「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」(雲黒斎)

 

衝撃的な内容だった、「あの世に聞いた、この世の仕組み」(雲黒斎)。その第二弾を読みました。(・∀・) もしかしたら、これって本当のこと!?そのエッセンスを紹介しよう。


「人はなぜ、生まれ、なぜ死ぬのか」といった疑問の持ち方そのものがおかしい。もともと「おまえという命が生まれた」ことなんてなかったのだから、死もありえない。最初からないものは喪失しようがない。「生きている」ことと「生まれる(誕生する)」ということはイコールでは結べない。「生きている」という現在進行形はは事実だが、「(個別の命として)生まれたことがある」という概念は、ただの思い込み・空想の産物でしかないんだ。よく考えてみてごらん。おまえはもとより、誰一人として「生命の誕生」を目撃した人間などいないよ。


・考えてごらんよ。もし、「新しい命がどこかで吹き込まれることがある」とするならば、「命を吹き込まれる以前の、命をもたない何か」があったことになる。つまり「命が入るための器」だね。多くの人間は、肉体のことをその器だと考えているようだが、これが大間違いだ。「身ごもる」っていうのは、胎内に新しい命が宿ることじゃない。新しいカルマが宿るということなんだ。肉体も、個別意識も。個性や気質も、すべてはカルマによって形成される。


「人生は苦である」ことを知り、受け入れなさい。「苦」の意味は、「思い通りにならない」というニュアンスとしての「苦しみ」なんだ。この世は、あえて、神があえて「思い通りにならないようにつくった場」だからね。「意地悪」なんかじゃないさ、これは「娯楽」だよ。この世は、「神の、神による、神のための遊技場」だ。


この世は「神が人間を育成する場」ではない。「神が人間として遊ぶ場」だ。お前が神から命を与えられ生かされているのではなく、おまえ自身が全宇宙を創造した神、その張本人なんだよ。


・ゲームの第一面に「記憶喪失ステージ」を追加したんだ。自分で開発したゲームを存分に楽しむため、このゲームにプログラミングしたシナリオやさまざまな仕掛け、自分の正体に至るまで、ありとあらゆる情報を隠蔽するステージを用意したんだ。そのプロセスは数え切れないほどの転生を繰り返しながら、じっくりと確実に重ねられてきた。


愛を見失い、目の前に広がる世界に恐れおののき、さまざまな苦難を前にして、思い通りの人生を歩めていないのであれば、この「忘却のステージ」においてのゲームが順調に進行していることを意味している


特に、超訳「般若心経」」は圧巻だねー!実に深い。オススメです。(・∀・)


 



まだ第一弾を読んでいない方はこれもチェック!(・∀・)


「あの世に聞いた、この世の仕組み」(雲黒斎)
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20110113