「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「あきらがあけてあげるから」(ヨシタケシンスケ)

 
家族の誰もが開けられなかったビンのフタを開けたときの快感っていったらサイコーだよね。オトナになった気分になるよね!♪(・∀・)
 
さて、この本。そんな気分を表現したのがこの本!「どんなものでもあけられるって、なんだか楽しい!夢が広がるヨシタケシンスケのユーモア絵本」そのエッセンスを紹介しよう。
 
くやしい。ボクはくやしい。
ボクはチョコがたべたいんだけど、このふくろ、あけにくいんだよ。
 
あしたとか、あさってとか、もうすこし、おおきくなったら。ボクはきっとなんでもあけられるようになると思うんだ。
 
じぶんのぶんもみんなのぶんも、ぜーんぶあけてあげたい。
あきらがあけてあげるから
 
うーん。たのしみだ。はやく大きくならないかな。
もうすこしおおきくなったら「なんでもあけるやさん」になろうかな・
 

いいなあ。特にラストの1枚がいい!( ・∀・)イイ!! ヨシタケシンスケさん、天才だね。オススメです。(・∀・)

 

 

「言葉の園のお菓子番 森に行く夢」(ほしおさなえ)

全作品を読破している、ほしおさなえさんの本。さあ、新刊が出たよー、ワクワクっ!

 

「亡き祖母に導かれるように連句会・ひとつばたごに通いはじめた一葉は、その縁から再び書店員の職を得る。連句会に参加して一年、ブックカフェに勤めて四か月。新しい出会い、トークイベント、日々の小さな挑戦の積み重ねのなかで、何かをはじめること、選び取ることの大切さと豊かさが見えてきてー。まるで人生のように、出会いと選択によって行き先が変わる連句の体験が、競うのでも正解を目指すのでもない未来へと一葉を誘っていく。かすかな変化の予感が静かに胸を震わせる感動の人気シリーズ、待望の第三弾!」そのエッセンスを紹介しよう。

 

・「おいしーい。これは食べるのがもったいないけど、食べないのはもっともったいないですね」
 
・「思春期って、そういう時期でしょう?親や世界の見え方ががらっと変わる。完璧だと思っていた親は実は弱さを持つ小さな人間にすぎないし、盤石(ばんじゃく)だと思っていた世界も信用ならないものだとわかる。自分のことだってわからなくなる。そう考えるとね、思春期っていうのは、心の臍の緒が切れるときなのかもしれない、って思うんですよ。それまではぼんやり親が作った胎内のようなところにいるけど、そこを出ていかないといけない時期と言いますか。僕はそれがちゃんと切れてないのかもしれないなあ」
 
・「臍の緒はねえ。切れたと思っても、案外切れていないものなのかもよ。わたしの母ももうだいぶ前に亡くなりましたけどね、いまでも思い出すんですよ。なにかをするごとに、まだ自分が母に縛られている、ってわかる。自分も子どもの縛っているのかもしれない、とも思う。親は人ひとりの命を預かるわけだけど、別に完璧な人間じゃないですか。ふつうの人間だから、できないことだらけなのに。でも子どもたちは、こっちをなんでもできる存在だと思って頼ってくる。その目を見てると、自分もむかしはそうだったなあって」
 
・ある作家さんが、小説っていうのは総合力だって言ってたのを聞いたことがあります。センスだけじゃ書けないって。世界を丸ごと作るみたいなもので、座ってキーボード打ってるだけなのに、なにかえらく疲れるんですねえ。白髪も増えるし。
 
・「何千回人生をくりかえしても、若いころの自分が現実を見るようになるとはとても思えない。この生き方しかなかったとも思います。けど、こんなたんぽぽの綿毛みたいなものじゃなくて、地に根を張った大きな木の一部になりたい、って思うこともあるんですよ。でもいくら江戸のことを勉強しても、独学じゃ大きな木の一部にはなれないんですよねえ」
 
「でも、たんぽぽの綿毛にしかできないこともあるんじゃないですか。大きな木は動けないけど、たんぽぽの綿毛は遠くまで飛べるでしょう?」
 
・ 花が舞うやぶれかぶれで生きている  蛍
 
・久子さんは、人はだれでも、自分以外のだれかに対する希求がある、と言った。生まれたばかりにころにあった自分と世界のあいだの信頼がなくなったとき、どこかに自分を結びつけたいという想いが強くなる。恋愛とその成就というわかりやすい形におさまればハッピーエンドになるが、恋愛の枠におさまらず、想いが果てしなく遠くまで伸び、行き場をなくしてしまうこともある。行き着く先がない強い想いは、ときに死という形に結びつく。自分が好きな作品は、そうした純粋で強い想いが凝縮したマンガだと思う。
 
・「産むという行為は生命の根幹にかかわることですよね。自分の身体を子どもに食べさせる昆虫じゃないけど、産んだあとも乳を与え、世話をして、少しずつ自分の身体を与えている。僕はいま自宅で母の介護をしているので、思うところはいろいろあります」
 
・「まだ見ぬ場所に行きたい、という気持ちは、人間の基本ですよね。僕は若いころはかなりいろいろな場所を旅行しましたし、引っ越しもくりかえしていて。ひとところに落ち着けない性格というだけかもしれませんけど。想像するのも楽しいんですけどね。でも実際に行くと必ず予想外のことがあって、やっぱり世界は広いなあって思うんですよ。ものの大きさとか、その場所の空気とか、匂いとか、食べものの味とかね。行ってみないとわからないでしょう?
 
「わたしにとっては、読書がそういう冒険だった気がします。本に没入すると、その世界が頭のなかに広がって、自分がそこにいるみたいな気持ちになったり、その人になりきったりして……」
 
・「最近はどこに行ってもカフェばかりでしょう?むかしはたくさんあった、少し薄暗くて、しずかで、カウンターでマスターがコーヒーをドリップしてる、みたいな店があまりなくなってしまった。建物は元のままでも、店の雰囲気が変わってしまっていたりで」「そうだよね、いまは開放的であかるい感じのお店の方が多いよねぇ。けど、むかしはそういう薄暗い感じの喫茶店が流行っていたんだよね。」
 
・「街は生きている人のものだから、変わっていくのは仕方がない。でも、自分の居場所のない世界で生き続けるのはさびしいことなんですよね。だから、みんなある程度生きたらこの世を去っていく。それでいいんだ、思うようになりました」
 
 
動物のお医者さん』『夏の終りのト短調』(大島弓子)『少女マンガからはじまった!わたしの創作人生』「和菓子の名店『越後屋若狭(https://tabelog.com/tokyo/A1312/A131201/13046248/)』『プロペラ・カフェ』(調布飛行場)など。
 
 
いいなあ。「ほしおさなえワールド」に浸っていると、「まだ見ぬ場所」に行ってしまう。ワタシも連歌の会「ひとつばたご」に参加したいわー。オススメです。(・∀・)
 

 

 

「作詞入門 阿久式ヒット・ソングの技法」(阿久悠)

我が明治大学出身の大先輩の阿久悠センセイ。駿台阿久悠記念館」には、まだ行っていない方はぜひ行って欲しい!!!
 
 さて、神保町の古本屋街で見つけたのが、この本。ナント!昭和47(1972)年5月30日初版だから、50年前だよ!!!
 
 
また逢う日まで』『津軽海峡・冬景色』『北の宿から』『時の過ぎゆくままに』など五千曲を作詞した稀代のヒットメーカーの処女作。言葉の達人はいかに時代の芯を解剖して、既成概念を突破したのか。ヒットの秘訣とは何だったのか。日常生活のなかで最初に試みるべき点から指南した本書は、作詞家のみならずすべての創作家とその志望者に役立つ実践的仕事論」そのエッセンスを紹介しよう。
 
・この本でいう“作詞家”とは、自己満足型や自己陶酔型のアマチュアではなく、年間何十曲というヒットソングを創り出せるプロの作詞家のことである。
 
・つい最近、あるレコード会社の人から「日本には、どうして『愛の讃歌』のような歌ができないのだろうか」といわれたことがある。それに対して、ぼくは、「日本には、本来、愛というものがないから」と答えたものである。日本には、恋も愛もないのではないかと考えている。あるのは、男と女の縁(えにし)であったり、絆であったりで、恋というものとは、また違う気がするのだ。
 
・詞を書くのに、ぼくは何がなんでもタイトルから決めてしまう。コンピュータ的分析で、雰囲気や狙いは決まっている。頭の中にハッキリした映像もある。そこでまた逢う日までとタイトルを決めるのである。
 
いちばんいい勉強になるのは、テレビだった。テレビには、あらゆる要素が入っている。同時性、広告性、音楽、ニュースー物を書くという本来の勉強もできるし、コミュニケーションの勉強もできる。
 
また逢う日までは、実は、ズーニーヴーが歌ったひとりの悲しみという歌の、詞だけを変えたものである。メロディもアレンジも、ほとんどそのまま使った。なぜ詞を変えたか。それは時代性である。なぜ売れたか。これもまた時代性なのである。たった一年後には『また逢う日まで』の大ヒットとなった。なぜ詞を変えたのか?それは70年と71年の違いだと答えることにしている。もう一つはズーニーヴーがグループで、尾崎紀世彦が大人のソロシンガーだという違いであろう。
 
ピンポンパン体操は、歌としては特殊なもので、テレビの幼児番組の中の体操の歌としてつくった。体操というからには、アクションがしやすくしなければいけない。どうやれば面白いアクションにつながるかということを第一のポイントに考えた。だから、普通の構成でなく、一、二、三番とあるメインの詞の間に、まったく関係ない詞がポンポン入っている。全体が一つのミュージカル構成みたいなものである。
 
二〜五歳の子どもがいちばん喜ぶもの、彼らの中にいちばん強く印象づけられるものは何か。それは、ドリフターズとコマーシャル・ソングと、怪獣である。こんなにサービスした詞は他にない。“ズンズン……”というのは、ドリフターズのパロディ。子どもは一個100円のオモチャを100個もらったほうがいい。この歌は、決して高級品ではない。そのかわり、100円のオモチャがいっぱいつまっているオモチャ箱である。最後に“体操ありがとう”という。子どもは、なぜ“ありがとう”というのかわからない。なかなか“ありがたいです!”といわない。アタマの“ズンズン……”というのがある。これは、書くときに、頭の中でズンズンと歌ってみて書いているのである。これに小林亜星さんが、まったく正確にメロディをつけてくれた。神業である。この人はおそろしい。感覚的にも新しいし、この人にとって、曲をつくるうえでの不可能はないといっていい。
 
とにかく本を読むことである。活字を主食とする怪物になったつもりで、食って食って食いまくることである。文学書よし、哲学書よし、時刻表から旅行案内、土地の契約書、何でもいいのである。いつか生きたことばになって、よみがえってくるはずである。
 
・日記を書く余力があるのなら、一日一テーマのコラムを書くべきである。その日のうちで、いちばん書いておきたいこと、感じたことをテーマにして、社会的な広がりを持ったコラムに仕上げることをすすめる。
 
・ぼくは、テーマ選びの基本姿勢として、時代の飢餓感を見きわめ、とらえることをいちばんに置いている。今の社会でいちばんほしいものは何なのだろうか。それは愛なのだろうか。やさしさなのだろうか。陽気さなのだろうか。激しさなのだろうか。新しさなのだろうか。古さなのだろうか。便利さなのだろうか。不便さなのだろうか。無限にあるそういったものを、常に社会の動きを見ながら考えているのである。
 
 
「たくさんのひきだしを作るために」「ボキャブラリーを豊富にしよう」など。

 

50年前とは思えないほど新鮮な内容だ。言葉に研ぎ澄まされるなあ。オススメです。(・∀・)

 

 

「老神介護」(劉 慈欣(リュウジキン)大森望・古市雅子[訳])

 
よくいわれることだけど、この現代社会に、神様や仏様、イエス・キリストやお釈迦様が降臨したら、ビックリするだろうなあ!というハナシ。マンガにもなったよね。この時代の変化に戸惑うだろうなあ……!?(・∀・)
 
さてそんなリアルなストーリーがこの本。ナント!年老いた神様が地球に介護をもとめて地球に降りてくるというトンデモない展開に!♪
 
「突如現れた宇宙船から、次々地球に降り立った神は、みすぼらしい姿でこう言った。「わしらは神じゃ。この世界を創造した労に報いると思って、食べものを少し分けてくれんかの」。神文明は老年期に入り、宇宙船の生態環境は著しく悪化。神は地球で暮らすことを望んでいた。国連事務総長はこの老神たちを扶養するのは人類の責任だと認め、二十億柱の神は、十五億の家庭に受け入れられることに。しかし、ほどなく両者の蜜月は終わりを告げた」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
・世界のさまざまな都市で、年老いた浮浪者がどこからともなく次々に現れていた。彼らには共通した特徴があった。みんな年をとっていて、長く白い髭と白い髪をを生やし、白いガウンを着ている。「わしらは神じゃ。この世界を創造した労に報いると思って、食べものを少し分けてくれんかのー」
 
・こうした高齢浮浪者は半年も経たないうちに三千万人以上に増え、ニューヨーク、北京、ロンドン、モスクワの街角は、どこもかしこも、よろよろ歩く老人に埋め尽くされた。
 
・「わしらの文明はー神文明と呼ぼうー地球が生まれるずっと前から存在している。神文明が晩年に入り、衰退しはじめたころ、まだ誕生したばかりの地球で、最初の生命を育てた。そして、神文明は光速に近い速度で航行して時間を早送りし、地球の生命世界が適当なところまで進化を遂げたとき、ある種属にわしらの遠い先祖の遺伝子を植えつけ、彼らの天敵を滅ぼして、進化へと注意深く導いた。こうして地球にはわしらにそっくりな種属と文明が生まれたのだ」
 
 
「神々を扶養するのは人類の責任です。世界各国とさらなる協議を重ねなけれあばなりませんが、しかし原則的にはおそらく……」「世話かけるなあ。世話をかけるなあ……」神は老いた目に涙を浮かべ、また何度も頭を下げた。
 
・「じつはな、地球に来たのは生きるためだけじゃない。もう、二、三千年も生きているんだ。死んでもどうってことはない。わしらはただ、おまえたちといっしょに過ごしたかったんだ。おまえたちの生きる意欲、創造性や想像力が好きだし、大事に思っている。それはみな、神文明が早くに失ってしまったものだ。わしらはおまえたちの姿に神文明の幼少期を見た、しかし、おまえたちにこんなに多くの迷惑をかけるとは思いもしなかった。ほんとうにすまなんだなあ」
 
・「わしらが行くのは、おまえたちに邪険に扱われたからという理由ではない。受け入れてくれただけで満足している。しかし、ひとつだけ、ここにいられない理由がある。それは、おまえたちにとって神が哀れな存在になってしまったということだ。おまえたちはわしらをかわいそうに思っている。憐れみの対象にしているのだ」
 
・「この宇宙では、辛抱強く待ってさえいれば、どんな願いもかなう可能性がある。たとえほんのわずかな可能性であろうと、それは存在する。宇宙よ、おまえは梁と祝の物語の墓だ。そしてわしと彼女は、その墓から飛び立つ二頭の蝶になる……」
 
数百年後に起こりうるハナシかも。オススメです。(・∀・)
 

 

「にじんだ星をかぞえて」(上原隆)

福岡に来て、通勤時間がなくなったので、めっきり本を読む時間がなくなった。ちょっとイライラしている。(笑)20年続けている毎日のルーティンがなくなるって、そういうことだね。電車の揺れで本を読むのが別の世界にトリップするんだよね〜!

 

さてこの本。全作品読破を目指している上原隆さんの本。

「7年に及ぶ母の介護を終えた娘、定年の日を迎えた中卒サラリーマン、腐らずもがき続けたベテランマンガ家―― 普通の人々のささやかな日常に光を当てたノンフィクション・コラム。読み終えたあと、生きることへの希望、勇気がわいてきます。解説・穂村弘朝日新聞夕刊好評連載」その中でもイチバン印象に残った話を紹介しよう。

 

【落ち葉掃き】
 
・母がアルツハイマー型痴呆症だと診断された。「これからひどくなる一方ですよ」と医者に言われた。冨美子はショックで返事さえできなかった。母は一日中質問する。「私の娘はお前の他に誰か居るの?」「私の財布はどこ?」「明日晴れるかなー!」……答えてもすぐに忘れるらしい。同じことを何度もきく。
 
・時々、母は正気に戻る。「ねえ、毎日どんな気持ちなの?」「ずーっと私、なにやってるのかわかんないんだよね」という。次から次へと物事を忘れていくので、ここがどこか、いてもいいのか、食事はできるのか、いつも不安の中にいるらしい。
 
・近所の人がたき火をして、焼き芋をつくってくれた。母は「オイモ若きも大好きなお芋」とダジャレをいった。みんなが笑った。〈ああ、母はよく冗談をいってたな〉富美子は若い頃の陽気な母を思い出した。「入れ歯ここに置くわよ。お母さん、この家にずっとイレバ」。母は眠いのをこらえて「お前がやさしくくれレバ、お金があレバ」などという。翌日には忘れているので、毎晩同じダジャレをいう。毎晩母は喜び「お前って面白いね」と笑ってくれる。
 
・タオルの縁がほつれているのを見た母が、「針と糸を持っといで」といった。上手にタオルの縁をかがってくれた。縫い物も母が夢中になれるものだとわかった。古い布を集めてぞうきんを縫ってもらうことにした。その間、冨美子は横になることができた。気がついたら寝ていた。「女は疲れるからね、だんなさんのいない時に休みなさい」といいながら母がタオルケットを掛けてくれた。涙がこみ上げてきた。
 
「介護から得たものってなんですか」「そうね。自分に対しての満足かな。思い出すのは喜んでる母の顔ばっかりなの。良かったと思って。つらかったことって忘れるのよ」
 
 
その他「街(金沢美術工芸大学)」「父は虫プロの編集者」「定年退職の日」「現実の博物館」「傷を見るのをやめた」「ジタバタした(マンガ家かまちよしろう)」「記憶だけで生きてる(穂村弘、もりまりこ)」「枇杷の木」「画家・石井一男」「喜寿の祝い(母へのインタビュー)」「泣くことでしか耐えられない」「ようこそ、「老人の王国」へ」「どんぐり」「的中りんご」「二人でいる時にひひとりになるには」「キャッチボール」「生きる意味(天文学者・磯部琇三)」「心は女性」「同級生」など。
 
何気ないフツーの平凡な人でもいろいろなドラマがあるんだね。オススメです。(・∀・)

 

 

GOURMET〜福岡うどん食べ歩き6…「大助うどん」VS「うどん松島」

 

丸天うどん 620円 かしわおにぎり 240円

大助うどん 別府店

福岡市城南区別府2-9-24 北村ビル 1F

12:00~14:30 18:30~21:30 金休

tabelog.com

福岡にきて「うどん」の美味さにハマっている。こっちにいるだけどれだけ多くのお店に行けるか!ということで、知り合いから勧められた「大助うどん」

 

 

地下鉄「別府」駅のすぐ上。「べっぷ」じゃなくて「べふ」って読むんだよね。へー!φ(..)メモメモ

 

 

東京の立ち食いそばや牛丼も値上げしたから、この値段の安さは光るね〜!

 

 

「ごぼ天」が早くも売り切れ!とのことなので「丸天」をオーダー

 

 

手作りなので時間が掛かるとのこと。待てないので「かしわおにぎり」240円を。これが美味いっ!

 


ちょっとブレちゃったけど、これぞ「珠玉の一杯」!!!!なんといってもおダシの

美味さと麺のコシとやわらかさのバランスがいい!( ・∀・)イイ!!

 

 

途中で揚げ玉、いれちゃおうかな!♪

 

 

交通の便もいいし、美味いなあ。サイコーだね〜!リピート必至!

 

 

 

さあもう一軒っ!

 

 

 

丸天うどん 550円

うどん処 松島

福岡市中央区赤坂1丁目11−5 

092-712-1692    11:00〜15:30

日休 

tabelog.com    

オフィス&キッチンから歩いて10分弱。お昼しか営業していないんだよね。

 

 

ひっそりと佇む、シブい落ち着いた暖簾。いいなあ!

 

 

年配のご主人と娘さんかな!?丸天550円は安いわー!!!美味いわー!!!

 

 

一人で来ているお客さんが多く、まるで求道者のようにうどんをすする。美味しさをかみしめるようなカンジで食べてるなあ!(・∀・)

 

 

いや〜!満足、大満足っ!ここもリピート必至!福岡のうどんは深い。うどん食べ歩きは続く……。(・∀・)

 

「メモの魔力」(前田裕二)

 

手帳が好きで、20年前は自称「手帳研究家」と名乗り自社開発したVISION NAVI』の活用法セミナーをやったり、その内容がマンガになったこともあったけど、グーグルカレンダーが出てきてめっきりアナログから遠ざかっていった。それがあるきっかけで2年前より再びアナログの手帳も併用するようになったのだ。そんなときに出会ったのが、この本!(・∀・)

 

「いま最も注目される起業家・前田裕二による渾身のメモ術!

・メモで、目にする情報全てをアイデアに変える
・メモで、本当の自分を見つめ直す
・メモで、夢をかなえる


メモの魔力を手にした時、あなたは、何者にでもなれる。巻末付録、自分を知るための【自己分析1000問】」そのエッセンスを紹介しよう。

 
僕は、365日、とにかくおびただしい量のメモをとっています。起きて、夜寝るまで、いつでも、メモがとれる状態になります。メモの狂気」。なぜ狂ったように「メモ」にこだわるのか。メモこそが自分の人生を大きく変革した「魔法の杖」であると直感しているからです。一体、どんな魔力なのか。まず、メモをとると、あらゆる日常の出来事を片っ端からアイデアに転換できますメモすることで、それはアイデアになる。メモの魔力は、日常をアイデアに変えるのです。
 
なぜここまで狂ったようにメモをとるのか。それは、この残酷なまでに時間が限られている人生という旅の中で、より本質的なことに少しでも多くの時間を割くため」です。メモやノートは、記憶をさせる「第2の脳」です。いわば「外付けハードディスク」として、あとで検索できるように書いているのです。
 
・ここで紹介したいのは「記録のためのメモ」ではなく知的生産のためのメモ」です。「人間にしかできないこと」に集中するために、新しいアイデアや付加価値を自ら生み出すことを強く意識して、メモを書き始めてください。世界が、全く変わって見えると思います。
 
・メモをとるということは、同時に「言葉にせねばならぬ」ということを意味します。自家発電的に言語化の強制力」を一人でも作り出すことができるのが、メモの力なのです。

 

確かに、ワタシも新しい歌のネタは、メモを取ってるもんね。φ(..)メモメモ。デジタル派も、アナログ派にも、オススメです。(・∀・)