「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「あなたの 涙そうそう」(TBS涙そうそうプロジェクト)

森山良子作詞、BEGIN作曲の涙そうそうといえば、森山さんのお兄さまが23歳の若さで亡くなった想い、無念さ、悔しさを歌にしたもの。そしてこの本は、TBSによる公募「あなたの涙そうそうに寄せられた、たくさんの人の心に届けたい、尊い涙の思い出を一冊にまとめたものなのだ。どれも短いエピソードなんだけど、ウルウルしてしまう。その中でも最も心に響いた話を紹介しましょう。


【先生とコッペパン】 小山田京子(53歳)茨城県


それは、昭和55年5月の同窓会での出来事です。昭和35年小学6年だった26人の同級生は、担任だったS先生を招き20年ぶりの同級会を行いました。久しぶりの再会に、みんな緊張の中にも喜びを隠しきれない面持ちで集まってきました。みな良い年輪を重ね、どの顔も輝いていました。幹事の挨拶も終わり全員が近況報告をした後、しばらくの間、仲間と歓談し和気あいあいの時間を過ごしていました。


そんな中、東京から参加したY君がいきなりコッペパンを配り始めました。事態を飲み込めない私たちは、呆気にとられ、ただぽかんと配る様子を見ていました。コッペパンを配り終えたY君は、みんなの前に立ちゆっくりと話し始めました。


「当時、俺の家は弟妹が多くて生活が貧しかった。学校に弁当を持っていくことさえ出来なかった。だから、弁当の時間はいつも校庭でO君、M君、K君達と鉄棒や竹登りをして遊んでいたんだ。空きっ腹を抱えてとても辛かった。そんな俺達を、新任で、初めて生徒を受け持ったS先生は、見ていたんだ。


ある日先生は俺を呼び、ズボンのポケットから無造作にお金を出して、遊んでいる人数分のコッペパンを買って来いって行ったんだ。俺は先生から受け取ったお金を握りしめ、夢中でパン屋に走ったんだ。あの時のコッペパンは、本当にうまかった。みんなものすごい勢いで食ったんだ。俺は、一生この味を忘れないそしてその時誓ったんだ。偉くなる。きっと金持ちになる…と


その後も先生はパンを買ってくれた。申し訳ないと思いながら俺達は先生の好意の甘え続けたんだ。でも先生は恩に着せるようなことは一度も言わなかった。今日ここにいるみんなも、この話は初めて聞くと思う。俺は今、この場を借りて先生にあの時のお礼を言いたい。俺は先生のご恩を一日たりとも忘れたことはありません。いつの日か、きっとご恩返しをしたいと思っていました


今、俺は町工場の経営者です。吹けば飛んでしまうような工場ですが、一国一城の主になりました。これも、みんな先生のおかげです。あの時は本当に、本当にありがとうございました


Y君は、先生の目をじっと見つめながら深々と一礼しました。Y君くんの話を笑顔で、聞いていた先生の目から大粒の涙がこぼれ落ちました。みんなの目にも涙です。すすり泣きをする者、声を出して泣く者、泣きながらコッペパンをかじる者など、しばし涙の同窓会になりました。


Y君が東京から持ってきたコッペパンの味は、あのころのものとは比べ物にならないくらい美味しいものだと思います。でも私たちは先生との思い出の味として決して忘れることはありません。


…感動だねえ…。いいなあ…。(T_T) 涙って感謝に結びつくのかなあ。オススメです。(・∀・)