「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「神様の伴走者」(佐藤敏章)

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神様の伴走者 手塚番13+2

神様の伴走者 手塚番13+2


小学生のころ、漫画にハマった。読む方も書く方も。(^u^) お小遣いのほとんどはコミックに使い、ノートにびっしりと漫画を連載していたのだ。そして将来の夢は、漫画家。当時、アマチュア漫画家の登竜門といわれたストーリー漫画の手塚賞とギャグ漫画の赤塚賞は憧れだった。(^v^) 


さて、言わずと知れた。漫画の神様・手塚治虫氏。漫画家という職業を確立した天才。・手塚治虫。この漫画の神様も、編集者という数多の影の伴走者たちがいた。今も語り継がれる数々の「手塚伝説」の真相を追って、13人の「手塚番」と、手塚プロダクション社長、初代アシスタント藤子不二雄Aにインタビュー。漫画の神様・手塚治虫を中心とした日本漫画発展の裏面史がビビッドによみがえる。長くなるけど、あまりにオモシロイので紹介しちゃおう。


・例えば、昭和43年から45年にかけての2年間の手塚の作品リストは、「少年マガジン」「少年サンデー」「少年キング」の週間3誌のほかに、月刊誌が4誌、学年誌なんか入れると、これが倍になって、それに新聞があって、読み切りも入ってと、漫画だけでも気が遠くなるような仕事量。それにアニメがあって万国博の出展委員の仕事がある。それが神様の手にかかると、なんとかなってしまう。また、なんとかするのが手塚番の務めだったのだ。


・富士見台の駅前の4階建てのビルの3階に手塚プロがあった。3階のワンフロアに編集控室、ベッドルーム、事務室、アシスタントの部屋、それから、手塚先生の部屋。編集者控室には、だいたい4社から5社の編集者が泊まり込んでいた。泊まり込みが続いちゃあ、残業がめちゃくちゃ多い。連続18泊とか。


・(志波秀宇) 手塚先生の魅力は、作品の持っている力であり、それを生み出す能力だね。確かにね、担当者対作家の関係でいえば最悪だよ、本当に最悪なんだけど、その作品、それを生み出す能力とかがね、もう圧倒的に神様なのとんでもない神様なの。原稿手渡されたときの興奮っていうのはね。耐えがたいものでね。


・(黒川拓二) 手塚番となると、みんな一応、腰が引けますからね。もちろん、聞いてましたよ。原稿の上がりが遅いとか、見張ってないといなくなるとか、深夜にややこしい買い物にいかされたりとかね。まあ、相手は漫画の神様ですからね。担当できるのが。まず嬉しかったですね。
手塚先生には手塚時間というのはあるんですよ、日常の流れとは違う、集中すると1時間が実質2時間にも3時間にもなる、それがわかっていたから、どんなに切迫しても、私、あわてたことないです。原稿おとしたことないですもの。要は、逃げられなきゃ良いんですよ。私、立って眠ること、覚えましたもの。


ある時、それでも手塚先生いなくなったんです。昼下がりのふっと気を抜いた一時でした。きっと自宅だろうって思って、自転車で行って、奥さんに、「先生帰ってますか」って聞いたら、「さっき寝室にあがりました」って。奥さんの了解を得て、2回に上がって、寝室のドアの前で、ノックしたもんかどうか、一瞬ためらってたら、こう、ドアの下からスーッと原稿が出てきたんですよ。玄関口での奥さんとのやりとり、聞こえてたんですね。こういう時って、手塚番冥利っていうのか、たまんないですよ


一番ひどかった時は、校了が終わったうちの編集者数人も応援でついてて、製版所の人も待ってて、先生はというと、3日くらい徹夜続きで。もうろうとしててね。私を呼んで、「私のそばに椅子を持ってきて、私が眠りそうになったら声をかけてください」って。で、先生の机のそばに椅子を逆向きに置いて、背もたれのところに腕を組んで座って、先生がうとっとすると、「ハイっ!!」、うとっとすると、「ハイっ!!」って、まるで餅つきですよ。それをやっているうちに、こっちも三日くらい徹夜してますから、つい、眠っちゃった。ハッと目を覚ましたら、先生が笑ってて、みんないなくなってるから、「うちの原稿、どうなりました?」って、あわてて聞いたら、「さっき持っていきましたよ」って、こういう時、妙に優しくてね。極限状態だと、手塚先生をはじめ、それぞれの人間性の断面が、如実に現われてきますから。会社にはほとんどいってませんから。編集者魂は手塚プロで学んだようなものです。


・(新井善久)編集長から、手塚先生の火の鳥の新連載の担当を言われて、トキワ荘の次の並木ハウスにいって、先生に挨拶したら、ちょうどその月の順番会議をやってたわけですよ。で、「あんたんとこは、3番目だ」っていわれたんで、「じゃあよろしくお願いします」って帰ろうとしたら、丸山さんが、「帰んなくて良いんだ」っていうんです。「今からずっっとここへ泊まり込め。だいたい3日に1本くらいは上がってくるから、10日も泊まり込めば原稿もらえる。その原稿抱えて会社へ帰ってこい」っていわれてそのまま泊まり込んだんですよ。並木ハウスの部屋は6畳一間にアシスタントが3人くらい。手塚さんと4人。編集者が最低でも2人から3人いますから、6畳に、7人!足なんか伸ばせないんですよ。壁に寄りかかって、ひざ抱えて。当時、テレビもないですから。本を読むのも飽きちゃうし、もう何も考えないで、ボケーッとしているんですよ。それで、メシ時になると手塚さんが「何食う?」って。「カツ丼」ってね。で、カツ丼が出前でくるわけですよ。それで、カツ丼食って。夜もずーっと、ひざ抱えたまんまで、もう馬鹿みたい。


・(丸山昭) 手塚さんは、優れた能力があるだけでなく、人の持たない能力を持った異能の人だと思うんですよ。例えば、あの人の記憶力は、直感像という、デジカメと同じで、思い出そうとすると、原稿のどの場面でも瞬時に、たぶん見開き単位で頭の中に出てくるんですよ。「英雄も側近の目にはただの人」っていうでしょう。横で見ていると、手塚さん、わがままだし、やきもち焼きだし、原稿遅いし、約束守んないし。「こんな野郎とは、1日でも早く別れたい」と思うけど。遠く離れるとね、富士山じゃないけど、その高さ、姿の美しさがわかる。手塚さんが手塚番を虜にするのはそこですね


どう?スゴくない?だって、今の漫画家ってせいぜい、連載は1本か2本でしょ。しかもアシスタントが何人もいて。さすが手塚先生!おそるべし!!!昭和っていい時代だったよね。おススメ。(^u^)

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神様の伴走者 手塚番13+2

神様の伴走者 手塚番13+2