「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

HUMAN〜アクシデントの真相!…『男子フィギュア 織田信成』


バンクーバー五輪が終わってしばらく経つよね。(^ム^) 真央ちゃんの銀メダルも高橋大輔の銅メダルも
よかったんだけど、l個人的に印象的だったのが、男子フィギュアの織田信成選手だ。


4年に一度にすべてをかけているこの晴れ舞台でなんと靴紐が切れてしまうアクシデントに見舞われてしまう…。画面を見ていて、胸が締め付けられる思いがした…。(T_T)


さて、文芸春秋「Sports Graphic Number」バンクーバー五輪総集編 749号にその真相が掲載されていたのだ。そこには世界の頂点を目指している選手の深イイ真相があったのだ。そのエッセンスを紹介しよう。


バンクーバー五輪織田信成が演技を中断した。ナント靴紐が切れてしまった…

しかし紐はもともと切れていて、それを結んで使っていたのだ。判断が甘かったのではないかという意見もある。なぜ交換できなかったのか?実は、ショートプログラムからフリースケーティングまでの間に、織田の心境あ大きな変化があったのだ。

ショートプログラムは、織田の長所のすべてが発揮されトップ3に約5点差の4位、メダル圏内で折り返した。織田はいう。

「最高の結果でした。いつもはトップと点が離れるのに、こんなにいい点が出るなんて」

織田は07年、09年とも世界選手権7位。正直なところ最大の目標は最終グループ(上位6人)入りだった。自分自身をそのレベルだと評価していたのだった。

フリースケーティングまでは1日空いた。この間、残念なことに、緊張感が少し緩んでしまったのだ。

「最終グループに入る目標を達成できてよかったっていう喜びで一杯でした。でも、自分の中で良かったなって思いすぎたかもしれません」

織田は、ある種の達成感を覚えてしまったのだ。圧倒的なレベルの選手に囲まれて滑る自分に…


「世界最高の戦いで4位以内というのが、今までなくて、こうやってオリンピックの最終グループで4位にいる自分を想像していなかったんです。今になって思えば、そこで満足しちゃった自分がいた」


その「甘さ」が、靴紐の悲劇につながった。織田のジャンプは、着氷のなめらかさに定評がある、股関節とひざと足首をグッと曲げることで重心を低くし、衝撃を身体全体で吸収する。ただ、深く足首を曲げるぶん、靴紐に負担がかかり切れやすい。だからこそ織田は、ストレッチして切れにくい紐を使っていた。ただしこの紐は、変えた直後はストレッチがきつく、感触が変わる


そしてフリースケーティング当日朝の公式練習で、靴紐が切れた、もちろん、紐を交換するとう選択肢はあった。しかし、「交換した後の違和感に耐えられるだろうか」という不安が頭をもたげる。これから先は6分間練習と4分半のプログラムがあるだけで、計10分半しか滑らない。「10分半なら何とか持つのでは?」心の中で悪魔がささやいた


「紐が変わることで不安になるより、結び目が持つ方に賭けました。感覚が変わらなければ靴紐のことを忘れられると思ったんです」

もし、メダルを本気で狙うなら、道具が変わる不安も受け入れ、最善を尽くさねばならない。しかし、不安を背負ってまでさらに上を目指す戦闘態勢にはなかったのだ。

結局、演技後半のフリップで再び紐が切れ、次のループはジャンプミス。演技を再び中断した。試合直後は、「ショックすぎて言葉が無い」と茫然自失だった織田だが、一夜明けると、冷静に自分を分析した。


「人生って選択肢ばかりですよね。どっちを選べばいいのか難しい。でもいろんな経験をして、ちょっとずつ成長している。ミスをしないと先に進まないタイプなんだと思います。逆に、『これでいいのかな?』って不安になったりする。今回もミスに納得している自分がいるんです。少しずつしか進めないなあ…なんて思いますけど」


ん…深い…。やっぱり「イイ線いっている」ところで満足したのでは進歩が止まってしまうということなのだろうか…。でももし、自分だったら一喜一憂してしまうかなあ…。(^_^;)織田選手、次回のオリンピックでの活躍をお祈りしています。