ようやく本書を読みましたっ!!!これは名著だ!!!これらの解説書も良かったっ!♪
「柳田国男・渋沢敬三の指導下に、生涯旅する人として、日本各地の民間伝承を克明に調査した著者(一九〇七―八一)が、文字を持つ人々の作る歴史から忘れ去られた日本人の暮しを掘り起し、「民話」を生み出し伝承する共同体の有様を愛情深く描きだす。「土佐源氏」「女の世間」等十三篇からなる宮本民俗学の代表作」そのエッセンスを紹介しよう。
・こういう山の中でまったく見通しもきかぬ道を、あるくということは容易でないという感慨をのべると「それにはよい方法があるのだ。自分はいまここをあるいているぞという声をたてることだ」と一行の中の七十近い老人がいう。「歌をうたうのだ。歌をうたっておれば、同じ山の中にいる者ならその声をきく。同じ村の者なら、あれは誰だとわかる。相手も歌をうたう。歌の文句がわかるほどのところなら、おおいと声をかけておく。それだけで、相手がどの方向へ何をしに行きつつあるかぐらいはわかる。行方不明になるようなことがあっても、誰かが歌声されきいておれば、どの山中でどうなったかは想像のつくものだ」とこたえてくれる。と同時に民謡が、こういう山道をあるくときに必要な意味を知ったおうに思った。
・ある家で話をきいていても私の相手をしてくれている老人だけが昼になっても昼飯をたべないから「どうぞ食べてからあと話して下さるように」といったら「今日は仕事をしないから」と答えて食べようともしない。「働かざるものは食うべからず」といったような気持がこの地方には生きているようである。
・佐護にも観音堂があって、巡拝者の群れが来て民家にとまった。すると村の若い者たちが宿へいって巡拝者たちと歌のかけあいをするのである。節のよさ文句のうまさで勝敗を洗おうが、最後にはいろいろなものを賭けて争う。すると男は女にそのからだをかけさせる。女が男にからだをかけさせることはすくなかったというが、とにかくそこまでいく。鈴木老人はそうした女たちと歌合戦をしてまけたことはなかった。そして巡拝に来たこれというような美しい女のほとんどと契りを結んだという。前夜の老人の声がよくてよいことをしたといわれたのは、このことであった。
・「皆さん、とにかく誰もいないところで、たった一人暗夜に胸に手をおいて、私は少しも悪いことはしておらん。私の親も正しかった。祖父も正しかった。私の家の土地は少しの不正もなしに手に入れたものだ、とはっきりいいきれる人がありましたら申し出て下さい」といった。するといままで強く自己主張をしていた人がみんな口をつぐんでしまった。
もう令和の現代では、このような寄り合いや老人はいなくなったんだろうなあ。貴重だなあ。これは残しておかなければならないなあ。オススメです。(^^)