「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「永遠のPL学園 60年目のゲームセット」(柳川悠二)

 


永遠のPL学園: 六〇年目のゲームセット


甲子園春夏通算96勝、全国制覇7回を誇るPL学園野球部は2016年夏をもって休部に追い込まれたニュースはビックリしたよねえ…。「なぜ、「事実上の廃部」に追い込まれたのか。学園の母体であるパーフェクトリバティー教団の意向、監督に野球経験者を据えない学園の判断、「強いPLの復活」を求めるOBの声――様々な事情に翻弄されながら、12人は「ラストゲーム」に臨んだ」そのエッセンスを紹介しよう。


・1955年創部の野球部は、2009年までに春と夏の甲子園にあわせて37回出場し、歴代二位となる通算96勝。甲子園制覇は春三度、夏四度。卒業後にプロに進んだOBの数も、他校を圧倒する。木戸克彦、西田真次、吉村禎章桑田真澄清原和博立浪和義宮本慎也福留孝介今江敏晃前田健太……総勢81名を数え、球史に名を残す大投手、大打者も多い。門中の名門、全国屈指の伝統校がPL学園だった。


・1978年初の全国制覇から38年、神がかり的な強さをもったPL学園野球部の姿は、大きく変わり果てていた。部員はたったの12人、監督は野球素人、かつて当たり前だった特待生は一人もおらず、当然のように試合では大敗を繰り返す。どうして伝統ある野球部が2016年7月15日をもって廃部にならざるをえなかったのか。歯車はどこで狂ってしまったのか。どうしてこんなことになったのか。いったい誰が悪者なのか。



・「野球部の監督人事は学園の母体である教団の辞令によって決められます。かつては教団からの寄付という形で、会員の浄財を野球部に相当つぎ込んでいあした。その寄付も5年前から途絶え、特待生も廃止です」


・ユニフォームの胸の部分を握りしめるPLナインの所作を「おやしきり」と呼ばれる宗教儀式である。心の中で「お・や・し・き・り」と唱え、「普段のん力が発揮できますように」と神に誓う。PLの球児が握りしめているのは、ユニフォームの下のアミュレットと呼ばれる御守だ。中には一万円の寄付で教団のトップである教祖(PLでは教主(おしえおや)がしきった(祈りを込めた)御霊がはいっている。


野球部が有望な部員を集めるのには教団の信者ネットワークが活用され、教団信者の寄付を使って野球部を強化する。一方、その野球部の甲子園での活躍は、教団の知名度を上げ、新規信者獲得に大きく貢献していた。しかしどこからか両者の関係は崩れ始め、その亀裂は決定的なものとなっていく。そしてたどり着いたのが、花園球場でのPL学園最後の日」だった。


PL学園の野球の真髄は「神に依る野球」です。神様に対して『今から精一杯やらせていただきますから、練習で積み重ねた実力を充分に発揮できますように』とおやしきりを行って願うことを指します。PLでいう『神』とは教祖のことではなく、大元霊(みおやおおかみ=宇宙全体のこと)です。


「三年神様、二年平民、一年奴隷」という寮生活の不文律がある。入学・入寮したばかりの一年生は主将の口からまずどの三年生の付き人になるかが発表される。付き人としての仕事は、同じ三年生の付き人を担当する二年生部員から徹底的に教え込まれるという。しかし、この付き人制度が、あらゆる暴力事件の温床となっていたのも事実だ。


「鉄の掟」

・先輩に対する受け答えは「はい」もしくは「いいえ」のみ。
・笑顔禁止・恋愛禁止。
・外出禁止・電話禁止。両親との連絡手段は手紙のみ。
・朝、目覚まし時計を鳴らすのも禁止。
・風呂では湯船に浸かってはならず、シャンプーの使用も禁止。頭髪は石けんで洗うのみ。
・お菓子禁止。ジュース禁止。
・部屋で過ごす時は体育座り。
・教室の窓は締め切っておかなければならない。廊下を通る女子を見てはいけない。
・練習中に水を飲むのも禁止。


その他のは一年生は食事の際には調味料を使ってはいけないとか、上級生しか使うことが許されない学校の階段があるとか、ばかばかしい不可解なルールも数多く存在した、だがそれもPLの伝統の一部となってきた。そしてもしそれを破る者が現れたら、連帯責任で一年生全体が文字通り痛い目に遭う。


・「暴力……確かにそれは暴力に違いないんですが、集団で一人を暴行するようなことはなかった。殴るのにも必ず理由があったし、決してイジメの類ではんかあった。あの時代は、一発ぶん殴るだけですべてが片付いたんですよ。ただね、毎日のように暴力があったかというと、そんなことは絶対ない」


「暴力はPLの伝統です」清原和博が逮捕以前、メディアの前でそう語り、大きな話題となった。それを否定するOBは一人もいないだろう。


・(宮本慎也)今の時代にはふさわしくない伝統だとは理解しています。しかし、PLの三年間……というより一年生の一年間を乗り切れたからこそ、社会に出た時にどんな苦境にも耐えられる。いや、社会における理不尽なことなんて楽勝なんですよ(笑)。今の時代にはふさわしくない上下関係ですが、だからといって僕らの時代まで否定してほしくない。


宗教年鑑によると、黄金期に約265万人に達していた公称信者数は、1989年には200万人を割り、2000年代に入ると約100万人にまで落ち込んでいた。信者が減少すれば、その子どもたちが通うPL学園の生徒数も減少していく。それゆえ体育コースは廃止となり、研志寮も寮としては機能しなくなった。公称265万人とされた黄金期でも実数は約90万人で、公称90万人とされる現在は「数万人程度」でしょう


・2000年代に入って、度重なる不祥事が発覚。世界平和を謳う宗教団体である以上、「世界平和」の対極にあるような「暴力」事件ばかりを繰り返す野球部が、いつしか「お荷物」という認識に変わったのではないだろうか。二代教祖・御木徳近(みき・とくちか)を慕って入信した信者の二世、三世が信仰から離れ、信者数が激減した。そうした中で教団側が、かつてのように野球部に力を注ぐことが、財政的にも、人材的にも、とうてい困難な状況に陥っていた側面があるのだ。


・最後の主将の梅田のツイッターの感謝の言葉

ありがとう。高校野球
ありがとう。PL学園
ありがとう。応援してくれたみんな。
ありがとうございました。足下の悪い中 足を運んでくださったOBの方々。
ありがとう。両親を含む家族。
ありがとう。俺の高校野球


野球部誕生に「宗教団体同士の対抗意識」があったというのは知らなかったなあ…。まさに時代の変化に対応できなかったんだねえ。悲しいねえ。高校野球ファンならずとも、超オススメです。(・∀・)


 


永遠のPL学園: 六〇年目のゲームセット