一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「いつも日本語で悩んでいます」(朝日新聞校閲センター)

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いつも日本語で悩んでいます ―日常語・新語・難語・使い方

いつも日本語で悩んでいます ―日常語・新語・難語・使い方

 

 あっという間に今年もあと五日!…またまた波乱万丈の一年でした…。漢字一文字でいうと「激」!(笑)みなさんはどんな一年でしたか?


さてこの本。「朝日新聞朝刊で2015年4月から毎週、好評連載中の「ことばの広場――校閲センターから」。第一線の校閲記者たちが繰り広げる「ことば」との格闘が一冊に。ことばづかい、読み方・書き方、字源・語源、若者ことばから死語のはなしまで、縦横無尽に展開。「語彙」ブームに一石を投じる本!」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
・「入籍=結婚ではない?」
 
→ 本来、すでにある戸籍に別の人が入る手続きのこと。出生届で親の戸籍に入る例などが該当します。結婚の場合、初婚同士であれば、二人だけの戸籍が新たに作られるため「入籍」には当たりません。結婚=入籍ではありません。明治民法下の結婚は、夫の家に入ってその家の嫁になる形で、女性が「入籍」していました。現在の民法は、家制度を廃し、夫婦を対等な存在としています。女性が抑圧されていた古い時代を引きずる表現なので、批判されることがありますが、現在は「事実婚ではなく婚姻届を役所に出して法的に夫婦になる」という意味で使われています。
 
・「思惑(おもわく)」
 
→ 文語「思ふ」に設備辞「く」がついた思はく」が本来の形。「曰く」「願わく(は)」なども同じ成り立ち。意味はもともと「思うこと」全般でした。明治になって「思はく」が市況などの記事の中で「思わく」と記されるようになり、さらに「誘惑」「困惑」などの熟語もあることから「惑」の字が出てきたのではないか
 
・「希望を与える」「元気を与える」は失礼?
→ 囲碁井山裕太名人が七冠独占を達成した際、熊本地震の被災者を気遣って少しでもいいニュースとして受け取っていただけたらうれしい」と語ったのが「心にしみわたる」とした投書が載りました。「よく聞く『勇気を与えたい』に上から目線のつもりはないのでしょうが、それに比べると…」ということでした。なるほど、と感じ入りました。
 
・「空気を読む」
 
→ 見えない空気を「読む」とは不思議なことです。広辞苑では「数をかぞえる」が原義です。「秒読み」「票を読む」「鯖を読む」の表現に残っています。外に現れたもの、内に秘められたものの意味を探るのも「よむ」こと。「風を読む」「腹を読む」そして空気も読むのです。「こよみ」とは「日(か)読み」で「読む」は数えることの意。
 
・「緑色なのになぜ「青信号」?」
 
→ 古くは日本語で色を表す言葉は「赤・青・白・黒」だけでした。赤と青が示す範囲は広く、緑色は青と表現される範囲に含まれていたらしいのです。赤と青は鉛筆、カエル、鬼など様々なものでセットになっています。近代的システムである交通信号の命名も、日本の色名の伝統的な体系に基づいています。
 
・「○○させていただく」の多様。
 
→ 「お話します」が「お話させていただきます」と、つい言ってしまいませんか。「冗長で押し付けがましい」などほとんどが批判的なものです。相手の許しを得て行う自分の動作を謙遜する時に使われるのが、戦後一般に広がったと説明しているものもあります。業務上のやりとりなど一時的な場面で、自分と身分的な違いがない相手への経緯を表すのに用いられた表現でした。ところが戦後、人間関係が流動的になって使われることが増えてきました。相手の許可が不要な場面や自分の一方的な行為についてさえも、頻繁に使われるようになりました
 
・ダブルを表す「W」は正しい?
 
→ 「W」は見た通り「V」二つでできています。「ダブル+ユー」中世まで英語ではVとUは区別なく書かれており、今の字形でダブリューと発音するようになったのです。このようにWの文字自身に「二重」の意味を含んでいるのも「W」と書きたくなる一因なのでしょう。
 
・明るい所でも「暗殺」?
 
→ 明るい時間帯で、しかも人混みでの犯行を暗殺と呼ぶことに違和感を持ったそうです。暗殺の「暗」は「暗い」ではなく「ひそかに」という意味です。陰謀の臭いや計画性を感じさせます。
 
・「真田丸」の「丸」って?
 
→ 「丸」は「まろ(麻呂)」が変化したもので、種々の名称の語末の構成要素として、「人名、特に幼名」「刀・楽器そのた器物」「船の名」などに用いられます。名前に付けることによって親愛の意を表したりもします。
 
・閏はなぜ「うるう」?
 
→ 平安時代末期には、「ウルフ」と読み仮名をつけた文献もあります。「閏」の字が余り物を意味するようになりました。「潤」は「水が余る」、つまり水分が多いという意味になり、日本では「潤(うる)ふ・潤ふ」と読んだのです。
 
・「年の瀬」の瀬は?
 
→ 「瀬」は川の流れに由来します。「流れが速く浅い場所を瀬、流れが緩やかで深いところを「淵」と呼びます。時の流れの速さも連想させ、「年の瀬」は一年最後の一番忙しい時期を呼ぶようになります。
 
日本語ってオモシロイし、ムズカシイね。味があるね。オススメです!(・∀・)

 

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いつも日本語で悩んでいます ―日常語・新語・難語・使い方

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