酒場のギター弾き 小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「そのうちなんとかなるだろう」(内田樹)

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最近、気に入っていて、全作品読破を目指している内田樹さんの本。この本は自叙伝です。あの名門日比谷高校を中退して、大検で東大に行ったのか〜!あの時代でスゴイなあ〜!!!波乱万丈だなあ!(・∀・)
 
どのページもオモシロイのだが、その中の「1966年の日比谷高校「その1」」に書かれいる内容がめちゃめちゃ深かった。そのエッセンスを紹介しよう。
 
AERAのグラビアに昭和大学小口勝司理事長が掲載されていた。かっちゃん」は日比谷高校の1年生のときの親友である。
 
僕が「かっちゃん」から受けた影響ははかりしれない。なにしろ僕はまだ16歳になったばかりで、ほんとうに「スポンジ」が水を吸うように、未知のことに対して開放的だったからである。
 
僕が彼から学んだいちばん大きな教訓は「こども」のままでは「おとな」になれない、ということだったと思う。僕は「こども」でも知識や技能を身につけ、経験を積むと「おとな」になれると思っていた。「かっちゃん」はそれは違うと言った。こども」と「おとな」の間には乗り越えがたい「段差」がある。そして、その段差を超えるときに「こども」のもっている最良のものは剥落して、もう二度と取り戻せない。その「段差」はだんだん迫っている。いまのこの時間は「こどもでいられる最後の時間」なんだ。だから、その時間を味わい尽くさなければならない。「かっちゃん」は16歳ですでに自分のもっているもののうちで「限りあるもの」のリストを作っていた。
 
・僕はその理路がよく理解できなかったけれど、それから半年ほど他の仲間たちと「限りあるもの」を味わい尽くすというプロジェクトに熱中した。それはめちゃめちゃに楽しい日々であった。そしてある日「かっちゃん」は「おしまい」を宣言した僕にはその意味がうよくわからなかった。「もっと遊ぼうよ」と僕はごねた。かっちゃんは「おしまいがあるから楽しいんだよ」とちょっと悲しそうな眼をした。「さあ、おとなになろうぜ」僕はそのあともなかなか「おとな」になれず、ずいぶん苦労をすることになった。
 
・「かっちゃん」はちゃんと「おとな」になって、祖父が建学した昭和大学医学部に入り、卒業して大学に残って、研究者になり、やがてその大学の先生になり理事長になった。だから、58歳になった「かっちゃん」の笑顔は17歳のときに見たのとあまり変わらないのである。
 
「小学校で登校拒否」「高校中退、そして家出」「東大には入ったものの」「合気道とういう修行」「研究者生活の実情」「人間は基本的に頭がよい」「仕事で成功することを求めない」「空き時間は天からの贈り物」など。

 

なんとなくわかる気がする。「限りあるものリスト」まだやり尽くしていない気がする。男ならなんとなくわかるよね。深いなあ。オススメです。(・∀・)

 

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