一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「活版印刷 三日月堂 庭のアルバム」(ほしおさなえ)

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 いや〜このシリーズ、3作目だけど、良過ぎるなあ!久しぶりの感動かも!主人公や登場人物の描写ややりとりやコトバの節々がステキ過ぎるっ!!!ぜひ映像化して欲しいなあ。(・∀・)

 

「小さな活版印刷所「三日月堂には、今日も悩みを抱えたお客がやってくる。店主の弓子が活字を拾い刷り上げるのは、誰かの忘れていた記憶や、言えなかった想い。しかし三日月堂を続けていく中で、弓子自身も考えるところがあり…。転機を迎える、大好評シリーズ第三弾!」そのエッセンスを紹介しよう。

 

最近じゃ、映画館もこぎれいになったよね。全国どの街に行っても同じ。けど、いったん閉館したここが復活したとき、ああ、これだ、って思ったんだよ。わたしの知っている映画館はこれだ、って。身体のどこかに残っていた。天井の高さ、スクリーンまでの距離、音の響き方とか。不思議なもんだよねえ。椅子に座ったとたん、よみがえってきたんだ。フィルムが傷だらけで、雨が降ってるみたいな映像や、ザーッとした音……。
 
家族がだれもいなくなって、自分のほとんどの部分がなくなっちゃったような気がしてたんだと思います。でも、ここに帰ってきて、過去にあったものが消えたわけじゃない、と思った。むかしの三日月堂を覚えている人と出会ったり、自分の仕事を喜んでいる人がいたり、ここでこうしているのも悪くないなって。仕事があったからやってこられたのかも、って思うんです。だれかのためになにかを作る、ってことで生きてこられたのかな、って。ここしかないんですよ。ずっと、ここでやっていけるって思ってるわけじゃないですけどね。
 
・古いものを守るためには保守的だって思い込んでいたけど、違うかもしれない。「古いものを守る」というのは、前からあるものをそのままにとっておくだけじゃない。それもまた挑戦なんだ。
 
・紫陽花のひとつひとつの花びらがもう会えないと言っているよう
 
・夏が来るまぼろしみたいなないもかも生きてることも生きてたこと
 
・あの夏は愛するものもまだなっくてひこうき雲にあこがれていた
 
・面白いだろう?こうやって植物を記す文字を見てると、それ自体が植物みたいに見えてくる。葉っぱや枝や蔓(つる)みたい。むかしから、言葉は『ことのは』だし葉っぱの一種なのかもしれないね。萩もねえ、奈良時代には、男女で髪に萩の花を飾って。恋文に枝を結んで贈り合っていたそうだよ。人はむかしから植物に自分たちの思いを重ねてきたんだよね。
 
「お母さん……」川の方を見ながら、弓子さんが小声でつぶやく。「あ、すみません
、一度、こんなふうに声に出して呼んでみたかったんです」僕が見ると、恥ずかしそうに笑った。この人は呼んだことがなかったんだな。みんながお母さん、お母さん、と日に何度も呼ぶ時期にも。「わたし、ここにいるよー。生きて、ちゃんと歩いるよー」弓子さんが川に向かって叫ぶ。紙飛行機を飛ばすように。この人を手伝いたい。突然そう思った。
 
「チケットと昆布巻き」「カナコの歌」「庭のアルバム」「川の合流する場所で」。4篇どれも独立いながら続いている構成は見事!八木重吉、読みたくなりました。超オススメです!(・∀・)♪

 

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