数年前に急逝した伊丹十三監督。ユニークな作品を遺したよね。さてこの本。
「夫必読の生理座談会、読んだらキッチンに立ちたくなるプレーン・オムレツの作り方、ちょっと恐ろしくて背筋も伸びる整体師の話、天皇が隣のオジサンに見えてくる八瀬童子の座談会……etc。思わず膝を乗り出す世間噺を集大成。エッセイスト伊丹十三がどこかで見聞きした、あまりにもリアルで身につまさ れる味わい深いエッセイも多数収録。こんなに面白い話、聞いたことありますか?」その中でも印象的なハナシを紹介しましょう。
「新幹線にて」
その時僕は、東京駅の18番ホームでひかり5号を待っていた。いつもやるように、後ろに廻した両手で丸めた週刊雑誌を持ち、トントン、トントン、と片足2回ずつの足踏みをしていたように思う。
おそらく、これがなにかの暗号と合致してしまったものに違いない。突然隣りに人の気配がしたかと思うと、男の声が「会員の人だね?」と囁きかけてきた。振り返ると、真っ黒に日焼けした髭面の男が僕の顔を見つめている。会員?一体何の会員だろうか?驚きながらも、僕は強い好奇心に捕われ、咄嗟の判断で、この謎の正体を追求してみようと決心した。
「いや、会員というわけでもないんだがーつまり、会員の紹介でね、ここでナニしてればアレだというからー今日はアッチの方はどうなってるのかしら?」できるだけ当りさわりのないことを、すらすらと答えて反応を窺(うかが)った。
「品物は用意してある」品物?一体何の品物だろうか?エロチックな写真であろうか。それともハシシかマリファナの類だろうか?「利用するのは初めてだね?」「そうそう」「では、まだ会員券持ってないね?」「まだです」「じゃあ、悪いけどちょっとこれに記入してください。あくまでも会員制ということにしておかんと、当局が五月蝿いもんだから」
身分証明書のようなカードを差し出した。見ると「新幹線サーヴィス協会会員之証」とある。してみると何かサーヴィスを受けられるのだろうか?
「あんた、座席は?」「10号車の8のAだけど」「じゃあ、品物はあとで席のほうへ届けるがね。なんせその場で金のやりとりってわけにもいかないんでね、悪いけど金のほうは今、前金で払っといて貰いたいんだな」「いいよ、いくら」「入会金が5千円と今日の分が3千円で、計8千円だね」…これはコールガールの線ではありえない。やはりポルノグラフィーの方向なのだろうか。しかし、それにしては、男の顔立ちや物腰に、全く卑しげなところが見当たらぬ。それどころかどこか浮き世離れしのした鉄人めいた風格さえ備わっている。
「どう?儲かる?」「ン?ああ、まあ、自分一人で食って、好きなことするくりらいは儲かるね。一人でやっているから人件費はかかならいし、第一税金がかかんないからね」
席について間もなく、男が戻ってきて僕に紙袋を手渡した。何か四角いものがはいっているらしく、手に持つとずしりと重い。男が窓の外から目礼して立ち去ったあと、僕は早速袋を開いた。中身はーーーーーー。
……なーるほど……そうだったかあ……その手があったかあ……!(^ν^)
その他、「走る男」「プ」「チンパンの嘆き」「生理座談会」など。
フツーのエッセイとはひと味もふた味も違う。オススメです。(^ν^)