・巨人軍の50年の歴史を振り返ると、
・かつて野球は、単なる球技の1つではなく、 少年たちの生活の一部そのものであった。 少年たちは野球を通じて男の社会のモラルを学び、 男の生き方を習得した。野球をすることそれ自体が、 大袈裟にいえば、幼児から脱皮して“男の子” と認知される重要な意味をもっていたのである。 野球しか目の前になり時代……それは、 完全に過去形でしか語れなくなったのかもしれない。
・そのときの沢村は、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた、 と多田(文久三)いう。目はつり上がり、 しかも血走って鬼気迫る容貌をしていた。 前線での激しい戦闘を経験し、気も昂ぶっているのか、 まるで猿みたいだった。
「 あのときの沢村さんの目は戦争で人を殺してきた人の目だと直感的 に思いました」多田は、 大投手の見てはならぬ面を見てしまったような気がした。
・彼らは三原や水原、川上のように一斉を風靡した第選手、 有名選手ではなかった。戦争が終わり平和が戻って、 プロ野球が再開され、三原、水原、川上、 青田昇などの有名選手が復帰してくると、 彼らはノンプロ野球に移って行き、やがてはサラリーマンや、 レストランの経営者、町工場の経営者となり、われわれの街の、 われわれの周囲のどこにでもいる市井の人たちとなって、 その余生を送っている。 プロ野球の殿堂に入っているわけでもなければ、 プロ野球の歴史が語られる時にその名前が特筆されるわけでもない 。 今は初老にさしかかった彼らの胸の中にそっとしまいこまれたまま 、永遠に眠ってしまったに相違ない。だが、 彼らは心の中で密かに叫ぶのである。ー「 オレたちだってジャイアンツだ」と。
・キミたちの満喫している豊かさと、平和の下には、戦争と、 飢えと、 貧しさの中で懸命に闘った先人たちが礎となっていることを……。
うーん……胸があつくなってくる……。広島、長崎、終戦などの話題が多い8月だからこそ、読んで欲しい本だね。超オススメです。(^o^)♪