

なぜ、前方後円墳が作られたのか!?というナゾが、まさかこの本で得られるとは思わなかったわー!!!ビックリ!!!
「シリーズ累計10万部突破!。現代科学で読み解く大好評の技術史ミステリー「国内編」 の最新刊!あの時代になぜそんな技術が!?」そのエッセンスを紹介しよう。
①なぜ円墳と方墳を連結させるのか
②円墳と方墳が同時に、同じ場所に存在するのであれば、それらの
③祭祀場としての方形部が大き(広) すぎないか
④祭祀場であれば、 神社の拝殿の方向がおおむね決まっているように、その方向に一定 の規則性がないのはなぜか
⑤被葬者が埋葬される円墳が最も重要であるはずなのに、 方形部が円墳部と同等の高さの古墳 (仁徳陵、応神陵、 白鳥陵など)や 、完全に円墳部を超す高さの古墳(清寧陵)が存在するのはなぜか ?
・私は今城塚古墳から帰ってすぐに、
この『水田と前方後円墳』は、「
・現代に生きるわれわれはまず、日本の食生活、 社会の歴史において、米(稲)がいかに革命的な食糧であったかを 確認しておかなければならない。弥生時代の主な食料は、 縄文時代に引き続いて採集で得られるドングリやクルミなどの堅果 類 に加え、農耕で得られる畑作物だった。
・縄文時代晩期に伝来した水田稲作は、日本の食に革命を起こした。 稲は長期間、同じ水田で作られながら連作障害が発生しない稀な作 物であるが、それは、水田に流れ込む水によって栄養分が補給され 、流れ出る水によって有害物質が洗い流されるためである。
なんといっても米は「うまい食物」であり、 保存が利く栄養価の高い食物でもある。 さらにnは交易の場において最も交換価値が高く、 富をもたらす物質でもあった。
・つまり、手短にいえば、米がたくさん、安定して収穫できるクニ がよいクニ、強いクニであり、そのようなクニの支配者が民衆から支持を得る支配者だった。
・古墳の周濠を「溜池」として利用すれば、 水田への水の安定的供給が可能になる。古墳周濠の容積を大きくす ればするほど開拓可能な水田の面積が増し、結果的に稲の収穫量が増える。同時に、 古墳周濠の容積が拡大するということは、墳丘を造るための盛り土 の量が増すということであり、より大きな墳丘 の築造へとつながっていく。
以上が、私の疑問①~⑤ すべてをすっきりと氷解させる結論である。
・民衆は「保存が利き、栄養価が高くうまい食物であり、さらに、 交易の場において最も交換価値が高く、富をもたらす米」の増産のために、 自ら率先して重労働に従事したのである。民衆が、三〇〇年の長き にわたって方形部合体型円墳の築造に労力を出し続けたモチベーシ ョンが、「自分たちのための米の増産」であったとすれば合点がい く。
その他、「三内丸山遺跡ー縄文時代の最新技術」「
先日読んだ『土偶を読む図鑑』の新発見と共通点があるね。「瑞穂の国・日本」ならでは、だね。
あらためて日本の良さを知ることができました。このシリーズ、いいなあ!超オススメです。(^^)

