- 作者: 山口謠司
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/02/01
- メディア: 新書
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・江戸時代の国学者、本居宣長は「上古の日本語には<ん>が存在しなかった」と言い切っている。してみれば「日本」は「にほむ」書くのが正しい表記だったのか。もし宣長の言うことが正しいとすれば、「ん」が日本語のなかに現われてきたのはいつのことなのだろう。
・日本語には、「ん」ではじまる言葉がない。五十音図は明治22年、大槻文彦が出版した『言海』という国語辞典には、それまで伝統的に行われてきた<いろは>引きの配列を<アイウエオ>順にするという画期的な配列方法を採ったものとして知られているが、はたして『言海』には「ん」という見出しがない。辞書で「ん」が「あいうえお」に並んで項目として挙げられるのは、大正8年(1919年)上田萬年・松井簡治によって編纂された『大日本国語辞典』が初めてである。
・英語やフランス語、ドイツ語など、ヨーロッパ諸言語の辞書をひもといてみると、「n」と「m」の表記には厳然とした書き分けがある。それは、次に子音の「m」「b」「p」が書かれる場合はふつう「n」がその直前に現われることはなく、「m」で書かれるという原則である。(Communication、 Combat、Competitionなど)別の言い方をすれば、次に「m」「b」「p」が来ない場合は「n」で書かれる。つまり「Ringo」は、「Rimgo」とは書かれない。「日本橋」の表記もまた然り。ローマ字の場合は「Nihombashi」と書かれるのが原則なのだ。
・我が国最古の歴史書『古事記』『日本書紀』『万葉集』には、なんと、「ん」と読む仮名が一度も出てこないのである。「陰陽」は「インヨウ」ではなく「メヲ」、「天地」も「テンチ」ではなく、「アメツチ」である。
・〜中略〜 「ン」を「イ」「レ」「ニ」で表していた。しかし間違って読まれないための記号は何かないか…という試行錯誤の結果、「ん(ン)」という文字が生まれてきた。〜中略〜
撥ねる音を示すための記号を書こうとして、いろいろと試された形であった結果「レ」から「ン」の形に定着したと考えた方が常識的であろう。ひらがなでの「ん」の使用は元永3年(1120年)書写された元永本『古今和歌集』が初出だと言われている。
・「ん(ン)」は、平安時代が始まる800年頃から次第に表記の必要性が感じられるようになり、民衆の文化が言語として写されるようになる平安時代末期、音を表わすための文字として姿を現したのである。
・平安末期から鎌倉時代に生きた鴨長明が書いた歌論書『無名抄』の「仮名序事」という、和歌を書くときの仮名の書き方を述べた文章には、撥ねる音、つまり「ん」は、表記しないのが和歌を書くときの原則だと述べている。こうした「ん」を書かないという伝統は、『土佐日記』の記述に「ん」が書かれていなかったこととも、もちろん無関係ではない。『万葉集』の時代には万葉仮名で「ん」を書き表わす方法がなく、その伝統が和歌に残っていたということであろう。
・井原西鶴の『好色一代男』には、「ふんどし」のことを「ふどし」と書いてある。西鶴は、人が「ふんどし」と読むことを前提にして「ふどし」と書いているのである。「ん」は書いても書かなくても構わない。むしろ、書かずにおいて、読む人の判断で「ん」を入れて読むというのが、平安時代からの伝統的な表記だったのである。
結論から言うと、お経をいかに正確に読むか、漢文を読み込む訓練が我が国に「ん」を定着させる大きな要因になったということなんだけど、ラストのメッセージは、日本人の国民性、精神性にとって、「ん」はもっと深い意味があったというもの。感動を覚えた!日本語って深いね〜!何度も反復したい本だね。おススメです。(^ム^)