酒場のギター弾き 小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「大衆めし 激動の戦後史ー「いいモノ」食ってりゃ幸せか?」

私が子どもの頃、昭和40年代は、コンビニもなく、スーパーも少なかった。家族揃って食事をしたし、母親の手料理しかなかった。お惣菜を買うことも外食することもなかった。そのことを考えると今の食生活って乱れているよねえ…。(・o・) だから最近は、大戸屋さんのような定食屋さんや食堂にノスタルジーを感じるのかも!?


さて、この本、「大衆めし」とは何なのか!?私たちは何を食べてきたのか!?を改めて考えさせられる本。そのエッセンスを紹介しよう。


「大衆食堂のめしはなぜうまいか」そこには、生活料理があるからだ。おれが、キャッチフレーズのように使ってき、「気取るな、力強くめしを食え!」「ありふれたものをおいしく食べる」という文化が息づいているからだ。


・1970年ごろから今日まで約40年間、日本の食と料理は、ほんとうに、激動の時代だった。土器による煮炊きが始まった縄文時代、そして竪穴式住居に竈ができたいわれる古墳時代以来の激しい変化といってもよい。連綿と続いてきた、台所の料理は、一挙に「製品」(製品同様の、解凍して売られる冷凍の水産物・農産物・畜産物や、切って盛られた刺し身や出来合いの惣菜や弁当を含めれば、かなりの量になる)に頼るようになった。「料理の消えた台所」と言われるぐらい、台所の仕事は変わった。大多数の人々が、遠く離れた場所で生産されるものを食べて暮らすのがアタリマエになった。さらに大多数の人たちは、もとの生物としてのカタチを知らないまま食べている。農業や林業や漁業の地域へ行っても、輸入品が日常の生活に浸透している。そして、食べ歩きグルメが流行し、「飽食」がいわれ、食は豊かであるように見えるが買えるものは限られ、その日食うのにも困り餓死するひともいる。


台所の外側から料理の激動を担ったのは、食品工業の技術革新、「流通革命」を推進したスーパーマーケットやコンビニエンスストア、それに外食産業だった。なかでもクックレス食品を抜きに、激動を語ることはできない。最も重要な激動は、高度経済成長で力をつけた食品工業の、三つの技術革新がもたらした。つまり、冷凍とレトルトと感想の技術だ。この三つの技術が中核で、それに連動する添加物と容器・包装の技術だ。そして化学調味料だ。


・70年は「外食産業元年」といわれる。生まれたての外食産業は、大衆食堂のような生々しく生きる「生活としての外食」ではなく、主に戦後生まれrの家族や若者の「レジャーやファッションとしての外食」を刺激して機能するものだった。高度経済成長と工業化を背景に、道路網の拡充、コールドチェーンの確立、技術革新、流通革命の進行があって、外食もファッションも旅行も、70年を起点に新たな激動に向かった。


大衆食堂のめしはなぜうまいかそこには、日本料理からは料理ではないと、みなされ、そして高度経済成長やグルメブームによって、加速度的かつ過剰に変化した食事や料理とも違い、ゆっくり変化しながら現実を生きている生活料理があるからだ。それは、おれの「自分めし」でもあるから、うまくて好きなのだ。


その他、「激動の70年代初頭、愛しの魚肉ソーセージは」「クックレスの激動」「米とパン、ワインとチーズの激動」「激動の中、「日本料理」はどうだったのか」「さらに日本料理、食文化本とグルメと生活」「生活料理と「野菜炒め」考」「激動する世界と生活料理の位置」など。


いいねえ、「大衆めし」!街の食堂に行きたい!オススメです。(・o・)