一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」(加瀬英明)

学生時代はまったく勉強しなかった昭和の歴史。なぜ大東亜戦争が起きたのか!?実は、人類にとって二十世紀における最大の出来事は、人間の価値を肌の色で分けていたカラーラインが消滅したことなのだ。肌の色が違うがために辱められ惨めな境遇を強いられていた民が、日本の働きによって重い鎖から解き放たれた。国家として戦争には敗れたのかもしれない。しかし、いまある世界を創ったのは、まぎれもなく日本人であり、大東亜戦争はけっして敗戦ではないのだ。そのエッセンスを紹介しよう。


・日本が真珠湾を攻撃した翌年が明けた時点では、まだ地球上の大部分が、白人による支配のもとになった。人種の違いが同じ人間を、支配者と被支配者の二つに分けていた。人の価値が皮膚の色によって、決められていた。


・日本国民は幕末から、二つの大きな悲願をいだいていた。一つが不平等条約の撤廃だった。アメリカをはじめとする白人の諸国によって、屈辱的な不平等条約が強いられた。横浜、神戸をはじめとする開港地には外国の軍隊が駐留し、西洋列強による裁判所が存在した。日本は白人に対する裁判権を持っていなかった。西洋諸国が輸出輸入に当たる関税率をきめるなど、日本は属国に近かった


・今日、外国から国賓が訪れて、皇居において宮中晩餐会が催される時には、フランス料理が供される。しかし、中国で国賓をもてなす晩餐会では中華料理、韓国では韓国料理、タイではタイ料理、インドではインド料理がふるまわれる。だが、どうして日本では、フランス料理なのだろうか?明治に入った時には、西洋文明だけが真っ当な文化文明であって、他のすべての文化は、野蛮なものとみなされていた。不平等条約を改正するために、日本も進んだ西洋の文明を、生活習慣を身につけた文明国であることを、示さなければならなかった。


もう一つが、人種平等の世界を招き寄せることだった。幕末から多くの武士がアメリカやヨーロッパを訪れたが、その途中で、白人によって同じ有色人種が、牛馬か、奴隷のように酷使されているのを見て、憤った。最後の不平等条約は、日本が日露戦争に勝ったことによって、ようやく撤廃され、白人の強国だけに限られていた列強の仲間入りを、唯一つの有色人種の国として果たした。日本が強国となったので、もはや差別を続けることができなかった。その後も、日本国民は人種平等の世界を創ろうと、果てしない夢を見続けた。日本は人種差別の撤廃を訴え続けたが、アメリカやヨーロッパ諸国によって、拒まれた。アジアからアフリカ、アメリカまで、有色の民は日本が第二次世界大戦に参入するまで、数百年にわたって、白人優位の世界秩序のもとで、人としての尊厳を奪われていた。


「日本はアジアの光である。太平洋戦争はアジアの独立のための戦争であった。アジア人が戦うべきだったのに、日本人が立ち上がって犠牲になった」(1977年インドネシア大統領特別補佐官アリ・ムルトポ准将)


・「人種差別が、太平洋戦争の主因の一つだった。連合国の国民は、日本人を人間以下とみなすように、教育されていた。広島、長崎で数十万人を、一瞬のうちに焼殺したのも、人間ではないと感じたからできたのだった。日本は先の戦争を、アジアをアジア人の手に取り戻すために、戦った。しかし、日本は軍事力を用いて、アジアから西洋の植民地勢力を駆逐する意図は、もたなかった。日本の当時の軍事力は、防衛的な性格のものだった」(オランダのベルナード・VA・レーリング判事『東京裁判とその後』)


・私は昭和天皇崩御され大喪の礼の時に涙が込みあげるのを抑えられなかった。164カ国の元首や代表が全世界から弔問に訪れた。164カ国もの独立国が誕生したのは、日本が先の大戦を国をあげて戦ったからだった。アジア・アフリカの民族が解放されて、いっせいに独立した。もし、日本が日露戦争に勝つことなく、先の大戦を大きな犠牲を払って戦うことがなかったとしたら、アジア・アフリカの諸民族が、今日でも白人の植民地支配のもとで苦しんでいたことだった。


ジョン・レノンは、限りなく優しい人だった。私はこれほど優しい心をもった人と親しくしたことがない。ジョンは日本のよい理解者だった。私がジョンに、キリスト教の「愛」が無条件ではないのに対して、日本の「和」はすべてを包み込むといったら、頷いた。口癖のように「『オカゲサマ』が世界の中でもっとも美しい言葉だ」「このように素晴らしい言葉は他にない」といった。


もし、ルーズベルトが暗殺されて、ガーナーが大統領になっていたとしたら、日米戦争は起こらなかったはずである