一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」(武居俊樹)

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赤塚不二夫のことを書いたのだ!! (文春文庫)
 

子供の頃、マンガを描いていた。休み時間に描いて、同級生に見せて面白がってくれるのが大好きだった。その時、意識したのが赤塚不二夫。けっこう好きだったのが「はくち小五郎」そして最高傑作のレッツラゴン!好きだったなあ〜!

 

『おそ松くん』『天才バカボン』『レッツラゴン…生涯じつに8万枚の漫画を執筆した天才漫画家・赤塚不二夫に、35年間連れ添った小学館の編集者がいる。“武居記者”というキャラクターで赤塚漫画にも登場する本人が、天才との濃厚すぎる日々を語る。ニャロメのモデル、天才バカボン』引き抜き事件、新婚そうそう5日間泊り込み、ヤクザに追われてふぐ三昧、崇拝する美空ひばりと新宿デートなど、はちゃめちゃで抱腹絶倒の秘話満載!」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
ヘミングウェイ老人と海で、老人は、大魚と戦った赤塚は、漫画と何十年も戦い続けた。たくさんの漫画家を担当した。新人からベテランまで、その数は200人にものぼる。それぞれの漫画家に、色々な思い出がある。しかし、その中で、僕にとって、一人だけ特別な漫画家がいる。赤塚不二夫赤塚に初めて出会ったあの日に、思いを馳せる。そう、すべては、あの日に始まったー。
 
・「古谷さんて、おかしいんだよ。中学卒業してね。利根川の川原で空見てたんだって。そしたらね、同級生がカバン下げて歩いているのが見えたの。学校卒業したのに何でって。不思議に思ったんだって。この人ね。日本に高校があること、知らなかったの、ね、古谷さん。中卒はね、脳卒中でなく、脳中卒で死ぬの
 
・「昭和30年8月10日にね、石森章太郎と長谷の3人で、雑司が谷の手塚先生のお宅を訪ねたの。暑い日だったよね。オレ達の神様だった手塚治虫先生が目の前にいる。先生の前で3人は緊張して、流れる汗を拭くことも出来なかったな。そう。その時、手塚先生が言ったんだ。『良い本を読みなさい。良い音楽を聞きなさい。そして、良い映画を見なさい』ってね。オレ達は、それを実行したの。オレの漫画、映画の影響凄く受けてんだよ」
 
・部屋には、7つの机が置いてある。窓際に赤塚の机その前に、二列に6つの机が配置。作画スタッフは、チーフに高井研一郎その他に、横山孝雄、北見けんいち土田よしこイデアスタッフである長谷邦夫古谷三敏も加わる。今思うと、凄いスタッフだと思う。
 
・13ページの漫画でアイデアは3時間、ネーム2時間、当たり4時間、赤塚の手を離れて、原稿が完成するまで4時間、計13時間が、1本が上がるまでの平均的な所要時間だ。だから、赤塚は、一日1本ずつ漫画を描き上げ、夜は宴会が出来る計算になる。あくまでも机上の計算だが。
 
・「他人の世話になるな。これが親爺の教えだったんだよだから、編集者にも、その他の奴らにも、おごられるのは嫌なの。小さなことで借りをつくりたくないしね。だから、今後一切、オレと飲む時は、金のことは考えなくていいからね」
 
・「先生、ひばり好きなんだ」「好きなんてもんじゃないよ。嫌いってほど好きだよ。オレ、ひばりを妹にしたいの。スケにしたいんじゃなくて、妹だよ。これが本当の愛なんだよ。」
 
・元夫人の登茂子、現夫人の眞知子の二人は、キッパリと断言した。「不二夫さんは、正真正銘のマザコンです!!その上、泣き虫、小心者、歩く幼稚園!!でも憎みきれないタイプ」
 
寺田ヒロオ「漫画をやめようと思ってるのか?スランプか?でも、君はまだ、スランプになるほど漫画描いてないだろ。才能の噴出口を見つけるんだよ。漫画をほとんど描かずに、今、やめちゃったら、後悔することになるよ。苦しくても、もう一回漫画にしがみついてみろよ」財布を取り出して金がないと、よけい落ち込むよ。今月の部屋代ないんだろ」と、部屋代よりずっと多い額を、オレの手に握らせてくれた。君は酒弱いけど、それ一気に飲んで、今日は寝ちまいな。明日は、きっと天気だよ」寺さんがいなければ、オレはあの時、漫画をやめてたと思う。
 
赤塚は、「赤塚不二夫」というペンネームは、自分一人のものではない、と思っている。符号だと思っている。自分は、その代表者だと思っている。だから、後にやることだが、赤塚不二夫」というペンネームを、「山田一郎」と変えても平気なのだ。
 
赤塚は、門下生を次々に世に送り出し、成功させていく手塚のアシスタントから大成した漫画家は、ほとんどいなかった。二人の巨匠は、この点でも対照的だ。
 
手塚治虫、生涯漫画執筆枚数12万枚。40年間、毎日平均して10枚描いた計算になる。赤塚不二夫生涯漫画執筆枚数8万枚。もう執筆しないとしてだ。
 
梶原一騎と腕相撲」「家庭を持たないキャラクター」「不屈の馬鹿ネコ、ニャロメ誕生」「あだち充と勉で一勝一敗」「秩序をぶち壊した『レッツラゴン』」「天才サザエボン」など。

 

偉大だ、赤塚不二夫は。天才だ。レッツラゴンまた、読みたいっ!!!オススメです。(・∀・)

 

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赤塚不二夫のことを書いたのだ!! (文春文庫)