「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「明るい話は深く、重い話は軽く」(永六輔)

 


明るい話は深く、重い話は軽く (知恵の森文庫)


最近、ハマっている永六輔さんの本。何気ない言葉の中に深い言葉が満載だねえ…深いねえ…。(・∀・)


伝えたい言葉、残しておきたい言葉もあれば、心に響かない言葉、無味乾燥な言葉もある―。日本中を旅して思ったこと・感じたことから、ボランティアの正しいあり方、殺伐とした世の中を和ませる秘訣まで、「出たきり老人」と異名をつけられた著者の「話」の妙味を集大成」そのエッセンスを紹介しましょう。


「我が家の大革命」というテーマでお便りを寄せていただきました。一番多かったのが「インターネット始めました」、そして「インターネットを始めましたが、もう止めました」という挫折派あるいは守旧派の声。


綾小路きみまろ「30年間売れなかった私ですから、咲いた花はいつか散る。登った山は必ず下ります。いまが花です」と、どこかニヒルだ。「だから永さん、厳しい目で見ていて下さい」と。こんなことを言えるのは芸人としての自信がある証拠。


「視力障害者の教師の会」という組織があります。会員は60人くらい。全盲で目が不自由ながら教壇に立っている先生たちの集まりです。見えなくても教えることができます文部科学省教育委員会などには、目が不自由でどうして教師が務まるのかという連中がいそうですが、この先生たちが証明してくれています。


・日本人と日本の神々との付き合い方は、とてもおおらかでした。野山や海からの収穫を「祈る」こと。そしてその結果を「感謝」すること。どこの神様も、人との付き合いはこういうものだったのです。祈りは春のお祭り、感謝が秋のお祭りになっていました。そのふたつの祭りの間にあるのが、お盆。これは祈りとも感謝とも違って、あの世とこの世を繋いで、人と霊との交流です。迎え火と送り火。この火がしめやかな花火の形をとる地方もあります。花火というと派手で賑やかなものと思われているのは、最近の常識にすぎません。


携帯電話がこんなになってしまってから、「待ちわびる」「待ちくたびれる」「待ち遠しい」という気持ちがなくなってしまった。待つことで感じる歌心が、なくなってしまったんです。恋しい気持ちを伝えるにも、恋しい人に会うにも、足を動かし体を運んでその人のものへ行かなくては始まらなかった。「いまどこ?」「なにしてる?」という無駄な携帯会話が多いいま、梁塵秘抄の昔に帰りたい。(携帯持っていないから、帰るまでもなく昔そのままだ、という声もある)


・飛騨で見かけた交通標語は、白川郷世界遺産。あなたの命も世界遺産佐渡には有名な交通シリーズがあります。「スピード違反1万円、佐渡のワカメは500円」この村は「美女入浴中」等など。新作が出来たら、どうぞ知らせてください。


バリアフリーで、道路の段差をなくそうとしてますね。車椅子の人には段差はない方がよろしい。けど、わたしら目の見えない者には多少の段差があった方が、あ、ここが道路の切れ目やな。この先は危ないな、と分かるんですわ」。これにも、なるほど。障害者や高齢者をひとくくりにしてバリアフリーを考えると、誰かにとっては危険なことにもなりかねない。どこをどうすれば快適か、生涯によって違っているからです。これはとても難しいこと。


・全国各地に講演に行っています。市町村が主催する講演会では、最前列は主催者側の偉い人の招待席になっていることが多い。始まる前に発見したら、僕はトコトコと降りて行って、招待席の紙をはがして、最後列に貼ってしまいます。主催者は招待されてはいけません。むしろ、後ろの席にいて聴衆の反応を見ていて欲しいんです。自分たちが企画した講演ですから、お客様は市民。喜んでいるか、どのあたりで共感したか、主催者側ならしらなきゃいけない。それには後席が特等席。それに、忙しくこっそり中座するにも、後席の方がいいんですよ。僕にもお客さんにも迷惑じゃなくて。


チーズの熟成師という仕事があります。その熟成師さんに聞きました。一日に何十回も「チーズ」と発音しているせいで、表情はいつも笑顔。本当です。


「嫌なことがあると、お散歩しながら話を聞いてくれる樹のところへいって、幹に手を当てて『今日、こんなことがあったの』と話すと、黙って聞いてくれます。ときどき、泣いたりしています」黙って人の話を聞いていられない僕としては、こういう樹になりたい。


僕は折りたたみの傘は持ち歩きません。雨が降ったら走ります。70歳になっても、雨が降ったら走ります。疲れたら雨やどり


・大阪のある立派んなホテルのフロントで「メッカの方向って、どっち?」と聞いてたら「こちらでございます」とたちどころに指し示してくれた。感心しました。ホテルってこういうことを心得ている場所なんです。もし僕のラジオ番組にイスラム教の信者がゲストで来たら、生放送中であろうと、その人はメッカの方を向いてお祈りをするでしょう。そのとき、「メッカはどちら?」と聞かれて、僕らは答えられるだろうか?


・あるレポーターが芸大の学長に就任したばかりの平山郁夫さんを取材に行って、アトリエで作品を見たんです。「まあ、絵もお描きになるんですね」とご当人に話しかけたので、僕はスタジオで椅子から転げ落ちそうになって叫びました。その方は日本を代表する画家なので、と。でも、そのときの平山画伯の返事が素晴らしかった。「ええ、まあ、ちょっと」


仏教の難しい教えを分かりやすく、ときには面白おかしく伝えよう、という考え方から生まれてきたのが落語でした。同じ考えで、面白おかしくではなく節をつけてうなって語って聴かせようと出来たのが説教節。ここから浪花節が生まれてくるんです。大衆芸能の原点はお寺の高座にあるんです。そう、寄席の高座ももとはお寺の坊さんが座る高座です。


いいなあ……無名っていいなあ……その中に光る言葉があるよね。オススメです。(・∀・)


 


明るい話は深く、重い話は軽く (知恵の森文庫)