「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「生きがいは愛しあうことだけ」(早川義夫)


私は、様々なミュージシャンから影響を受けているが、最も好きなミュージシャンは?と聞かれると彼、早川義夫と答える。彼の音楽観、価値観がとても似ているのだ。そうだ、そうだ!共感することが多い。


1960年代後半にわずか二十歳で「ジャックス」のリーダーとして自作のオリジナル・アルバムでデビューし、「日本のロックの先駆者」と呼ばれ、わずか二十三歳で音楽業界を去った。その後、川崎で本屋を営むが、1994年に『この世で一番キレイなもの』で復帰するまで23年間音楽活動を停止していた。音楽をやっていなかったときこそ、歌を歌っていたのだ、という彼。


最大の理解者であり、共にライブを行っていた、佐久間正英氏を亡くし、生きるとは何かを考え続ける著者の最新エッセイ集。恋愛しつつ、音楽活動を通して生きる。なぜ歌うのか。「僕に才能はない。技術もない。…昔も今も音楽で生活できたことは一度もない…歌わなければ、誰かとつながりを持っていなければ、自分は犯罪者になってしまいそうだからである」。そのエッセンスを紹介しよう。


いい人に出会えば、いい人になれる。いい歌に出合えば、いい演奏ができる。いい音に出合えば、より歌える。いい言葉、いい映画に出合えば、心が澄んでゆく。信じられなくなったら、不潔に思えるようになってしまったら、終わりである。


・素晴らしい演奏者はみんなそうであるが、まず、音が入ってくる瞬間がすごい。絶妙のタイミングなのだ。音を出す一歩手前の沈黙というか、息を吸っている音が聴こえてくる。決して歌声とはぶつからず、歌詞の隙間をぬって、思ってもみなかったようなフレーズが飛び出す。といっても、人をびっくりさせるような音でもなく、テクニックを超えたうっとりするような音なのだ。


・僕の歌で、〈桜〉という曲があるんですけど、あれは、大きな公園の真ん中に一本大きが木があって、真夜中で誰もいなかったんですけど、その時、彼女がおしっこしたくなったと言って樹の下でするんです。自然ななり行きで、僕は靴に飛び跳ねないようにという配慮もあって、おしっこを両手で受けたんですね。『♪桜の樹の下で 君を抱きしめたい』というのは、そこから生まれたんたんです。


・たとえば、女の子がトイレに入り、普通は、音を消すためにジャーって水を流すでしょ。ところが、そういうことをしない女の子がいたのね。元気ですよっていう挨拶みたいに、おしっこの音が聞こえてきたの。その音が美しくてね。それを歌にしたくて。でも、おしっこという言葉を使うと、ばっちくなってしまうかコミックソングになってしまうでしょ。だから『♪身体から流れる さみしいメロディー』(〈あの娘が好きだから〉)になったの。



「どのような女性が好きですか?」と問われたら、「どういう音楽が好きですか」と同じ答えだ。「どんな音楽が好きですか?」と問われたら、「死ぬ時にも聴ける音楽」と答える。ほど遠いけれどそれを目指したい。


説明などしなくても分かりあえるというのが理想だ。カメラや電化製品も説明書を読まずして、直感的に操作でき、手になじむのがよい道具である。人間関係においてもそうだ。いちいち説明をしなければ、誤解を生むような間柄では、さびしい。犬や猫は愛という言葉を知らないのに、愛情だけで寄り添って生きている、そんな関係でいられたらと思う。


・歌を作ったことがあるのに、詞とメロディーをぴったり合わせるコツがいまだにわからない。歌が生まれる瞬間というのは、何か自分の脳力以上のものが現れるような気がする。それがどこからやってくるのか、どうすれば呼び寄せることが出来るのかは知らない。ゆえに職業作家にはなれないのだ。このように一見僕は謙遜しているふうだが、実は自惚れている。人間の心は恐ろしい。


・好きだからしたいのであって、したいから好きなのではない。彼女から言われたいセリフ、ベスト3。「お礼はベッドでするわ」「痛くないなら何をしてもいいわよ」「ずっと仲良しでいようね」


ステージで歌ったり、叫んだりするのが音楽なのではない。ささやかな日常にも、誰かが言ったほんの一口にも、優しい心遣い、本や映画の中のセリフ、溢れる涙、空や海や犬や猫や草木も夕焼けもすべてが音楽になりうるのではないだろうか。美しい人は自分が美しいとは気づいていないように、音楽をやっている側が音楽家なのではなく、感動する心を持った人が音楽家なのだ。


・めったにないことだが、相思相愛になったケースがある。彼女たちには、本当に感謝している。これはすごいことだ。もしも、他人に同じ行為をしたら犯罪で捕まってしまうことなのに、受け入れてくれるなんて、なんてステキな素晴らしいことだろう。至らなかった場合や別れる場合は、しょうがない。好き嫌いの問題だからだ。自分にも好みがあり、相手にも好みがあってのこと。魅力を感じてもらえなかったら、たとえ、どんなに好きであろうとも、黙って引き下がり、あきらめるしかない。


・昔つきあっていた彼女は、「どこに出してもいい」と言ってくれた。「やり逃げしてもいい」とさえ言われた。今思うと、愛そのものだった。「他の女の子を好きになったらどうする」と訊ねたら、「我慢する。悲しいけど」と笑っていた。彼女とはよく、「心はいったいどこにあるのだろうね」と話し合った。僕が「あそこ」かなと言うと、彼女は「細胞のひとつひとつの裏側にひとつひとつ付いているんじゃないかしら」と答えた。


・(もし、余命半年の宣告を受けても)笑いと感動とHしか興味がありません。一番の望みは相思相愛の恋人と思う存分、美味しいものを食べ、旅行や遊びや買い物に明け暮れ、お金を使い果たします。妻も娘たちもそれを望んでいます。「男の人は好きにさせないと才能が伸びない」と信じているからです。問題点はただひとつ、恋人がいないことです。才能が伸びないのはそのせいでしょう。そういうことにして下さい。ゆえに、寂しい顔をしながら死んでゆくでしょう。


masahide sakuma goodbye world
http://masahidesakuma.net/2013/08/goodbye-world.html


早川氏の音楽を聞くたびに、心が震える。こんなミュージシャンは後にも先にもいない。私のオンリーワンのヒーローであり、尊敬する人です。まだ早川義夫を未体験の方は衝撃を受けるかもしれません。超オススメです。(・∀・)