「戦時下の広島で、チンチン電車の運転士・車掌として働いた女学生たちの証言を掘り起こし、彼女たちの青春、生と死を描いた傑作ルポ」そのエッセンスを紹介しよう。
・「広島電鉄家政女学校」ー。少女たちはこの学校に通いながら、 チンチン電車に乗務した。女学生運転士・車掌の養成校である。 少女たちはどんな思いで学校に通い、 チンチン電車の運転台に立ったのだろう。 どんな思いで切符にパンチを入れていたのだろう。 ピカドンの広島の町で、 青春の二年半をどのようにおくったのだろう。そして今、 あの日々をどう振り返るのだろう。 チンチン電車と女学生にまつわる戦争秘話の記憶が風化しないこと を願って、私たちは元女学生たちを訪ね、 60年前の話を聞いて回った。
・「広島市にある電鉄という会社が女学校をつくる、 と募集が来た。勉強しながら給料がもらえる。時どき、 電車の運転を手伝えばいいのだ。新しい学校なので、 いろんな設備が整っていて、タイプライターもあるし、 グランドピアノもある。希望者がいたら親と相談しなさい」 担任の先生がこう説明した。
・広島電鉄家政女学校は1943(昭和18)年4月に開校した。
スゴいなあ……よくぞこの本を残してくれたなあ。語り継いでほしい。読み継いでほしいなあ。オススメです。(・∀・)♪