
ワタシは映画をあまり観ない。フツーの人よりも圧倒的に観てないだろうなあ。『国宝』を観たのが7,8年ぶりくらいだったからなあ。
この本は、映画通にはたまらないだろうなあ。そんなワタシでも面白かったのだから。
「イーストウッドから森繁、マリリン・モンローまで、古今東西の映画スター八十人の知られざるエピソードやプロフィールが楽しめる一冊」そのエッセンスを紹介しよう。
・スターは面白い、と感じたのはいつごろからだろうか。幼いころ、 映画館や野球場のそばに住んでいたので、 スターに対する心理的な距離はわりと近かったような気がする。 かっこいいなあ、どこかちがうなあ、 という素朴な感嘆からはじまり、なぜ彼らは生まれたのか、 どうやって彼らは世界を広げたのか、 なぜ彼らは不思議で怪しい存在なのか、 そしてどのように姿を消したのか―― といった具合に興味は遷移していった。
不思議で怪しい人々を眼のあたりにし、 息遣いを身近に感じたのは一九六〇年代の終わりごろのことだ。 当時、私は何人かの天才や怪人に出会った。 複数の名前が脳裡に浮かぶが、 真っ先に思い出すのは舞踏家の土方巽さんだ。 土方さんには恩を受けた。やさしくしてもらっただけではなく、 教わることや鍛えられることが多かった。犬ころのような私に、 ものの見方や楽しみ方、価値の見分け方や危機のしのぎ方などを、 急所を指し示すように教えてくれた。
きれいできびしく、凄味があるのに怖さを感じさせない人だった。 そんな人と時間や空間を共有できたことが、 いまなお私の生存の支えになっている。あの時間を知っている、 あの空間を体験している、と思うだけで、 気弱になりがちなわが身を励ますことができる。めったにない幸運だ。感謝の念は深いが、 恩を返せていないという悔いも強い。
映画スターに対しても、私はこの感覚を持ち越してきた。 会った人は少なく、 大半は映像を通じてこちらが一方的に見つめるだけの存在だ。 にもかかわらず、私は彼らと交信をはじめることがある。 妄想だぞ、幻想だぞと自分を戒めるが、 どうやらそれだけではなさそうだ。
映画を通して私が影響を受けたスター、 映画を通して私が惑わされてきたスターは、かなりの数にのぼる。スターはあまねく存在する。古今東西を問わず、 だれかが消えたかと思うと、新星が誕生したり発見されたりする。 怪人だったり奇人だったり、名人だったり麗人だったり、 星の種類はいろいろだが、その輝きはやはり常人離れしている。 私は、こ 私は、その光に惹かれる。星の裏側の底知れぬダークサイドにも惹かれる。輝きつづけたり、 消え去ったり、影響を受け合ったり、星雲を形成したりと、 星ならではの特殊な宿命があるのも面白い。
【オードリー・ヘプバーン 地上十センチに浮かんで】
「監督がカットといっても、キャメラを止めるんじゃないぞ」
オードリー・ヘプバーンが「ローマの休日」(1953)のスクリーンテストを受けたとき、 キャメラマンはそう言い含められていた。彼は指示に従った。 なにも知らぬヘプバーンは、 カットの声を聞いてのびのびと振る舞った。新鮮で調達で、 風に舞うような軽やかさだった。プロデューサーは仰天した。 監督は微笑した。アン王女の役はこれで決まった。 ヘプバーンの未来もこれで決まった。
何十年も前の黒白映画だというのに、「ローマの休日」 の魅力は色あせない。いや、黒白画面だからこそ、 雑な現実の部が塗りつぶされ、 おとぎ話の側面が際立ったのかもしれない。映画女優としてははは新人にひとしい。大抜擢だ。 そんな彼女が、戦後間もないローマの街で弾んだ。髪を切り、 市場を歩き、カフェに腰掛け、ヴェスパに乗って街を駆け抜け、 船上パーティで大立ち回りを演じ……棒立ちに近い「 受け芝居」に徹したグレゴリー・ペックの好感度も高いが、 ヘプバーンはどの場面でもきらきらと輝いている。 いつも地面から10センチほど浮き(1メートルも浮かないところが魔法だ)、 なおかつけっして感はしゃぎしないのは、この人の美点だろう。 そう、 あの浮世離れした外見の裏には腰の県わった堅実さが宿っている。 つまり彼女は、ただの妖精ではない。
オードリー・ヘプバーンは1929年、 ベルギーのブリュッセルで生まれた。父はイギリスの前に家で、 母はオランダ貴族の血を引いていた。初等教育を英国で受け、 バレエも早くから学んでいたが、170センチ近い長身が災いして、プリマへの道は早々に閉ざされる。が、目に述べたとおり、すべては「ローマの休日」で変わった。 新人同然でいきなりアカデミー賞を得たヘプバーンは、 その後の十年をめざましい速度で駆け抜けていく。
ヘプバーンは自分の容姿に劣等感を抱いていた。 足が大きい(二五センチ)、眉が濃すぎる、顔の鰓が張っている、 色気が足りない……傍から見れば贅沢な悩みばかりだが、 ヘプバーンの「一歩引いた堅実さ」は、 もしかするとこの劣等感の産物かもしれない。つまり、 劣等感ゆえに彼女はでしゃばらず、 劣等感ゆえに彼女は相手役を立てた。
その結果、ヘプバーンは主演した映画を面白いものにした。 ローマを光らせ、パリを輝かせ、 クーパーやアステアやグラントの渋さを際立たせた。 しかもその謙虚さが、めぐりめぐって彼女自身を華やかに彩る。 不思議な化学変化だ。それともやはり、 ヘプバーンは一種の魔法を使っていたのだろうか。

