「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「アリ対猪木 アメリカから見た世界格闘史の特異点」(ジョシュ・グロス)

いまでもハッキリ覚えている、モハメド・アリアントニオ猪木異種格闘技戦。試合自体は平凡だったが、実は、いまになってあの試合の高く評価されているとは!!!意外や意外っ!!!(*_*)!!!

 

「世界最高峰の舞台、UFCを産み落とした「禁断の果実」歴史的一戦の裏側に迫る米国発のノンフィクション!!なぜ、アリはレスラーと戦ったのか?なぜ、米国マット界は団結したのか?なぜ、シュートマッチになったのか?なぜ、猪木は勝てなかったのか?
なぜ、MMAはその後繁栄したのか?」そのエッセンスを紹介しよう。

 

・1975年の春、アメリカであるパーティに出席したモハメドアリは、元五輪代表で当時日本アマチュアレスリング協会会長だった八田一と出会った。俺に挑戦してくる東洋人のファイターはいないか?俺に勝ったら100万ドルを提供する」と言った。アリは知らなかったが、八田は彼のメッセージを日本のマスメディアに伝える最適な人物だったのだ。もちろん、日本のメディアはこの発言を大きく取り上げた。そしてたまたま、ひとりのレスラーが呼応した。
 
・「100回に99回はレスラーが勝つだろうボクサーが勝つ唯一のチャンスは、最初のゴングの響きが消えないうちにKOパンチを打つことだ。それが当たればボクサーが勝つ。しかし、当て損ねたらそこでおしまい」
 
己を信じる心と現実の勝負に勝利することから生まれる生意気な態度。イスラム教への改宗。型破りな政治観。カシアス・クレイからモハメド・アリへの改名。ベトナム戦争中、いわゆる良心的兵役拒否によってアメリカ政府に盾突き、4年近くにわたりボクシングライセンスを停止されたこと。公民権運動。キャリアの中で取ってきた幾多の姿勢。彼はリングの内外で結果を恐れず、それまでのどんなボクサーとも違う話し方をし、深刻な話題についても滑稽な話についても思うがままに発言した。この男はただのでくの坊ではない。彼が自分の自慢を始めるとき、人々はそれを見て熱狂した
 
・滑走路のような長いあごを持ち、恋い焦がれるようにハメドアリを追い求めたレスラー猪木は、レスリングにおいても、ビジネス、政治、宗教、人生においても、既存のルールを破ることで道を切り開いてきた。その意味では、力道山の正当な後継者と言ってもいい。“付け人”時代から38年後の伝説的引退まで、ダイナミックな(ときに厄介な)状況をつくり出しては、そこへ自ら身を投じて無事帰還する傭兵といった役柄を演じ、類まれなレスラー人生を駆け抜けた。
 
・パンチの総数は猪木が3発で、当たった数はゼロ。アリは7発で、当たったのは4発。外の打撃は、13ラウンドのクリンチ状態から猪木が出した反則の膝を除けばすべて足蹴りだった。猪木は相手の顔に一度、ボディに3度攻撃を当てた。アリは頭に4発パンチを当て、ボディには一発も打っていない。お互いに被った打撃のほとんどは蹴りだった。アリが受けた蹴りは107、猪木は49だった。アリの9度の打撃中、力を込めたという意味で“有意の攻撃”とみなされたのは6度だけ。一方、猪木による有意の攻撃、123のうち78がアリをとらえていたという。
 

 
「戦いそれ自体が失敗だったことを除けば、アリ・猪木戦は成功だったと思います」PRIDEの重鎮、山本秀樹は語った。「あのショーが多くの少年の心をつかんだのは事実でした。私たちがPRIDEを立ち上げたとき、その少年たちが30代になり、予算やプロジェクトに携わる立場に就いていた。あのショーの記憶が彼らをPRIDEへの強力や投資に向かわせたんです」
 
あの当時世界最高のファイターと考えられていたボクシングの世界ヘビー級王者が、独特の能力を持つ凄腕のファイターと対決したという史実だけで、あの試合を記憶すべき理由としては充分だろう。アリがあの戦いに踏み出すには、相当の勇気が必要だった。
 
・「それはモナリザだ、手を触れてはならない!まあ、アリというのはそんな男だった。モナリザだった。完璧な標本だった。最高傑作だ。彼に手を触れるな。彼をもてあそぶな。しかし、みんなが彼に手を触れてもてあそび、彼もそれを許した」(パチェーコ)
 
・「私たちは強豪どうしとしてリングに上がりました。その後、私たちはたがいに尊敬しあい、愛と友情を築き上げました。それだけに、このたびアントニオが引退することになったのは、少し寂しい気がします。あれから22年の時を経て、よき友人とともにリングに立てたことを光栄に思います。私たちの未来は明るく、明確な見通し(ビジョン)がある。アントニオ猪木と私は男女の性別、民族の違い、文化の違いを超えて人類はひとつであることを証明するため、スポーツを通して世界平和の推進に最大限の努力を払います。本日はここに来られたことを心から光栄に思います。アントニオ猪木、お疲れさまでした。どうかお元気で」
 
「史上最大の凡戦と言われた試合だが、K-1や総合格闘技で目の肥えた現代の格闘技ファンのほうがこの試合の凄さをわかる」

 

へー!そうだったのかあ!時を経て評価って変わるんだね。格闘技ファンにオススメです!(・∀・)