このブログで昨年、最も夢中になって読んだのが翻訳家・評論家の木原武一さん。ハマると全作品読みたくなるんだよねー!♪ この本も良かったー!
さてこの本。タイトルに惹かれて読みだしたら実話だったんだね……。
・彼女の生還は、一家にとって新しい、 かけがけのない宝物のような時の流れを生み、 以前にも増して三人は心をひとつに寄せあった。やがて、 時は尽き、生命の火は燃え尽き、彼女は旅立っていった。家族・ 親類・ 友人を残してひとり旅立つ者のいいしれぬ孤独をかみしめながら、 彼女は言った。「人間って、死亡率百パーセントなのよね」と。
・「笑う声の響きの中に女性の本性があらわれる」 と哲学者のニーチェは言っているが、 彼女のよく響く快活な笑いは、 鬱屈したところがまったくない彼女のパーソナリティを伝えていた 。彼女は近所の子供たちの人気者でもあった。
・遺書には、争議の方法にとまどう私のために、 キリスト教式にごく簡素にして、 葬儀用ではなく普通の生花を飾り、 バッハとモーツアルトを流すようにと、指示が記されていた。 遺影に使う写真についても指定していた。そして、 自分の亡骸をどのように扱ってほしいかということについてもこん なふうに詳しい指示があった。
きれいな白いネグリジェに着替えさせて、靴下もはかせ、 衰えた肌はなるべく隠して下さい。それから傷口は、 においがもれないように脱臭剤をほぐして布に包んで当てがい、 ラップでおおい、さらし布でぐるぐる巻いてください。 そしてシャツも着せて下さい。ゴメン、こんなこと頼んで。 誰にも傷口を見せないでください。(本当は、あなたにこそ、 見られたくなかったのです。 こんなことをして下さっているあなたを思い浮かべると胸が張りさ けそうです)
ベッドに移したら、あなたの手で顔や首を乳液でふいて、 口紅をうすくぬってください。頬にも少しお願いします。そして、 小ぶりのランの花(白はうすいピンク)を冠のように髪に飾って。 化粧用コットン(枕元にあります)に水を含ませて茎にまき、 その上にラップかホイルを巻きつけ、ヘアピン(枕元にあります) で冠のように止めてください。頭の回りにもぐるりと花を置き、 手に小さな花束を握らせて下さい。花嫁のように。そう、 もう一度あなたの花嫁にしてください。そして、 やさしく抱いてキスしてください。棺の中に入れるときは、 あなたのパジャマでくるんで下さい。 あなたからいただいた誕生カードを入れて下さい。
それから、こんなことを申し上げると、 あなたはお気に召さないかもしれないけど、 それほど遠くない将来に、 あなたに恋物語が訪れることを期待します。三か月前には、 こうは申せませんでしたが、今は心からそう思っています。 あなたのこれからの人生に共に語らい、共に飲みかつ食べ、 共に寝、共に音楽や映画や料理を楽しむ相手がいると考え、 その有り様を想像すると心がなごみます。 ぜひそうあってほしいと思います。
・しかし、それにしても、なんという想像力だろう!死後の自分の姿を思い描きつつ、旅立とうとしたのである。 かりに彼女がその意図どおりに旅立って行ったとしたら、 私は彼女の指示どおりに死化粧をしたり、 花の冠を飾ることができただろうか。なんという遺書だろうか。 読むたびに、まさに万感胸に迫り、とめどなく涙が頬を伝わる…… 。本当に最後の最後まで他人への気配りを忘れない女だった。
・私にとって病気とは何だったのだろうか。 病気が私から奪ったものは、多少の楽しみ、いや、 楽しみともいえない気晴らしにすぎないものだった。
そして病気が私にもたらしたものはなんと大きなものだろう。 私は悲しみを知り、喜びを知った。愛を知り、そして、 神を知った。 とらえどころもなくみすぼらしい私の人生に神は入って来てくださ った。喜びをもって生きよと導いてくださる。
いろいろな愛のカタチがあるよね。いいなあ。奇跡の物語だね。医学の進歩ってありがたいなあ。オススメです。(^^)