
生まれ故郷の新潟の松之山の風景を見ると、ノスタルジーに駆られる。いいなあ、幼い頃も、いまもほとんど変わらない。いいのお!♪懐かしいのお!♪

「不世出の民俗学者・宮本常一の主著のひとつであり、今なお愛され読み継がれる『忘れられた日本人』。そこに描かれた日本人の姿を、ノスタルジアや復古主義に陥ることなく、グローバリズムとナショナリズムとが錯綜する21世紀の世界のなかにいかに価値づけ、その可能性をひらくことができるのか。編集者・若林恵が民俗学者・畑中章宏と「忘れられた日本人」と「民主主義」の新たな姿をさがす、寄り道だらけの対話篇」そのエッセンスを紹介しよう。
・齋藤毅さんの『明治のことばー文明開化と日本語』 という本によれば、明治期の日本人は「Society」 の語を翻訳するにあたって、まずは「Society」と「 人と人の横のつながりをもって束ねられたグループ」 として理解し、近代以前の日本の中に、 それに類する組織形態を探したのだという。 そして実にたくさんの「横のつながり」を探し出した。「結社」「 懇」「仲間」「組」「連衆」といった数々の訳語候補のなかには『 忘れられた日本人』の重要なキーワードである「世間」 の語も含まれていた。
・宮本常一が『忘れられた日本人』のなかで描いた、 開放的でどこか間の抜けた村落共同体は「社会」 という言葉が発明されるはるか昔から、とっくに「横」だった。 しかし、わたしたちは、それを「縦」のイメージで上書きし、 乗り越えるべき「後進性」とみなした。『忘れられた日本人』は、 ひたすらそのことに抗おうとする。
・「年寄りたち」というのは、民族学の用語でいうと、「古老」 のことですが、必ずしも「年老いた人」を指しているのではなく、 むしろ「さまざまな経験を積んだ人」 という点に力点があるのだとわたしは思っています。
・(「村の寄り合い」について)「 三日三晩夜を徹して納得するまで話し合うというところだけ読むと 、いまの感覚からするとだいぶ深刻な印象ですが、「 話に花がさく」感じでだらだらと話が続くというのが、 いかにも牧歌的でいいですよね。 村の寄合に見られるような議論は、投票・ 採決に紐づいた討論とは「まったく別の何か」だとデヴィッド・ グレーバーは語っています。 彼は寄合に見られるような意思決定のあり方を「コンセンサス」 と呼んでいます。合議は「論破」ではないということです。 誰かが強い主張をして誰かがいたたまれない思いをするようなこと は「屈辱や恨みや憎しみを確実にする」だけで、それこそ「 コミュニティの破戒」につながりかねない。 その感覚の底流にあるのは、おそらく、これまでも、 これからの一緒に生きていかなければいけないという前提に立った 上で物事が決定されなくてはならない。 ということのように感じます。
・実際宮本は「村の寄り合い」の末尾で、寄合の話は、「 物を議決するというよりは一種の知識の交換」 だったと書いています。宮本が調査・研究の対象としたのは、 いわゆる「無字社会」ですから、それは書物的な知識ではなく、 むしろ体験・経験でした。似たような事態が昔にあって、 そのときはこう対処したと聞いたことがある、とか、 うちの祖父はこう言っていたとか、そういった体験・ 経験に基づく知識なんですね。
いいなあ。宮本常一、あらためて読まなきゃオススメです。(^^)

