「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「始祖鳥記」(飯嶋和一)

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今年もあと二ヶ月。毎年大晦日に今年読んだ本の番付を作るけど、この本は、ベスト3入りは決定だね。感動だね〜!一週間くらいかけてじっくり読みました。冒頭、とっつきにくかったり、塩の歴史のところは読み返したりしながら読みました。
 
空前の災厄続きに、人心が絶望に打ちひしがれた暗黒の天明期、大空を飛ぶことに己のすべてを賭けた男がいた。発表当時、朝日・読売・毎日・共同通信週刊文春など、マスコミの大絶賛を浴びた傑作中の傑作、待望の文庫化!」という評は決して大げさではなかった!!!そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
・幸吉はあることに気づいた。幸吉が寄せて、手のひらに乗せられるのは渡りをしない鳥ばかりだった。なぜか燕や鶲(ひたき)はけして近づいてこない。同じような小鳥に見えながら、渡りをするものたちは心を秘めた思いが違うのだ。彼らはいずれ大海原を超えなくてはならない。心のこどかにいつもそのことを抱え、張りつめて日々を送っている。ただ餌をむさぼり食い、糞などをしてそこいらを回っている雀や烏とはわけが違うのは、考えてみれば当たり前のことだった。
 
・「世間(よのなか)を 憂しとやさしと思へども
             飛び立ちかねつ
                取りにしあらねば」
(この世を生きてゆくのは辛く耐えがたく、身も痩せるほどで、いっそのこと何もかも捨てて飛び去ってしまいたいとはつくづく思うけれども、それさえもかなわない。自分の翼で飛び去ることのできる鳥ではないのだから…)
 
茜は太古から、海の民に呼び戻す神秘の色だった。長い航海が続き、来る日も来る日も海と空の青ばかりに占められたところに居つづけると、人はやがて色彩というもののない奇妙な世界に迷い込む。一切の色彩が失せたその世界に入り込むと、心はすっかり萎えて何をするのも億劫になってくる。そんな時に船長は、茜色に染め上げられた旗を帆柱へ翻した。目にしみるその紅の色は、すっかり色彩を失い疲弊しきっていた船乗りの心を蘇らせる不思議な力を持っていた。なぜか他の色ではだめなのだ唯一茜色だけが、再び船乗りたちを色彩のある世界へ戻す力を秘めていた。
 
・「屋根に足をとられた。飛び出す勢いが弱すぎた。高さが足りん。……仕掛けには何の落ち度もない。ちゃんと風をつかんだ。思った通り、鷲掴みにあったように、後ろへ強く引っ張られた。後は、あの力に負けないほど、そのまま宙を駆け抜けるように走る事さえ出来ればいいんだ」
 
・「…これまで、いろいろ調べてみた。この世のものは何もかも、不思議な理で、みなうまい具合に作られとる。凧を様々こしらえて試し調べてみたところが、よく揚がる凧の、張る紙の大きさと、凧全部の重さとの比がな、雀や鳩と同じなんだ。鳥の羽を広げた大きさと体全部の重さの比とよく似とる。まったく不可思議なもんだ。神様というのは本当にいるのかもしれん
 
・空を飛んで池田藩の悪政を指弾し入牢させられたのは、三十前の、しかも銀払の表具師だという。そんな途方もないことをやってのけられるのは、この世に何人もいるわけではなかった。何よりあいつには、途方もない相手に歯向かうという性根があの頃から備わっていた
 
・「…なぜか、そのような人並みの暮らしというものに惹かれることがございません。…いつか、どこか遠くの地に出向かなくてはならぬような、そんな思いが始終しておりました
 
・「長く願っていた新しい船を手にしてみて、何か妙な寂しさばかり残った。何か急におれは年を取ってしまったような、何をやっても以前のような手応えが感じられない。気がつくとため息ばかりついてる。十六年ぶりに聞いた幸の噂は、そんなおれの目を覚まさせた。おれはこんなところで、いったい何をやってるんだと、無性に己に腹が立ってきた。お前が空飛んで入牢させられた話は、おれが誰だったのかを思い出させた。おれが新しい船で何をしなけえばならないのか、やっとわかった」
 
・(巴屋伊兵衛)「この年まで、江戸川の流れを毎日見て育ちました。朝な夕なに。川は、ただ自然のまま流れているわけではありません。流れようという意志をもって流れておるように思います自然などというものは、どこにもありません。いや、自然こそ大いなる思いの姿のように思われます。川は川の思い、木は木の思い。どんな言い訳もできません。決断したら。変えてはなりません。たとえ、どんなことが起ころうと…。腹を固めて続けることです。思いが強ければ、流れがせき止められることはありません
 
「…これまで、嵐を超えずに咲いた花などなかったように思う」明けて二十六歳となった巴屋伊兵衛の、それが最後の言の葉となった。
 
異常気象、凶作、飢餓、疫病、火山爆発、一揆頻発、と厄災ばかりがうち続いた暗黒の天明期、一条の羽を頼りに寂光の空を駆け抜けてみせた表具師の残像だけは、永く人々の心に生き続けた
 
 
「岡山の児島の八浜に行ってみたいわ。この物語の舞台を訪ねてみたいわ。すぐ再読したい。超オススメです。(・∀・)

 

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