「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

BOOK〜運を引き寄せる技術…『ツキの正体』(桜井章一)

ツキの正体―運を引き寄せる技術 (幻冬舎新書)

ツキの正体―運を引き寄せる技術 (幻冬舎新書)

2年前にハマって、このブログでほとんどの著作を紹介した、20年間無敗の雀鬼桜井章一氏。(^−^)


BOOK〜20年間無敗の人間観察力…『人を見抜く技術』(桜井章一
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20090614

BOOK〜『壁をブチ破る最強の言葉』(桜井章一
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20090507


この本も夢中になってむさぼるように読みました。やっぱり桜井さん、いいわ。そのツボとコツを紹介しよう。


・「ついている」「ついていない」と言います。その語源を憑依の「憑く」とする説もあります。あたかも何かが乗り移ったかのように、尋常でない強運に恵まれている様子を「憑いている」というわけです。ツキというのは明らかに存在するように感じます。運には大別して三種類があります。天から授かる「天運」、場所につく「地運」そして人が作り出す「人運」です。人運は、天から降ってくるものでも地から湧き出ているものでもありません。人が自分の力で引き寄せるものです。天運や地運、そして他人の人運を感じ取り、それらがどう交錯し、どう変化していくかを読み取って、その場その場で的確に対応していくことができれば、人運が強くなり、その人を後押ししてくれるようになるはずです。


ツキをとらえるのは感性です。感情ではありません。そこを誤解しないでください。感情的になると、ツキは逃げていきます。実は多くの人が、ついているとかついていないとか一喜一憂しているのは、感情レベルの勘違いによるものが多いと思います。


本当の気分のよさは、身体が感じるものです。どこか外国の海へでも行って、一日中波の音を聞いていたり、鮫に触ったり、鳥たちと話をしたり、そうやって自然に溶け込んで、自然と一体になったときに初めて身体が感じる喜びを「自分がいい」と言います。まずは、純粋に楽しむことです。仕事でも勉強でも、苦しんだ末に得るものなど。たいしたものではありません。苦しまず。極力楽しみながら物事を進めていくための工夫をするのです。楽しんでいれば、気分はよくなっていきます。自分だけでなく。周りにもいい空気が生まれてくるものです。いい空気は、ツキを呼びます。また、気分がよいときは感覚が素直になっているので。ツキを掴みやすくもなります。気分のよい毎日は、ついている毎日につながっていくのです。


ビギナーズラックというのがあります。初心者の強さは、「直観を信じて勝負できる」ことだと思います。なぜなら、初心者は、その競技の定石やら最新情報やらという「知識と常識」を持っていません。だからこそ、自分の直感に頼らざるを得ず、場の空気を読むことに専念できるのです。


どんなことでもいいから、日地上生活の中で、さまざまなことに気づき、気づいたらすぐに行動する習慣をつけるのです。熱い鉄板に触ったら、触った瞬間に手を離すでしょう。それと同じように、頭を経由しないで、感覚と行動が直結するようでなければいけません「気づいたら即行動」はそのためのトレーニンと思うのです。だいたい人間は、考えれば考えるほど、動けなくなるものです。損得勘定がちらついたり、対面が気になったりして、迷いが出てくるからです。そのメカニズムをぶっ壊す。自分に損得や体面を気にする暇を与えず、迷いが出てくる前に、身体を動かしてしまうのです。


・「物事に取り組むときは集中しろ」なんていう常識にだまされてはいけません。一般に言う集中している状態というのは、一つのことに囚われている状態です。そういう状態は、もろい分だけ危険です。


・私は道場生たちによくこう言います。「バカになるのはいいことだ。利口よりバカのほうが断然いい。ただし、一つのバカになってくれるなよ。麻雀バカなんていうのは最低だ。オリンピックで十種競技とうのがあるだろ。あれを目指すべきだな。十のバカになれ!」ひとつのバカだとただのバカですが、十種競技のように十のバカになれば、「キング・オブ・バカ」になれる、。プロを名乗る専門バカなんか負けるはずがありません。


雀鬼会で先頭切ってバカをやるのは、私なのです。一日道場にいて、まともな話をするのは20%程度で、あとの80%はバカなことを言ったりしたりして過ごしています。バカをやるというのは、つまり遊び心です。どうやってこの時間を遊びにしてやろうか、という工夫をして、楽しい時間を過ごす努力をするわけです。


・内容と勝負の関係を、私は、こう考えています。理想的なのは、「良い内容で勝つ」こと。次は「よい内容で負ける」こと。三番目が「悪い内容で負ける」ことであり、最も下なのは、「悪い内容で勝つ」こと。極論すれば、勝ち負けなんてどうでもいい。問題なのは内容であり、プロセスです。間違った手順を打っているのに、悪運に恵まれて、たまたま勝っている人間。今は流れが向かずに負けているけれど、ひるむことなく、正しい手順を堂々と打ち続けている人間。長い人生の間に、どちらが強くなれるか、どちらに本当のツキが回ってくるかは、言うまでもありません。


昨日までの自分にこだわることなく、瞬間瞬間の思いに忠実でいること。そして、その結果、生まれてきたものと素直に向き合って、自分がよくないと感じるところは勇気を持って修正していくこと。それが自分を曲げないことであり、自分を裏切らない、ということです。自分との約束を守れる人を、ツキが見放しません。


・素直になるというのは、人の言いなりになることとは違います。固定観念を持たないことです。決めつけない。すべての物事は常に変化するのだ、という大前提をちゃんと知っていて、固定観念を疑ってみる柔らかさを持っている。それが「素直」ということです。


努力には「いい努力」と「悪い努力」があり、「必要な努力」と「不要な努力」があります。正しい努力、必要な努力とは、周囲の評価を求めないものです。それは、自分という存在を磨くこと、自分に素直であろうとする心がけ、マニュアルを求めず、自分で何かを発見しようとする行動様式を指します。


・身体に適温があるように、心にも適温というものがあります。高すぎても低すぎてもいけませんん。それはすなわち、自然ではない、ということです。そういう意味で「熱い人」を私はあまり信用しません。熱い人は、すぐ覚める人でもあるのです。冷たすぎるのは、もちろんいけません。生き生きとした活力がなく、流れを作り出す勢いがない。やはり、温かいと感じられる適温が一番いい。適温の心は。周囲をリラックスさせる力を持っています。逆境での努力にしても、100度の努力をしようとすると、無理が生じて破綻します。36〜37度の努力をじっくりと続けるのです。しゃかりきになるのでも、逃避するのでもなく、自然体で黙々と、目の前のことにまっすぐ向き合うのです。


平気で弱みを見せられる人間は、周囲の関心を引き、場を明るくし、人間関係を円滑にします。自慢話ばかりの人間は、これと逆です。どちらが好かれるか、どりたに人が集まってくるかは明白でしょう。人が集まってくる人間には、運も集まってくるものなのです。


・得になる人としか、つき合わない人が多いと思います。何かを得られる人でなければ相手にしない。そんな人はツキから選ばれることはないはずです。逆の考え方をしたほうがいい。受けようとするのではなく、相手に何を与えられるか、それを考える。守ろうとするからしんどくなるのです。攻めていく。それも楽しみながら。


よし!身につけよう!だって、私は、小野塚ツイ輝だから!(^^♪