- 作者: 黒木夏美
- 出版社/メーカー: 水声社
- 発売日: 2010/04
- メディア: 単行本
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しかも著者の処女作っていうからね。しかし、いったいバナナの皮で実際滑って転んだ人はいるのだろうか?
このネタは、いつ、どこで、誰によって、どうやって生みだされたのか―?この素樸な疑問を解決するべく、マンガ、映画、文学作品、TV番組、ウェブサイトなど、さまざまなメディアに描かれたバナナの皮を踏んで検証する、「バナナ愛」にあふれためくるめく必滑書。そのエッセンスを紹介しよう。
・要するに、生ゴミが一つ落ちていただけの話である。ただの生ゴミを見て私が喜んだのはなぜか。理由ははっきりしている。あのギャグを思い出したからだ。―バナナの皮ですべて転ぶ。喜劇映画やギャグ漫画などで誰もが一度は目にしたことがある古典的なギャグである。「お約束ギャグ」などとも呼ばれ、ギャグとしての知名度は非常に高い。何しろ、バナナの皮が落ちていただけで笑えるほどだ。ふと思った。これっていつごろから使われているギャグなんだろう。どうしてバナナの皮なんだろう。
・バナナの皮ですべるギャグも「遅刻しそうになったらトーストくわえて走る」というシチュエーションも、長年にわたってあまりに使われ過ぎた結果、いまや単なるありがちネタを通り越して「ワシントン条約で保護したい」ほど、レアでプレミアな存在になってしまったといういうのか。では、バナナの皮ですべるギャグの今日的な存在意義とはいかなるものであろうか。たかが、バナナの皮なのに、謎は深まるばかりである。
・バナナの皮ギャグは、笑った後に何も残らないシンプルなギャグであると同時に、生きている限り抱え続けなければならない人間の根源的な不安に根ざしたギャグでもある。シンプルだからこそ素直に笑うことができ、暗き深淵に通じているからこそ笑い飛ばす価値がある。他のギャグにない重みと味わいが備わった、一筋縄ではいかないギャグなのである。
・日本で最も有名なアメリカ無声映画の俳優といえばチャップリン。ファンなら彼が実際にバナナの皮ですべる場面を知っているだろうし、ファンでなくともバナナの皮ギャグと聞いてなんとなくチャップリンを連想する人は多いようだ。チャップリンだけではない。「三大喜劇王」―チャップリン、キートン、ロイドは全員バナナの皮ですべっている。これはアメリカにおけるバナナの皮ギャグの歴史の長さを物語るとともに、バナナの皮ギャグが当時のアメリカにおいてすでにスタンダードな存在だったことを示している。
・バナナの皮ギャグの登場する最初期の映画は二つ。『バナナ・スキンズ』(1908)で、一房のバナナを買った親子が皮で人をすべらせようとするイギリス製作の作品。もう一つは、主人公がバナナの皮ですべる場面から始まる『ザ・パッシング・オブ・ア・グラウチ』(1910)こちらは主人公の災難の連続を描いたアメリカ製作の作品。
・理科学研究所の河野彰夫工学博士のコメント―「バナナでいちばん滑るのは中身の部分なんです。五分の一ぐらい食べ残して皮と一緒に捨てる。コレが人を転ばす捨て方だと思います」。たしかに、すべすべした外皮、ぬるぬるした内皮、半固形の柔らかい果肉が一体となった状態のバナナの皮はあまりに危険だ。しかもバナナの大きさが、「人間の足サイズにピッタリ」である。
…いちど思いっきり滑って、笑いを取ってみたいよね。オススメ!(^_-)-☆