「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「日本の戦時下ジョーク集 太平洋戦争篇」(早坂隆)

私の座右の銘は、右1.0、左が1・2…それは左右の目じゃあーい!!!(笑)


「笑っているとき、人間は最も強い」(中村天風だ。


さて、以前紹介した、「戦時下ジョーク集」の第二弾。


「日増しに窮乏の度を深めていく配給生活。それでも笑いを求め続けてやまなかった、われらが先達たちの逞しき姿。だが、歴史の歩みは無情にも…。笑いながら泣けるジョーク集、堂々誕生。戦前戦中の日本という国の全てが「暗黒一色」だったわけではない。逆に、戦時下でも庶民の笑いは脈々と存在し、受け継がれていた」そのエッセンスを紹介しよう。


戦時中を知る世代の何人かの方々からは、「ぜひ書いてほしい」と激励もされた。本書は、昭和モダニズムの隆盛期から日中戦争拡大期までの笑いを集めた満州事変・日中戦争篇」の続編である。時代の雰囲気の変遷が感じられ、より理解が深まると思う。



【目薬】

眼科医、目薬を渡しながら、

「これを日に二回ずつおさしなさい」

患者「二回ですね。食前でしょうか、食後でしょうか」

(『富士』大日本雄弁会講談社昭和16年4月号)


【牛乳】

奥さん甲「この頃の牛乳はとても水っぽいわ」

奥さん乙「きっと水牛のよ」

(『日の出』新潮社、昭和16年11月号)


象牙

客「昨日買ったこの洋杖(ステッキ)の柄は、真物(ほんもの)の象牙だと云ったが、よく見るとあれは偽物だぜ」

番頭「ヘイ、私どもは材料を印度から取り寄せていますので、ひょっとしたら原産地に象の入歯が流行しているかもしれませんので、ハイ」

(『キング』大日本雄弁会講談社昭和17年5月号)


【今度こそ】

ソロモン海で撃沈された米国軍艦艦長、

「な、何という間抜けだ!このどたん場になって、救命具の足りないことを発見したとは!」

部下「まことにすまんであります。この次からは、まちがいなく揃えておくでありますっ!

(『戦線文庫 第53号』 日本出版社昭和18年3月1日発行)


【馬鹿は誰?】

叔父「坊や、馬鹿な人に限って何事もいいきるんだ。利口な人は、決して物をはっきりいいきらぬものだよ」

子供「叔父さん、それは本当かい」

叔父「本当だとも」

(『富士』大日本雄弁会講談社昭和18年12月号)


【有りそうなこと】

甲「おい。近頃評判の美人がいる床屋に行こうじゃないか」

乙「今日はよそう。あんまり髭がのびているから剃ってからにしよう」

(『富士』大日本雄弁会講談社、昭和20年4月号)


【先生と生徒】

先生「徳川家康は皆さんの年頃にはもう一方の大将でした」

生徒「そして先生位の時には天下を取っていました」

(『日の出』新潮社、昭和17年12月号)


いいねえ。日本人にもアメリカ人のようなユーモアがあったんだね。今でも通用するジョークもあります。オススメです。(・∀・)