「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「嘉門達夫の美味すぎ!ニッポン旅ガラス〜旅で出会った人と味」(嘉門達夫)

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ワタシの「酒場のギター弾き」の原点ともいうべきミュージシャンが、あのねのね嘉門達夫だ。ワタシの師匠ともいうべき存在で。そーそー、あるある、オモシロイ〜〜!の感動がワタシに影響を与えてくれたのであるっ!(・∀・)♪

 

さて、この本。 嘉門師匠が、「いろんな町のいろんなお店。魅力溢れる人物に文化。デビュー以来20年にわたり日本全国を旅してきた著者が、記憶から消し去ることが不可能な体験、味覚、出会いの数々を綴る」そのエッセンスを紹介しよう。

 

そこにしかないモノに惹かれる。
そこにしかない味に魅力を感じる。
ここに住む人達との至福のひととき。
そこにいけば、必ず体験したくなる。
仕事柄、日本全国旅を続けている。
いろんな町のいろんなお店。
魅力溢れる人物に文化。
僕の記憶から消し去る事が不可能な体験、味覚、出会いの数々を綴ってみた。デビュー22年目、これからも旅は続くだろう。
いろんな「初体験」が多ければ多いほど人生は豊かだと思う。
初めて行く場所、初めて会う人、初めて行く店、初めて食べる味。
いろんな初体験を経験し、その都度触発されては唄を産む栄養にして行きたいと思っている。
 
最終的な僕の夢は「老人のシンガーソングライター」になる事今の日本で、老人が老人の気持ちを自ら唄にして、ライブで歌うというケースがまだない。80くらいになっても現役でステージに上がり「次の曲は『あんたの介護は受けたくない』です」なんていう唄を唄っていたい。そこに到達するためには、その年齢なりのリアルな唄を創り、唄い続けてゆくしかない。今は40代だら、この先、50代、60代、70代に産まれる唄の先に80代の唄がある。旅はまだまだ続く。
 
「カメレオン(イタリアン)(閉店)」(東麻布)
「中川屋駒沢店(カレーうどん)」(駒沢)
「マルズバー(洋食)」(六本木)
「かっぱ(煮込み)」(駒沢大学
「鈴木(鳥料理)」(名古屋市昭和区
「更科の冷やしたぬき」(岐阜)
「スマル亭(立ち食いそば)」(静岡市
「やきとり 六源(やきとり)」(大阪市福島区
「だてそば(カツ丼)」(岡山市
 
・何なんだろう?この富士山を見ると嬉しくなる気持ち。誰かが同乗していると必ず「あっ!富士山やっ!」って口に出して言ってしまう。ちなみに「ウシ」を見つけてもあっ、ウシや!」となぜか言ってしまう。「虹」もそうだ。人間は普段の日常生活の風景に中にないモノに遭遇したとき、その事を「口にしてしまう」動物なのだ

 

まだまだ食べたことのなり地方の美味しいものがたくさん、あるなー!オススメです!(・∀・)♪

 

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「活版印刷 三日月堂3 庭のアルバム」(ほしおさなえ)

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 いや〜このシリーズ、3作目だけど、良過ぎるなあ!久しぶりの感動かも!主人公や登場人物の描写ややりとりやコトバの節々がステキ過ぎるっ!!!ぜひ映像化して欲しいなあ。(・∀・)

 

「小さな活版印刷所「三日月堂には、今日も悩みを抱えたお客がやってくる。店主の弓子が活字を拾い刷り上げるのは、誰かの忘れていた記憶や、言えなかった想い。しかし三日月堂を続けていく中で、弓子自身も考えるところがあり…。転機を迎える、大好評シリーズ第三弾!」そのエッセンスを紹介しよう。

 

最近じゃ、映画館もこぎれいになったよね。全国どの街に行っても同じ。けど、いったん閉館したここが復活したとき、ああ、これだ、って思ったんだよ。わたしの知っている映画館はこれだ、って。身体のどこかに残っていた。天井の高さ、スクリーンまでの距離、音の響き方とか。不思議なもんだよねえ。椅子に座ったとたん、よみがえってきたんだ。フィルムが傷だらけで、雨が降ってるみたいな映像や、ザーッとした音……。
 
家族がだれもいなくなって、自分のほとんどの部分がなくなっちゃったような気がしてたんだと思います。でも、ここに帰ってきて、過去にあったものが消えたわけじゃない、と思った。むかしの三日月堂を覚えている人と出会ったり、自分の仕事を喜んでいる人がいたり、ここでこうしているのも悪くないなって。仕事があったからやってこられたのかも、って思うんです。だれかのためになにかを作る、ってことで生きてこられたのかな、って。ここしかないんですよ。ずっと、ここでやっていけるって思ってるわけじゃないですけどね。
 
・古いものを守るためには保守的だって思い込んでいたけど、違うかもしれない。「古いものを守る」というのは、前からあるものをそのままにとっておくだけじゃない。それもまた挑戦なんだ。
 
・紫陽花のひとつひとつの花びらがもう会えないと言っているよう
 
・夏が来るまぼろしみたいなないもかも生きてることも生きてたこと
 
・あの夏は愛するものもまだなっくてひこうき雲にあこがれていた
 
・面白いだろう?こうやって植物を記す文字を見てると、それ自体が植物みたいに見えてくる。葉っぱや枝や蔓(つる)みたい。むかしから、言葉は『ことのは』だし葉っぱの一種なのかもしれないね。萩もねえ、奈良時代には、男女で髪に萩の花を飾って。恋文に枝を結んで贈り合っていたそうだよ。人はむかしから植物に自分たちの思いを重ねてきたんだよね。
 
「お母さん……」川の方を見ながら、弓子さんが小声でつぶやく。「あ、すみません
、一度、こんなふうに声に出して呼んでみたかったんです」僕が見ると、恥ずかしそうに笑った。この人は呼んだことがなかったんだな。みんながお母さん、お母さん、と日に何度も呼ぶ時期にも。「わたし、ここにいるよー。生きて、ちゃんと歩いるよー」弓子さんが川に向かって叫ぶ。紙飛行機を飛ばすように。この人を手伝いたい。突然そう思った。
 
「チケットと昆布巻き」「カナコの歌」「庭のアルバム」「川の合流する場所で」。4篇どれも独立いながら続いている構成は見事!八木重吉、読みたくなりました。超オススメです!(・∀・)♪

 

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「つまんない つまんない」(ヨシタケシンスケ)

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つまんない つまんない (MOEのえほん)

つまんない つまんない (MOEのえほん)

 

ワタシが大好きな、天才絵本作家、ヨシタケシンスケ氏。子どもの目線でとらえた切り口と独特のイラストのタッチにハマるっ!!!(・∀・)

 
子どもがよく口にする言葉「つまんない」。「せかいいち つまんない ゆうえんちって」「おとなは つまんないとき どうしてるんだろう」……。男の子の頭に浮かぶ「つまんない」の謎を、どんどん掘り下げていくユーモラスな絵本。「つまんない」ことをいっぱい考えるのって、実は面白い!」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
つまんないってだれのせい?
 
どうしてつまんないんだろう。
 
つまんないってなんだろう。
 
 
せかいいち つまんない ゆうえんちって、どんなところだろう
 
よのなかには「おもしろいこと」と「つまんないこと」しかないのかな。
 
そもそも「つまんない」って ことばは だれが かんがえたんだろう
 
そのひとは、なにが つまんなかったんだろう。
 
つまんないひとが 300人くらいあつまったら、おもしろくなるのかな。
 
それとも300倍 つまんなくなるのかな。
 
たのしそうにしているけど、ほんとは つまんないひと、って いるのかな。
 
つまんなそうだけど、じつは ちょっと 楽しい、って ひとも いるのかな。
 

……ラストのページは……やっぱりねー!♪(笑)親子で読むと、ぜんぜん「つまらない」ことはない!オモシロイ!オススメです!(・∀・)

 

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つまんない つまんない (MOEのえほん)

つまんない つまんない (MOEのえほん)

 

 

「おもしろい人に会ったよ」(小松政夫)

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おもしろい人に会ったよ

おもしろい人に会ったよ

 

以前、何気なく掛けたAMラジオでゲストで出ていた小松政夫。あの名コントの名ギャグというか名フレーズ誕生のエピソードが実に面白くて、みんなノンフィクションで、モデルがいた、という話。この本に載っているということでさっそく読みました!

 

「人間の優しさ、楽しさ、哀しさ、おかしさ、淒さ…。いろんな人との出会いをコメディアンの感性で綴る」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
・自分でもびっくりしたんですが、これまでボクが使ってたギャグは100近くあるというんです。一つ一つのギャグの短いフレーズの中から懐かしい顔や憎たらしい顔、笑顔や泣き顔や楽しそうな顔がどんどん沸いてくる。ボクは、浮かんでくる顔、顔、顔のすべての人に支えられて行きてきたんだ。いつもいろんな人に助けてもらったおかげで。今の自分があるんだ、と。
 
・面白い人、おかしな奴、嫌な奴、とんでもない奴、楽しい人……。そんないろんな人との出会いに、ボクはコメディアンとして、感謝をこめてボクなりに綴ってみました。誰にでもある出会いかも知れません。でも、もしその出会いに気づかず、素通りしてしまっているとしたなら、こんな悲しいことはない。せっかくの人生の楽しさ、面白さが半減してしまうとボクは思うのです。
 
特に、「どうして、おせえて」と男にすがりつく女、「もういや、こんな生活」と泣くお姐さん、「小松の親分さん」のモデルになった親分、話に割り込む小錦バアさん(上手だね、ジョーズダネー!)、満員電車でションベンをするオヤジ(ワルいネ、ワルいネ、ワルいネ、ディートリッヒ!)「あんたはエライ」と言った母、「明るい教育ママ(いて〜な、いて〜な)」「無口なオヤジの朝ごはんの話」「呪文をとなえる教師(ニンドスハッカッカ、まぁ、ヒジリキホッキョッキョ)」「ユルシテ、ユルシテ、ユルシテ〜ッ!ズイブン、ズイブン、ズイブン」「知らない、知らない、知らない」など。
 
名言ならぬ「名フレーズ」が多いね〜!小松政夫伊東四朗の名コント、見たいな〜!あの映像が蘇る!オススメです!(・∀・)♪

 

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おもしろい人に会ったよ

おもしろい人に会ったよ

 

 

「絶対成功!まんがでわかる ホリエモン式飲食店経営」(監修 堀江貴文)

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 以前、描いていたワタシの夢は55歳で、遅くとも60歳でビジネス界を引退して「フォーク酒場」を開くこと。好きな音楽のことだけ考えて店名は、酒と泪と男と女ならぬ「酒とギターと歌と女」なんてことも考えていた。しかし、飲食業界に関わるようになってこの業界で生き残ることのムズカシさを身にしみて、やっぱり「流し」の方が気楽だなあ!と思えてきた。(・∀・)

 

さてこの本。「65歳で定年を迎えた妹尾は、夢だった喫茶店をオープンさせるが、客として来店した堀江美麻に「3ヵ月以内に潰れる」と告げられる。飲食店経営のことを何も知らないと痛感した妹尾は、美麻とともに店を立て直すことになった。だが、妹尾が知らないことがもう1つ。実は美麻は、堀江貴文の妹だったのだ!ビジネス界の寵児が教える、飲食店経営の極意」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
・あらゆる業種の中で、飲食業の1年以内の廃業率は、18.9%業界トップなのよ!もう何年も前から飲食業界は伸びしろの少ないレッドオーシャンのよ。
 
くたびれた町の中華料理屋!!!味もそこそこ、店舗も汚い……店主は接客なんてお構いなしの中華料理屋!ああした町中華が生き残れる一番の理由は「人件費」!!家族で運営しているから最低限の人件費で済む!さらに店の2階が住居になっていて固定費を浮かせてる店も多いわね。こうした人件費・家賃といった固定費。こうしたランニングコストと生活費を一体にすることによって流行らない町中華は生き残ることができるのよ…!!
 
プロダクトアウトは売る側(店)中心の考え方、一方マーケットインは買う側(客)中心の考え方よ。実際多くの店が このプロダクトアウトの罠に気付かず、潰れていくわ。
 
「初回・初月無料」は継続利用狙いの戦略でしょう
 
・開業すれば地獄を見るといわれる飲食店で、唯一「理想的」といわれる経営形態が「スナック」!一人でも回せる狭小スペース可。急がない接客スタイル。提供するのは乾き物とお酒が主でロスは少ない。コストと収入のバランスがとれた営業形態だからスナックはどの田舎でも潰れないのよ!
 
「友達をアテにする」なんては最悪手だろ。友達の平均人数は、10代で44.8人、20代で22.4人、30代で15.1人。年を重ねるごとに友達は減るのに。失敗する飲食店経営者は、この人数を集客見通しに含むんだよな。一度来てもらって、その後 何度も足を運んでもらえるか。自分が客ならどうか考えりゃわかるだろ。
 
「親子連れのためのコーヒーセミナー」は、いいねえ。リアルだねえ!当たり前のことだけどマンガだとわかりやすい。オススメです!(・∀・)

 

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「阪急ブレーブス 勇者たちの記憶」(読売新聞阪神支局)

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阪急ブレーブス 勇者たちの記憶 (単行本)

阪急ブレーブス 勇者たちの記憶 (単行本)

 

 子どもの頃、ジャイアンツよりも夢中になった球団、それが阪急ブレーブスだ。当時は、パ・リーグのテレビ放映は皆無。名将上田監督、福本、大熊、森本、マルカーノ加藤秀長池、山田、足立、そしてなんといっても快速球山口高志!個性的な選手が大好きだったなあ!(・∀・)

 

パ・リーグを10度制し、日本一に3度輝いた名門球団は、1988年、身売りという最後を迎えた。常勝軍団といわれながら、打倒巨人に燃えた反骨の集団は、伝説の彼方へと消えた。盗塁王福本、エース山田をはじめ、個性派集団と言われたガッツの塊のような選手たち。彼らを支えた情熱溢れる球団関係者。勇者たちの語りであの黄金時代がよみがえる」そのエッセンスを紹介しよう。


阪急ブレーブスパ・リーグを10度制し、日本一に3度輝いた名門球団は、身売りという最後を迎えた。昭和の終わりが近づいていた頃のことだった。同じ西宮に本拠を置く阪神には人気ではとてもかなわず打倒巨人に燃えた反骨の集団は、伝説のかなたへと消えた。それから30年が過ぎ、時代は平成から令和へと移った。それでも、変わらず「勇者」を愛し、その思い出に酔う人たちは多い。九回のお荷物だったチームを鍛え上げ、闘争心を植え付けた熱き指揮官。そして、個性とガッツの魂のような選手たち西宮球場の後に残る彼らの息遣いに耳を澄まし、その栄光をめぐる旅へと、出掛けたい。

 

・(福本豊)「正直言うて、オリックスに強い思い入れは持てへんなあ。なんせ、もうブレーブス』の名前は消えてしもたんやから」全球団が参加し、テレビでも放映される「運動会」の100メートル走で、勇者の一番はあっさり負けるのだ。「野球はマラソンとちゃいます。30メートルでええんです」

 

・(高井保弘「まあ、年を取ったら色々あるわ」。ビールを注ぎ、うまそうに飲む。瓶もグラスも、握るのは利き手と逆の左手だ。「こっちは滑るねん」と差し出す右手は、手首の上にビー玉大の突起がある。堅い。「骨や。バットを振り込んでいるうちに、突き出てきよったんにや」フルスイングの代償だ。一振りごとに激痛をこらえ、一発のロマンを追い求めた。今は、歯ブラシも滑り落ちるほど握力が落ちた。箸も使えないから、フォークで食事をする。

 

「球団マネージャー浅井浄(福本を育てた男)」「不屈の右腕 足立光宏」「応援団長 今坂喜好」「代打の神様 高井保弘」「スコアラー 金田義倫(よしのり)」「応援のロランペット 松本誠次」「いぶし銀のつなぎ役 大熊忠義」「ブレービー島野修」「不動の四番打者 長池徳二」「真のエース 山田久志など。

 

西宮ガーデンズ5階ギャラリー、一度行ったなあ!西宮球場ジオラマがあったなあ!再訪してみたい。懐かしさに浸りたい。野球ファン必読!オススメです!(・∀・)

 

 

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阪急ブレーブス 勇者たちの記憶 (単行本)

阪急ブレーブス 勇者たちの記憶 (単行本)

 

 

「それは「人材革命」から始まった 私の飲食店実践繁盛学」(中村康彦)

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がっちりマンデー!!」や飲食雑誌などでよく取り上げられる茨城県古河市の地元密着の和食の名店「丘里グループ」「Dr.Fry」もご採用いただいているが、中村社長とお会いするたびにいつもユニークな発想とそのお人柄に惹かれる、刺激を受けている。(・∀・)

 

そのヒミツがこの本にあるっ!!!「茨城県古河市で女将がいる和食店を中心に展開する丘里グループは、女将を中心とした多くのスタッフのいきいきとした働きぶりと、
独自の料理づくり、積極的な販促サービスなどで多くのファンを掴み、着実に売上を伸ばしている。1971年に創業した中村社長がどのようにして優秀な人材力を育ててきたか、商売の苦闘の中で掴んできた人材育成の大切なポイントについて解き明かす」そのエッセンスを紹介しましょう。

 

株式会社丘里茨城県古河市に産声をあげて46年。古河市で女将がいきいき働く繁盛レストラン」という評価を多くのお客様からいただけるようになりました。古河市の人口は約14万人。1年に一人2.8回ほどの割合で来ていただいていることになります。地元市民の皆様にご利用いただきこれほど嬉しいことはありません「何かの集まりがある時は丘里で」と言っていただけるようになりました。それは各店舗の「女将」とチームワーク良く仕事をしてくれている各店舗のスタッフのおかです。
 
・30年前、両親から受け継いだ、洋食喫茶「レストラン丘里」がどのようにして地域のお客様に愛される、女将をはじめスタッフがいきいきと働く、現在のような飲食企業にしてきたのか。私が歩んできた苦闘の道とともに、実践的な飲食経営における大事なことは何か、について語っていきます。
 
・専門学校を卒業後、すぐにベルギーのブリュッセルに行き、人生の師匠となる田村隆茂さんという先輩に出会いました。失敗しても必ず成功すると思って仕事をしなさい・100回失敗しても101回には成功することを信じて仕事をしなさい」この言葉に、不器用な私がどれだけ励まされたことか。だし巻き玉子一ヶ月2000本」「3日間で睡眠時間40分」「朝の8時半から夜中12時半まで休憩時間なしで1年勤務」など、当時の私の仕事ぶりが伝説としてブリュッセル田川」に残っていたということを耳にしたことがります。嫌味を言われるくらい仕事はむしゃらに仕事をやりましたどうやったら一つの仕事が早く終るのか」「どういう料理を作るとお客様から喜んでいただけるのか」「どういう料理を作ると経営者は喜んでくれるのか」をいつも考えながら仕事をしていました。
 
丘里では、私とスタッフの間、そしてスタッフ同士の間のコミュニケーションを非常に大切に考えています社内のコミュニケーションをすべての基本に置いていると言ってもいいと思います。その理由は。商品だけで差別化を図るのが非常に難しくなってきているからです。料理以上に記憶に残るのが接客サービスです。
 
・ラストオーダーの伺い方の一工夫。ラストオーダーいかがですか?」→ 「ラストオーダーの時間ですが、最後に何かお持ちしましょうか?ラストオーダーは売上を上げると同時に、お客様を店のファンにする絶好の機会でもあるのです。丁寧に配慮すればファンになってくれますが、気を抜くと逃げて行ってしまうということもあるのです。
 
「訊く」。この言葉は「聞く」や「聴く」に比べると、あまり頻繁に使われることはありません。しかしこの言葉には聞く」や「聴く」が受動的なのに対して「質問する」という意味も含まれた能動的な言葉だそうです。スタッフを理解するように「訊く」ということであり、それによって私とスタッフの絆も深まっていくと思います。
 
特に、「ファミレス、海外和食店、料亭等で多くのことを学ぶ」「試食してもらいながら名物料理を開発」「漬物食べ放題でドリンクバーに勝つ」「経営危機に直面、夢を語り、人を育てる大切さを痛感」「女将を社長代行者として位置づける」「厳しい実技試験「電話予約」「レジ締め」」「毎日ボイスメール報告でコミュニケーション」「スタッフの行動計画書や顔写真要り組織図等を持ち歩く」「顧客ノートを作り、15名以上の宴会客にはお礼の手紙を」「ドアコール作戦で1万軒を訪問」「私は愛のある男です」宣言」など。
 
一気に読みました〜!中村社長、愛があるわー!やっぱり人材だよねー!飲食業界以外にも役立ちます!超オススメです!(・∀・)♪
 

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中村社長、サイン、ありがとうございました〜!!!(・∀・)!!!

 

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