「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「狩りの思考法」(角幡唯介)

f:id:lp6ac4:20220112042624j:plain

いや〜いい本に出会いました〜!早くも今年のベスト10入りは間違いないねえ。読み終わるのが惜しいと思った本に出会ったのは久しぶりだなあ〜!(・∀・) 我々がいかに「ボーッと生きている」ことに気付かされる。チコちゃんに叱られそうだ!(笑)
 
 
「年間のおよそ半分をグリーンランド極北のイヌイットの村・シオラパルクで過ごし、伝統的な犬ぞり移動と狩猟による食料調達での漂泊旅行を積み重ねて実感した、厳しい自然や予測困難な未来、生と死に向き合う思考法をつづるエッセー」あまりに濃い内容なので何回かに分けて紹介しよう。まずはこれから。
 
 
「コロナ以後と未来予測」
 
グリーンランドとカナダをへだてる海峡。南からスミス海峡、ケーン海盆、ケネディ海峡、ロブソン海峡と名を変えながら、北緯82度から78度にかけての約500キロを南北につらぬく、それはまぎれもなく世界最北の海峡である。世界最北ということは、基本的には冬になるとガチガチに凍るということだ。ところが温暖化のせいか、近年は凍らないことがある。
 
グリーンランドで活動するようになって以来、私は、毎年のようにこの海峡沿岸および周辺の陸地で旅を続け。活動領域を効率よく移動できるようになり、もっと遠くへ行くことができる。さらに高い機動力を手にいれるべく人力橇から犬橇に移動手段を変え、その技術習得につとめてきた。ところが海が凍らなくなりはじめた…。これは由々しき事態だった。十頭からの犬を維持するのだけでも年間百万円以上かかるし、犬橇の連載話も某誌ともつけてしまっており、投資先が焦げつくようなものなのだ。
 
私のやりたいのは明確な目的地を決めた到達至上主義的な旅ではなく、狩りの結果次第で行き先や展開がかわる漂泊だ。組織だった遠征ではなく、あくまで個人旅行であることにこだわり、そのうえで北極を極限までうろつく
 
・ところが昨年12月の年の瀬のこと。コロナウィルスのせいで、カナダ政府から入国許可が取り消された。ネットを自由に使える環境になく、ニュースはおろかテレビもない、唯一の情報源は妻との電話だけだった。取り消し通知を聞いたとき、私はまず、その決定の理不尽さに憮然とした。なぜ理不尽なのだ。それは私が行こうとしたところに人間は存在しないからだ。集落は一切存在しない、だから人間は存在しない。要するに、よしんば私がコロナウィルスを保持していたとしても、伝染させる相手のいない場所なのである。さらにいえば人間がもしいたとしても、伝染のおそれはないはずだ。
 
・仮にシオラパルクで感染したとして、国境付近までは距離にして400キロ前後、到着まで村から二週間以上かかる。もしウィルスに感染したとそても国境に着くまでには発病し、死ぬか恢復するかしているはずで、衣類や装備に付着したウィルスもその間に死に絶えるか吹き飛ばさるかして、一掃されているし、発病したとしてもそれはグリーンランド側の話であり、カナダ側ではありえない。
 
・妻は「あなたは今、世界で一番安全な場所にいる」と言った。どういう意味か。そんなわけはない。馬鹿にしてんのか。なぜなら、いくら旅慣れた土地とはいえ、私が向かおうとしている地域はなんといっても人跡稀な地であり、その意味で危険をあげればキリがないからである。一番危険なのが、犬橇単独独行という私の旅のスタイルだ。イヌイットは犬橇で長期の一人旅をしない。なぜか?危険だから、効率が悪いからである。ひとりの犬橇の旅、犬の暴走、白熊の危険、氷に関係するリスクなど、北極の旅では危険が周囲に満ちあふれているわけで、仮に都会暮らしでコロナ感染の危険があるといっても、北極の犬橇一人旅と、コロナ流行下の東京でどちらが死ぬ可能性が高いかといえば、どう考えても犬橇一人旅である。
 
では妻の言葉が間違っているのとも違う。「あなたは今、世界で一番安全な場所にいる」という言葉には、つよい説得力をおぼえた。はたしてこれはどういうことだ。
 
安全とは何なのか。安全とは日常という言葉と関連のある概念なのではないか。日常とは安全が担保された時間の流れなのではないか。というのも安全こそ日常の本質だと思われるからである。とくに日本の、現代社会では、それが言えるのではないか。今、もっともつよく求めているもの、それは安全である。街中のいたるところに監視カメラがあり、自分の行動や自由が抑制されるが、その存在を歓迎するのは、監視カメラがあったほうが安全になると感じるからである。
 
安全というのは要するに未来にたいしての期待なのだ。だがちょっと待ってもらいたい。少し考えればわかるとおり、これはおかしな話である。なぜなら未来がどうなるかなんて、誰にも絶対にわからないことだからだ。未来は本質的に謎だ。未来を正確に予知することは不可能である。きわめて漠然と、明日も自分は死んでいないとみなしている。どうしてこんないい加減な認識が成り立つのだろう。このいい加減な根拠なき確信をよすがに、明日行こうに何をするかまで考えているのだ。じつに奇妙なことである。
 
きっと私はあと一秒は死なない。一秒がOKなら、論理的にはそれを一分に伸ばし、一時間に伸ばしても、一日でも、一ヶ月は死なないと考えると決して不自然ではない。とこのように死なないはずだと考えられる時間はどんどん先に延長されてゆき、あと十年、二十年は大丈夫では、となり、挙句の果ては人生百年時代などというスローガンが現実味をおびてくる。そう考えると、妻が言った安全の意味を次のように理解できるようになる。つまり日常における安全とは単に危険のない状態のことではなく、それは未来予測のことなのだ。真の現実は混沌としており、明日死ぬかもしれない修羅場ではあるが、ひとたび未来予測をもつことができれば、この阿修羅はびこる無秩序な六道輪廻は、あたかも魔法にかかったかのように、明日もきっと生きているにちがいないという秩序だったコスモスにおきかわる。未来予測こそわれわれ人類の生きるよすがすなわち存立基盤である。これが崩壊すると存在すること自体がつらくなってしまう。ここまでくると「あなたは今、世界で一番安全な場所にいる」という妻の言葉の意味がだいぶ見えてくる。
 
よく考えたら、別にコロナがなくても私は明日死ぬかも知れないのではなかったか?
 
・日常は未来予測により死をみないようにできる時間。その連なりだったのに、その見たくもなかった明日死ぬかもしれないという修羅場、隠蔽していた真の無秩序な現実、これが封印を解かれてむき出しになってしまった。日常の非日常への転換。これが〈コロナ以後〉の本質だ。そのような非日常は本来、日常空間を飛び出してその外側に広がる渾沌にむかう冒険者がめざすべき世界だったはずだ。ところがその日常的空間が、今やコロナで非日常に転換し、明日をも読めない。その一方で非日常をめざしたはずの私あ、従来の予定どおり犬橇の旅に出発しているのである。
 
生と死を読みながら考えました。これはスゴイ!!!まだ完読したいないのに紹介したのははじめてかも。超オススメです。(・∀・)

 

f:id:lp6ac4:20220112042624j:plain

 

「説得技術のプロフェッショナル」(伊東明)

f:id:lp6ac4:20220110174459j:plain

 
今年全作読破を目指している心理学の伊東明さん。わかりやすい事例がとってもいいんだよねー!♪ (・∀・)

コミュニケーションの効果的な流れの形成と「実践」に重きを置き、それを著者独自のユニークで、つい自分の経験と照らし合わせて頷いてしまうようなOK/NGダイアログ(対話形式)を用いてわかりやすく解説」そのエッセンスを紹介しよう。

 
・真の「説得技術のプロフェッショナル」とは、相手を思い通りに動かせるだけでなく、同時に好感や信頼感をも勝ち取ってしまう人のことだと信じている。これ見よがしに相手を打ち負かし、説得には成功しても“イヤなやつだ”という印象を与えてしまう人ではなく、十分に納得できた」「こちらも満足だ」「この人に導いてもらってよかった」という印象を与えることで、副次的・長期的なメリットまで手に入れてしまえる人である。
 
・自己説得の定義 → 自分で自分を説得するように仕向けること。他者の言葉ではなく、自分の言葉で自分を説得してもらうこと。↔ 他者説得
 
「お客様にどうして保険が必要なのか、お教え願いますでしょうか?」
「もし保険に入っていない場合、65歳で病気になったらどうなるでしょうか?」
「お客様は、数ある自動車メーカーのなかでも、どうしてうちのクルマに目を留めてっくださったのでしょうか?」
「お客様がわが社の製品に魅力を感じてくださるとすれば、どんなところでしょうか。よろしければ教えていただけませんか?
 
質問を投げかけることによって、相手にある考えの「タネ」をまく。あたかもそれで相手の心のなかにあったものであるかのように。そしてそれを自分自身で芽生えさせるように導いていく。
 
当事者意識をもたせるためのさまざまなテクニック
 
1 相手をインボルブ(巻き込む)して、問題意識を持つように導く
2 質問をくり返し、さらにその内容を深めていくことで重要性を認識させる
3 ときには相手の心に引き起こすような質問を投げかけてみる
4 情報を小出しにして相手が思わずこちらに質問したくなるように仕向ける
5 自分だけ取り残されているようで不安になる心理に訴えかける
 
・枕ことばで和らげる → 「もしかしたらわたしが間違っているかもしれませんが…」「思い込みでお尋ねしているだけなのかもしれませんが…」「もしわたしの思い違いだったらお許し願いたいのですが……」「今後の勉強のためにぜひお伺いしたいのですが……」
 
「情報収集こそが説得の大前提」「フット・イン・ザ・ドア(小さな要求からいおきな要求へ)」「ドア・イン・ザ・フェイス(大きな要求から小さな要求へ)」「アサンプティブ・クローズ(買う前提を作り上げる)」「アグレッシブ・クエスチョンの回避」「クオリファイヤーの活用」など。
 
いままで学んだ心理学の集大成だね。実践的です。オススメです。(・∀・)

 

f:id:lp6ac4:20220110174459j:plain

 

「中国の大盗賊・完全版」(高島俊男)

f:id:lp6ac4:20220110142312j:plain

やっぱり日本と中国ではスケールが違うよね。この本を読んでそう思ったわー!♪
 
「秘かに待望されてきた幻の完全版ついに刊行。名著のほまれ高い『中国の大盗賊』で割愛されていた150枚を完全収録。陳勝や高祖から毛沢東まで、縦横無尽に活躍する「盗賊」の姿を活写する中国史の決定版!」そのエッセンスを紹介しよう。
 
・本当の盗賊は、そんな甘いもんじゃない。国史上の二大勢力は「紳士」と「流氓(りゅうぼう)」だ紳士は知識人であり、これが官僚になり政治家になって支配層を占める。流氓とは無職のならず者のことで、これが徒党を組んで盗賊になる。中国の歴史は、この紳士と盗賊とが、対抗したり連合したり、あるいは一方が他方を従属させたりしてきた歴史だ。この本は、最初に、その盗賊のやや詳しくのべ、そのあと、特別スケールの大きな盗賊について書いたものである。なるほど盗賊の側から歴史を見るのもおもしろいものだ、と思っていただけたら幸いである。
 
中国の「盗賊」は日本のどろぼうとはちょっと違う。「盗賊」はかならず集団である。これが力をたのんで村や町を襲い、食料や金や女を奪う。大きくなって都市を一つ占拠して居座ったりすると、手がつけられなくなる。さらに大きくなって、一地方、日本のいくつかの県をあわせたくらいの地域を支配したなんてのは史上いくらでも例がある。しまいには国都を狙い、天下を狙う。実際に天下を取ってしまったというのも、また例にとぼしくないのである。
 
・もっとも盗賊は中国の特産ではない。英語では「バンディッド」という。昔はヨーロッパも中南米にも東南アジアにもたくさんいた。地中海シチリア島の盗賊などは特に有名だ。民衆は、盗賊の被害にあるのはもちろんイヤだけれど、盗賊の話は大好きである。
 
・中国では、昔から今日にいたるまで、いともかんたんに人を死刑にするのである。多数の貧しい農民からしぼるというのは、手間がかかるし、もともとカラカラなんだから大した成果はあがらない。役人で狙うのは豊かな農民、豪農である。このほうが能率がいいにきまっている。それも一番いいのは、何かいいがかりをつけて、死刑、財産没収、とやることである。一発でゴッソリ実入りがある。
 
中国では身代金目当ての誘拐は爺さんを狙う。親を連れ去られた子くらい心配するものはない、というのが中国人の考え方なのである。それに子供の親はせいぜい二人だが、爺さんには子や孫や親戚など心配の仕手がたくさんいるから身代金がそろいやすい。さすがに孝の国ですな。
 
・盗賊やヤクザの世界では,「兄貴」というのは、最大級の尊称なのである。
 
昔から中国の盗賊は、すこし大きな集団になると、たいてい知識人の秘書をかかえている。「読書人・文人を招いて軍師とする」と言う要するに幼時から古典の勉強をしてむずかしいコトバやリクツをたくさん知っている連中である。盗賊もある程度大きくなってくると、連絡や交渉、あるいは布告なでお、字を書ける人間、それもりっぱな文章を書ける人間がどうしても必要になってくる。強いばかりじゃダメ、礼儀を知らぬとバカにされる礼儀を心得ているのは文人である。

 

すごいなー!水滸伝三国志の世界だねー!同じアジアといっても中国と日本を一緒にされちゃ困るなー!オススメです。(・∀・)

f:id:lp6ac4:20220110142312j:plain

 

「上京十年」(益田ミリ)

f:id:lp6ac4:20220108220717j:plain

新潟生まれ、小田原育ちのワタシ。始めて東京を訪れたのは中学生のとき。新宿駅の大きさにはビックリしたなあ!電気街の秋葉原に驚き、楽器街、古本屋街の御茶ノ水、神保町には感動したなあ。(・∀・)
 
さてこの本。そうそう、はじめて上京したときのことを思い出すなあ。「OL時代に貯めた200万円を携えいざ東京へ。イラストレーターになる夢に近づいたり離れたり、高級レストランに思いきって出かけ初めての味にドギマギしたり、ふと老後が不安になり相談窓口に駆け込んだり。そして父から毎年届く御中元に切なくなる。東京暮らしの悲喜交々を綴るエッセイ集」そのエッセンスを紹介しよう。
 
・大阪から上京したのは今から10年前の26歳のとき。東京でイラストレーターになろうと思ったのだ。ツテもない。退職金と貯金で200万円ほど持っていた。当面はできるだけ節約して生活しなければ」となるはずが貯金を使い切るまではのんびり暮らそう」と思い、そして恐ろしいことに本当に実行してしまったのである。起きて、散歩して、疲れたらマッサージ行き、食べたいものを食べ、夜になったら眠る。そんな生活を上京後、半年間もつづけたのだ……その後、貯金が乏しくなってきたので、バイトをしながら出版社に売り込みに行き、なんとなく作った川柳から仕事が来て、今はこうしてエッセイを書いている。
 
・それにしても、何にもしなかったあの半年間ってなんだったんだろう?ときどき思い出し、可笑しくてたまらなくなる。あれは、東京という大都会に打ちのめされないために力を貯えていた、ワタシの大事なお休みだったようにも思えるのである。
 
「一番最初に買われたレコードってなんですか?」この質問はなかなか機転がきいている。最初に買ったレコードで年齢を当ててみます、という流れだ。
 
「故郷は捨てたのではなく保存した」
 
「のら猫がいる道とおって帰る家」
 
・街でサイレンを鳴らした救急車とすれ違うときにはこの救急車の中にいる人が助かりますように」「これから迎えにいく人が助かりますように」そう強く念じるようにしている。誰かと一緒のときは心の中で思うだけだけど、わたしひとりのときには「助かりますように」と小声で口に出す。なんとなくクセになっているのだ。たとえ知らない人であっても、助かりますようにと願うことは大事なことみたいにわたしは思うのである。
 
・面白いことに、メールをするようになってからのほうが、実際に友達と会って喋る機会が増えたと思う。
 
・同世代の友達、男女6人でカラオケに行った。みな気心知れた仲である。「縛りカラオケ」をしよう!ということにあった。最初の縛りは「ここにいる人が知らなくて、自分だけが知っていると思う曲」だ。さて、わたしは何を歌おう?松田聖子ちゃんの「赤い靴のバレリーナというのを歌うことにした。いつもより前髪を1ミリ切り過ぎた女の子が、そのせいで彼に会うのが恥ずかしい、なんていうかわいらしい曲だ。
 
その他、「譲り合いのブーケ」「セレブの会」「仙人の忠告」「一番大切なもの」「父のぬくもり」「譲れないこと」「どんぐり拾い」「小さな宝石(エステ)」「お年玉」「高額なお買い物」「選手入場」「ネギ栽培ガーデニング」「鱧寿司と牛蒡」「脳年齢」など。

 

いいねえ。女性ならではの視点。笑えるエピソード満載。オススメです。(・∀・)

 

f:id:lp6ac4:20220108220717j:plain

 

「面白いくらい すぐやる人に変わる本」(内藤誼人)

f:id:lp6ac4:20220108055940j:plain

基本的にはせっかちな性格なんだけど、ちょこっとした障害や、めんどくさいことがあると急に能率が落ちる、という一面がある、ワタシ。(・∀・) うーむ……今年は、それを克服したいなあ!と思って読んだのがこの本。
 
「1ページためすごとに、心まで超スッキリ!「やることがいっぱいでたいへんな毎日」を「自由で楽しい時間いっぱいの毎日」に!」そのエッセンスを紹介しよう。
 
「スイス・チーズ法」で山を切りくずす
 
大きな問題は、小さな問題に分割するとうまくいく。小さくカットされたチーズなら、ちょこちょこと美味しく食べられ最終的には大きな塊一つを、すっぽりとおなかにおさめることができるのだ。大きな山もいくつか区切りをつくって休み休み登れば、頂上までたどり着くのも意外と難しくないのだ。大きなものを小さく分割し、心の負担を小さくしながら片付けていくのが、「すぐやる」ための秘訣である。
 
「やることリスト」は、できるだけ細かく
 
米国パデュー大学のロジャー・ウェア博士も、目標をきっちりと、明確に、細かくしておけばおくほど効果的」と指摘している。
 
「仕事中の電話は3分以内」「資料を探すときは5分以内」
 
「いつでも目の前のことは「一回勝負」だと思う」メールボックスを開いたら、なるべくその場ですぐに返信していくのが正解。
 
先生が言っていることを何でもかんでもノートにとろうとする学生より、要点だけをちょこちょことノートにとる学生のほうが、よい成績を上げる。ショーペンハウエル悪書を読まないことは、良書を読むための条件である」と言っている。読書に限らず、人づきあい、家事、根回し、書類作成など、すべてのおいて“要所”をつかんでおけあ、大きな間違いをすることはない。つまらない情報にはつきあわない」
 
・気分が乗らないときに「陽気な気分になろう」と思っても難しい。オススメは「鼻歌を歌いながらやる」という方法である。楽しくてポップな感じの歌を「フンフンフーン♪」と口ずさんでいると、不思議なことに気分まで陽気になってくるのだ。
 
・仕事が終わった後の一杯でも、何でもかまわない。自分なりの「楽しみ」を見つけよう。「楽しいイベント」を計画しよう
 
「目の前のニンジン」が、あればあるほどいい。報酬が大きいほど、私たちは発奮して頑張る。
 
「忙しい」とは「あなたが必要とされている」ということだ。周囲の人たちがあなたのことを高く買っているからこそ、あなたは忙しいのである。
 
オーバーロード(過負荷)の法則」自分に負荷がかかっているような状態でなければ、練習効果が全然出ないということだ。「こんなにたくさんの仕事、こなせるわけがない」という状態に自分を置くほど、成長できるのである。
 
「めんどうなこと」「気の進まないこと」「やりたくないけれど、やらなくてはいけないこと」ほど、先に片付けて心理的ラクになったほうがいい。
 
松本清張は、毎日電車に揺られながら作品の構想を練った。移動時間は「アイデア算出の時間」だったわけだ。
 
「やることが増えすぎる」とかえって能率はアップする一つひとつをゆっくり丁寧にやることを、思いきって諦められるからだ。「窮鼠猫を噛む」のようにやるしかない」という状況に放り込まれると、私たちは思っていた以上の力を発揮できるのである。
 
思いきって「身体を休める」ことが必要なときもある。切り上げるときは切り上げ、一気にやるときは一気にやる。
 
「ブーメラン効果」他人から言われたこととは、反対のことさえしようとする。他人から強く言われると心理的な歯発が起こり、かえって言われたことをやらなくなる傾向があるのだ。
 
一人でなんでもかんでも抱え込まない。あらゆることをサクサクと片付けていく人は、人の手をうまく借りたり、人にまかせたりすることができる。
 

いいね〜!すぐ使えるね〜。いつからやるのか!?今でしょ!オススメです。(・∀・)

 

f:id:lp6ac4:20220108055940j:plain

 

「ほんとはこんなに残念な日本史の偉人たち」(後藤寿一)

 

f:id:lp6ac4:20220107043238j:plain

その人の過去を辿っていくと以外な経歴があったりして「想像の外側」を刺激されると興味が湧くよね。例えば、ワタシが「野球をやっていた」といえばなるほど!と思うだろうけど「人形劇をやっていた」というと「へー!意外!そうなんですかー!」と感じるだろうね。

 

さてこの本。水戸光圀は札付きのワルだった!?「英世」への改名に隠された野口英世の過去?……誰もが知っている日本史の中の有名人の意外な過去、いわば黒歴史が面白い!偉人たちが世に出る前にやってしまった出来事、にわかには信じられない意外な過去……その一方で「いかにも」と思わせるエピソードや、その人のイメージが一変する出自や、定説をくつがえす過去など、知れば知るほど面白い「意外な過去」の日本史」そのエッセンスを紹介しよう。

 
・明治期に来日し札幌農学校で俊英を育て「少年よ大志を抱け」の言葉を残してアメリカに去ったクラーク博士は「その後」事業家に転身。銀鉱山の会社を興したのだが、銀などどこからも出てこず、多大な負債を抱えて没した……。このように、偉人たちの「その後」には、興味をそそられる。ならば「その前は?」として企画されたのが本書である。
 
・俳聖・松尾芭蕉は、実は、夜に出る前は江戸の上水道工事に携わっていた肉体労働者だった。
 
・日本地図を自らの足(徒歩)で作り上げた伊能忠敬も、「その前」は、千葉の佐原で算盤をパチパチはじいた初老の商人だったのだ。
 
・初代’(五代、七代、一〇代)内閣総理大臣伊藤博文の「その前」は、乱暴者、というよりも冷酷なテロリストだった皮肉なことに、最期は自分がテロの標的になってしまったのである。

 

やっぱり人間的な一面があった方が魅力的だよね。ナットク!オススメです。(・∀・)

 

f:id:lp6ac4:20220107043238j:plain

 

「向田邦子熱」(向田邦子研究会)

f:id:lp6ac4:20220106050501j:plain

向田邦子さんの著作の完全読破を目指していて、半分くらいは来たかな!?今年は目標達成しよう!
 
さてこの本。向田邦子研究会」というのがあるんだね。スゴイわー!本人の文章以外でも向田さんへの想いが伝わってくる一冊だなー!
 
「文章・生き方に魅せられた"向田邦子マニア"の面々が綴った「普通の人のための向田邦子読本」。食通の彼女の愛した店、珠玉の一言、会員が選んだエッセイ・ベストテンなど、向田邦子の魅力を徹底解剖」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
「戦前の尻尾が残っていた頃」大関恭子(主婦)
 
・電車に乗るとき、たいてい本を持って行く。ハンドバッグにいれるから文庫本に限るのだが、読みかけの小説のないときは、向田さんのエッセイを持って出る。飽きないのだ。かえって新しいものが見えてくる。三十代では素通りしていた文に眼が止まる。喪服を着る回数がふえて初めて気づいた心模様もある。
 
隣りの神様を拝むのに七年かかったという向田さんが見える気がするのだ。電車に乗って外の風景を眺めながら、ひょっとしてどこかの窓にライオンが見えるのではないかと眼を凝らす。自動販売機に話しかけている酔っ払いを嫌だと思わなくなっている。向田さんはいろんなものを見せてくれたが、見せてくれなかったものもある。向田さん自身のお話だ。
もっと後のお楽しみ、ととっておかれたのかもしれない恋と男のひとのお話。ないものねだりとわかっていても読んでみたいと思ってしまう。
 
「初めて手にして本は、初恋の人に似ています。初めて身をまかせた男性といえるでしょう」
 
向田さんは胸の奥にどんな想いを棲まわせていたのだろう。ドラマや小説の中に、向田さんの愛した男性の分身がいるようなきがするのだが、生身の姿は見えてこない。向田さんはそのひとと想いをすっぽり隠して、その片鱗を見せてくれなかったのだろうか。夜中の薔薇はそのひとを見たのだろうか。

いいなあ。死後何十年も経って、研究会が続いていて本が出版されるってスゴイことだよね。オススメです。(・∀・)

 

f:id:lp6ac4:20220106050501j:plain