一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「極上の孤独」(下重暁子)

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極上の孤独 (幻冬舎新書)

極上の孤独 (幻冬舎新書)

 

 ときどき一人になりたいときがある。ワタシはそれが出張などの移動のときに実現する。新幹線や飛行機、特急や長距離のグリーン車など。だれにも邪魔されずに自分の時間に浸る、考え事をする、読書をする、一人飲みをする……自分にとって至福のときであり、充電の時間だ。ケータイがなければ……(笑)

 

さて、この本。「現代では「孤独=悪」だというイメージが強く、たとえば孤独死は「憐れだ」「ああはなりたくない」と一方的に忌み嫌われる。しかし、それは少しおかしくないか。そもそも孤独でいるのは、まわりに自分を合わせるくらいなら一人でいるほうが何倍も愉しく充実しているからで、成熟した人間だけが到達できる境地でもある。一人をこよなく愛する著者が、孤独の効用を語り尽くす。」そのエッセンスを紹介しよう。

 
・私は小学校二年で結核にかかったのだが、当時はまだ特効薬もなく、二年間、自宅の一室で栄養をとって安静しているしかなかった。友達と遊ぶこともなく、否応なく孤独だった。私は、幼くしてその愉しさを知ってしまった。誰にわずらわされることなく、自分と向き合い、自分自身を知ることは、極上の時間であった。好きな本を読み、妄想にふける。今の私はその延長線上にある。
 
一人の時間を孤独だと捉えず、自分と対面する時間だと思えば、汲めども尽きぬ、ほんとうの自分を知ることになる自分はどう考えているのか、何がしたくて何をすべきか、何を選べばいいか、生き方が自ずと見えてくる。
 
孤独ほど、贅沢な愉楽はない。誰にも邪魔されない自由もある。群れず、媚びず、自分の姿勢を貫く。すると、内側から品も滲み出てくる。そんな成熟した人間だけが到達出来る境地が「孤独」である
 
「犀(さい)の角のようにただ独り歩め」仏陀の言葉である死を前にして、沢山の弟子たちに囲まれて言ったとされる。サイの頭にある太い一本の角。その角のように独りで考え、独りで自分の歩みを決めなさい」それぞれの自分の解釈で、仏の教えを広めればいい。どう解釈してもいいし、これからの生き方は自分で決めなさい。厳しい教えであるが、真実を物語っている。サイの中でもインドサイは、群れで行動しない。単独で行動するので、「犀の角」とは「孤独」を意味する
 
「淋しい」と「孤独」は違う。話し相手がいないから淋しくて、孤独。そんな安直なものではないはずである。淋しいとは一時の感情であり、孤独とはそれを突き抜けた、一人で行きていく覚悟である。淋しさは何も生み出さないが、孤独は自分を厳しく見つめることである
 
「孤独の「孤」の字は個性の「個」の字と常々いっている孤独を知らない人は個性的になれない。「個」が育たない。孤育ては個育てなのだ。「孤」はその結果である。「個」は長い年月をかけて培ってきたものだ。「個」を育てるために費す年月や努力ははかり知れないが、その「個」が崩れるのはは簡単である。人と群れる、人の真似をする、仲間外れになることを恐れる、物事に執着する……。そんなことを続けていると、あっという間に「個」が失われていく。折角育っていたものが、容赦なく消えていく。
 
私にとって、列車の中は昔の恋を半数する大切な場所だ
 
実際に孤独を知る人とは、どんな人たちが、わかりやすい例をあげると、大リーガーのイチロー元サッカー選手の中田英寿など、鑑賞にたえる男と女である。他の人にない、一種の静けさを漂わせている。イチローにインタビューした知人によると自分の言葉が見つかるまで黙っているという。「自分の中で確かめられて入生から、ヒットにならなくても慌てない」。中田自分で考えることが大事」と現役時代からよく語っていた。

 

やっぱり読書だよね。みんなで読めないもんね。(笑)オススメです。

 

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極上の孤独 (幻冬舎新書)

極上の孤独 (幻冬舎新書)