一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

BOOK〜孤独を楽しもう!…『孤独のチカラ』(齋藤孝)

孤独のチカラ (新潮文庫)

孤独のチカラ (新潮文庫)

テレビ等でも大活躍の私の母校・明治大学教授の齋藤孝センセイ。このブログでも何冊も紹介しました。


BOOK〜『なぜ日本人は学ばなくなったのか』(齋藤孝
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20111114


東京大学大学院を卒業し、大学教授という立場、年間何十冊も著作を発表し、幅広い活動をしている齋藤センセイは、順風満帆な人生を送ってきたのだろうなあと思ったら、さてドッコイ(笑)、実は「暗黒の十年」があったのだ。それは受験に失敗した十八歳から、大学に職を得る三十二歳までに体験した壮絶な孤独の年月である。…知らなかった…!!!(・へ・)


しかし、人生は孤独の旅だ。孤独を徹底的に掘り下げ過去の偉人たちと地下水脈でつながる時間は、成長への通過儀礼なのだ。孤独を愛し、孤独を味方につける技法とは?そのエッセンスを紹介しよう。



・勉強がつらいのは、孤独の中でやるものだからという一面ある。問題集を解くのも、本を読むのも、その時間は人は孤独になる。しかし、孤独によってしか効率や生産性を高められないのが勉強や読書といった行為である。



・私の提案は、一人の時間をリラックスして過ごそう、自分自身を癒そうとう主張ではない。もっと自分自身に向き合うような時間、もしくは自分の技量深めていく時間を持とう。それこそ脳を真っ赤に燃え上がらせる知的活動のひとときは、誰もが持つべき孤独なのだ。



・いま私が主張しているような朗読や呼吸法、小学生対象の塾(齋藤メソッド)でやっていることは、十年前には完成していた。つまり十年前では私は。いまも同じ仕事ができたと思っている。私にとって、受験に失敗した十八から明治大学に職を得る三十二までの十数年間は、ずぶずぶの孤独であった。暗黒の十年。私はそう呼んでいる。


・そんなわけで、そのころ私は、日常的にはほとんど人と口をきかなかった記憶がある。いや、きいてくれる人もいなかったのだ。書店や銭湯で会釈し。定食屋で注文をする。だが、自分のいまの気力、仕事への意欲を支えているものがあるとしたら、間違いなくこのリアルな孤独の感覚だと私は思う。


・私は、博士課程へ行っても、結局毎晩十一時まで大学にいた。正門はとっくに閉まっている。だから、塀を乗り越えて出て行く。なぜあんなに長時間ひとつところにいられたのかわからない。これ以上は人間として無理だと思うけどに、私は必死で勉強していた。そんな私を理解してくれる人などいない。私は、話してもわかってもらえないならもう人と真面目に話をするのはやめようと真剣に考えた。


・私が大学院へ行ったのは、日本の教育を変えようという大志があってのことだ。だが、私と他の人たちとの意識が違いすぎた。それがいちいち言動にも現れついとげとげしくなってしうまう。


自らに期待する力、これを私は自期力と呼んでいるが、若いときほど『自分やこのまま終わる人間ではない』『他のやつらとは違うんだ』という強い思いがあったりする。こうした自期力のエネルギー値が高いもの同士は、違和感を感じず同じ場にいられる。



・ひとりの時間とは基本的に自分を鍛える時間、何かを技に変えていくために費やす時間だと捉えていくべきだと私は思う。人は孤独なときにこそ力を伸ばすことができる。人としての強さは。単独者になれるかどうかに尽きる。


・いまの自分に安住しないための3つの手法

1 内観する
2 教養という反射鏡を持つ
3 日記を書く



・書くことは自分の孤独力を育てる技法のひとつだ。孤独でないと、ものは書けない。実際、ものを書くことはものすごく面倒くさくて苦しい作業である。


・孤独を乗り越えるための3つの手法

1 手先のことに集中する
2 翻訳、英語本にトライ
3 マニアな読書


・ひとりぼっちの寂しさや虚しさ、それ自体はつらいものだ。しかし、その感覚を共有できる遠い誰かがいる。自分という応援団がいる。そいう思えると、孤独への適応力はずっと増すはずだ。



ん〜ナットク!携帯とパソコンがない世界に行きたい! と時々思わない?おススメです。


明治大学教授 齋藤孝のホームページ
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~saito/