一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語」

 


ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 (ハヤカワ文庫NF)


いや〜!この本は、まさに目からウロコだなあー!あまりに身近にありすぎて存在を忘れてさえいる「ねじ」と「ねじ回し」。(・∀・)この便利な道具(?)はいったいどうやって発明されたのだろうか?


1999年にニューヨークタイムズマガジンの編集者が、著名な建築と都市計画の研究者であるヴィトルト・リプチンスキに、この千年間で最も優れた、利用価値の高い道具についての短いエッセイを書くことを提案した。この提案をリプチンスキは受け入れ、仕事場にある道具―― 金づち、鋸(のこぎり)、水準器、鉋(かんな) ――の歴史を調べていったのだが、そうしたものの系統をたどってみると、ほとんどははるか大昔に端を発したものなのだった。これはもうダメだと思った彼は、妻に意見を求めた。彼女の答えは刺激的なものだった。「あなたが何かしようとする時には、たいていねじ回しが必要でしょう」と。

確かにそうだった。ねじ回しは、人類の道具箱の仲間としては比較的新しいものであることをリプチンスキは発見した。それは中世ヨーロッパ時代の発明で、中国の影響を受けていない発明品なのだ。もちろん、他の多くのこと同様、レオナルド・ダ・ヴィンチはごく早い時期にねじ回しのアイデアを思いついており、交換可能なギア付きのいろいろな種類のねじ切り機を設計している。それでもなお、ねじ(および、ねじ回しと旋盤)が一般的に使われるようになるまでには何世代もかかり、マイナスドライバーやソケットなどのねじが登場したのは最近になってからだ。そのエッセンスを紹介しよう。


あるとき降って湧いたように登場した発明品がある。そのいい例がボタンだ。寒さを防ぐ便利な道具であるにもかかわらず、人類は歴史のほとんどの期間を通じて、ボタンを知らずに過ごした。体に布を巻き付けたり、ベルトや紐で縛ったり、日本人は着物を帯で閉めていた。古代ローマ人はたしかに衣服の飾りとしてのボタンは使ったが、ボタン穴を開けるという発想が欠けていた。また古代中国では紐に棒を通しはしたものの、一歩進んでボタンとボタン穴を発明することはなかった。こちらのほうがより単純で便利であるのに、だ。


ところが13世紀に入ると、突如として北ヨーロッパボタンとボタン穴が出現した。この、あまりにも単純かつ精巧な組み合わせがどのように発明されたのかは、謎である。おそらく、ねじ回しもボタンと同様、中世に発明されたのであろう。


1550年以前の時計にはねじはまったく使われていない。ネジが使われ始めたのは、家庭用の小さくて軽い時計、とくに腕時計の需要が高まったためだ。


「この1000年間に発明された最高の道具は何か」と問われたら、だれもが返答に困るのではないか。一概に道具といっても、工具に文房具、農機具、調理道具、工作機械、医療器具……いったい何万種あるものやら、見当もつかない。おまけに、そのどれがこの1000年間に発明されたのかなど、どうやって調べればいいのだろう。

私たちが使っているほとんどの道具が発明された中国でも、ねじは知られていなかったのは驚きである。一方ヨーロッパでは、15世紀後半に作られた写本に溝つきねじの絵があることから、このころにはすでに使われていたことがわかる。

日本人が初めてねじと出会ったのは、1543年に種子島に漂着したポルトガル人から購入した火縄銃によってであったという。鉄砲製作の命を受けた島の刀鍛冶は、未知のねじ構造を教えてもらうために自分の娘をポルトガル人に嫁がせることまでしたという。完璧さを求め、精度を追求してやまない「職人の性」は、古今東西を問わず存在するのだろう。


「ねじ」がない世界なんて想像できないよねー!スゴいなあ!先人たちに感謝だなあ!超オススメです。(・∀・)


 


ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 (ハヤカワ文庫NF)