入れることができる。自分の顔の〝主治医〟は、ずばり自分自身。ミリオンセラー『人は見た目が9割』の最終到達点としての
〈いい顔になるための十則〉も収録」そのエッセンスを紹介しよう。
 
ソクラテス「高貴と自由や、微賤と卑屈や、思慮とたしなみや、傲慢とぶしつけもまた、顔によって、たとえ人間が静止していようが、動いていようが、現れて来るものである」要するに、次のように言っている。人間の生き方は顔に現れてくるものだ、と。
 
・昭和の代表する演劇評論家戸板康二女優の表も裏も知り抜いた芝居の通である。彼はこう言っている。「子供の時分から身辺に見て来た中で「あの子は美しい」といわれて育った娘で幸福にめぐまれた女性よりも、逆の運命をたどった女性のほうが、どうも多いような気がする」大体、美しい美しいといわれて、娘が大人になるというのは、決して幸福なことではないというのが、ぼくの意見だ」「(美人の)十人のうち半分以上は、自然に思い上がる気分になり、自分よりも容姿の劣る同性に対して優越感を持ち、長じては男性は自分に奉仕してくれるものと思い込んでしまう傾きがある」「美しい女優で、ことに目立つのは、わがままなことである。傲慢なのもいる。周辺へのいたわりが欠ける」私も四十年間、演劇界にいるが、戸板康二と同意見である。すべての演劇人は、そう心得ているはずである。恐らく世界中の演劇人がー。
 
・演出家やプロデューサーの統計数字は存在しないが、美人で芝居ができて、なおかつ性格のいい女優は、1%もいないと言っていいだろう。美人だと芝居ができなくても、それなりに役があるから、演技の勉強をしない。当然芝居はうまくならない。次に美人で芝居ができると、ちやほやする人も多いし、仕事のオファーがたくさんくるから、必ずと言っていいほど傲慢、わがままになる。結局、みんなに嫌われる
 
・最終選考まで残るレベルの演技力の差は、紙一重である。最後は「顔に華があるかどうか」なのである。結局、顔の差と言ってもよい。
 
日本人は「空気を読む」と言われるが、実は空気ではなく、細やかな表情や仕草の変化を読んでいる。そこに、豊かさを感じているのである。
 
「生きた目」を手に入れる方法は、まず「心が躍動するもの」をその目に見させることである。映画、音楽の演奏、絵画、文学でもよい。優れた芸術作品には、作家の魂が詰まっている。それらと対峙することで、自分の目が輝いてくる。スポーツも同じ。野球、サカー、レスリング……。本気で生きている人たちとナマで接すると、心が燃える。
 
・私は、顔はその人の生き方を記録する自由な日記帳だと言ってみたい。過去のページも自分で書いてきたが、明日からのページは真っ白で、これから自分で書きつけていけばよい、と。顔を変えるポイントは「人との接し方」である人に何かを与えて、後で与えられるー。誰かを好きになり、後で好かれるー。「与える」「好きになる」が先にあって、後で「与えられる」「好かれる」という順番で生きてみるとよい

 

いつも感動している人は感動している「目」になるんだね。このブログもほんの少しでも役立つといいなあ。オススメです。(・∀・)!

 

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