「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「スターは楽し 映画で会いたい80人」(芝山幹郎)

ワタシは映画をあまり観ない。フツーの人よりも圧倒的に観てないだろうなあ。『国宝』を観たのが7,8年ぶりくらいだったからなあ。

 

この本は、映画通にはたまらないだろうなあ。そんなワタシでも面白かったのだから。

「イーストウッドから森繁、マリリン・モンローまで、古今東西の映画スター八十人の知られざるエピソードやプロフィールが楽しめる一冊」そのエッセンスを紹介しよう。

 

・スターは面白い、と感じたのはいつごろからだろうか。幼いころ、映画館や野球場のそばに住んでいたので、スターに対する心理的な距離はわりと近かったような気がする。かっこいいなあ、どこかちがうなあ、という素朴な感嘆からはじまり、なぜ彼らは生まれたのか、どうやって彼らは世界を広げたのか、なぜ彼らは不思議で怪しい存在なのか、そしてどのように姿を消したのか――といった具合に興味は遷移していった。
 
不思議で怪しい人々を眼のあたりにし、息遣いを身近に感じたのは一九六〇年代の終わりごろのことだ。当時、私は何人かの天才や怪人に出会った。複数の名前が脳裡に浮かぶが、真っ先に思い出すのは舞踏家の土方巽さんだ。土方さんには恩を受けた。やさしくしてもらっただけではなく、教わることや鍛えられることが多かった。犬ころのような私に、ものの見方や楽しみ方、価値の見分け方や危機のしのぎ方などを、急所を指し示すように教えてくれた。
 
きれいできびしく、凄味があるのに怖さを感じさせない人だった。そんな人と時間や空間を共有できたことが、いまなお私の生存の支えになっている。あの時間を知っている、あの空間を体験している、と思うだけで、気弱になりがちなわが身を励ますことができる。めったにない幸運だ。感謝の念は深いが、恩を返せていないという悔いも強い。
 
映画スターに対しても、私はこの感覚を持ち越してきた。会った人は少なく、大半は映像を通じてこちらが一方的に見つめるだけの存在だ。にもかかわらず、私は彼らと交信をはじめることがある。妄想だぞ、幻想だぞと自分を戒めるが、どうやらそれだけではなさそうだ。
 
映画を通して私が影響を受けたスター、映画を通して私が惑わされてきたスターは、かなりの数にのぼる。スターはあまねく存在する。古今東西を問わず、だれかが消えたかと思うと、新星が誕生したり発見されたりする。怪人だったり奇人だったり、名人だったり麗人だったり、星の種類はいろいろだが、その輝きはやはり常人離れしている。私は、こ 私は、その光に惹かれる。星の裏側の底知れぬダークサイドにも惹かれる。輝きつづけたり、消え去ったり、影響を受け合ったり、星雲を形成したりと、星ならではの特殊な宿命があるのも面白い。
 
 
【オードリー・ヘプバーン 地上十センチに浮かんで】
 
「監督がカットといっても、キャメラを止めるんじゃないぞ」
 
オードリー・ヘプバーンが「ローマの休日」(1953)のスクリーンテストを受けたとき、 キャメラマンはそう言い含められていた。彼は指示に従った。なにも知らぬヘプバーンは、カットの声を聞いてのびのびと振る舞った。新鮮で調達で、風に舞うような軽やかさだった。プロデューサーは仰天した。監督は微笑した。アン王女の役はこれで決まった。ヘプバーンの未来もこれで決まった。
 
何十年も前の黒白映画だというのに、「ローマの休日」の魅力は色あせない。いや、黒白画面だからこそ、雑な現実の部が塗りつぶされ、おとぎ話の側面が際立ったのかもしれない。映画女優としてははは新人にひとしい。大抜擢だ。 そんな彼女が、戦後間もないローマの街で弾んだ。髪を切り、市場を歩き、カフェに腰掛け、ヴェスパに乗って街を駆け抜け、船上パーティで大立ち回りを演じ……棒立ちに近い「受け芝居」に徹したグレゴリー・ペックの好感度も高いが、ヘプバーンはどの場面でもきらきらと輝いている。いつも地面から10センチほど浮き(1メートルも浮かないところが魔法だ)、なおかつけっして感はしゃぎしないのは、この人の美点だろう。そう、あの浮世離れした外見の裏には腰の県わった堅実さが宿っている。つまり彼女は、ただの妖精ではない。
 
オードリー・ヘプバーンは1929年、ベルギーのブリュッセルで生まれた。父はイギリスの前に家で、母はオランダ貴族の血を引いていた。初等教育を英国で受け、バレエも早くから学んでいたが、170センチ近い長身が災いして、プリマへの道は早々に閉ざされる。が、目に述べたとおり、すべては「ローマの休日」で変わった。新人同然でいきなりアカデミー賞を得たヘプバーンは、その後の十年をめざましい速度で駆け抜けていく。
 
ヘプバーンは自分の容姿に劣等感を抱いていた。足が大きい(二五センチ)、眉が濃すぎる、顔の鰓が張っている、色気が足りない……傍から見れば贅沢な悩みばかりだが、ヘプバーンの「一歩引いた堅実さ」は、もしかするとこの劣等感の産物かもしれない。つまり、劣等感ゆえに彼女はでしゃばらず、劣等感ゆえに彼女は相手役を立てた。
 
その結果、ヘプバーンは主演した映画を面白いものにした。ローマを光らせ、パリを輝かせ、 クーパーやアステアやグラントの渋さを際立たせた。しかもその謙虚さが、めぐりめぐって彼女自身を華やかに彩る。不思議な化学変化だ。それともやはり、ヘプバーンは一種の魔法を使っていたのだろうか。
 
……思わず「ローマの休日」観ちゃったよ!!!ああ〜リラックマして、じっくり観たいな〜!!!!たまには映画もいいなあ。オススメです。(=^・^=)