
全作品読破をねらっている小名木善行さん、通称ねずさん。ねずさんが語る徳川家康だから通常の本とは違うだろう!とおもっていたらドンピシャ!!!
「激動の戦国時代を勝ち残り、世界一の都市江戸を作り上げた家康。どのような人と出会い、人生を歩み、どのような経験を積んだのか。通説とは違う真の家康像を知れば、日本という国のすばらしさ、日本人のあるべき姿が見えてくる」そのエッセンスを紹介しよう。
・徳川家康について書きます。目的は、家康が作った日本が、 いまの日本にどのような影響を及ぼしているのかを知り、 考えるためです。「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」 の歌に詠まれるくらい家康は、 気長に自分の時代になるのを待った人物であったと言われています 。けれど、本当にそうだったのでしょうか。
・家康が築いた江戸時代は、 まさに道徳と平和の時代であったと言われています。 モノよりも心を大切にする社会です。その日本は鎖国し、 食糧の自給自足経済が営まれています。はたして、 ただ気長に待つだけで、 そうした社会は実現できるものなのでしょうか。 家康自身の意図が反映していたとは言えないでしょうか。
・人口というのは、 食糧生産高の範囲内でしか養うことができません。 鎖国をしていた頃の日本の人口が三千万人であったということは、 日本国内で賄える食糧が三千万人分しかなかったということです。 ところが日本は、外地に農地に広げることで、 戦前にはおよそ八千万人にまで人口を増やすことができたのです。
・先の対戦に敗れて、日本は多くの外地を失い、これによって日本国内は、たいへんな食料を経験することになりました。このときにGHQによる食料支援が行われました。その後の発展でピークで1億2700万人の人口を擁するようになりました。けれどいま、世界の食糧事情が悪化し、日本も人口の減少期に入り、このままいくと人本の人口は、2100年頃には4000万人〜6000万人にもなるといわれています。
・つまり、家康が意図して作った江戸日本が、ある意味、これからの日本の、そして世界が進む新しい時代の、いわば新しいお手本になろうとしているのかもしれません。そこで、あらためて、家康という人物の事績を振り返り、家康が希求したもの、家康という人物を育てたものを明らかにしていこうと思います。
・本書は、そのために、家康という人物という人物そのものというより,家康に影響を与えた人々を通じて、家康像を浮かび上がらせようとしています。なぜなら人は情報によって、生きるものといえるからです。家康がどのような情報を持ち、その情報を新しい国造りに生かしてきたかを考えたいのです。
・家康は、たいへんな苦労をし、愛する妻子さえも、自分の手で殺さなければならない戦国乱世を通じて、物事の筋道を重んじるという、もとからある日本の文化を復興させ、それを治世に活かしました。そしてこれにより日本は、世界が戦乱に明け暮れているなかにあって、江戸三百年の平和と繁栄を手に入れることができました。いまもなお、多くの日本人のDNAには、そうした家康が目指した日本古来の、察する文化と、法以上に物事の筋道を大事にするそういう文化が残っています。けれど戦後の日本は、そうした日本古来の文化を破壊してきた歳月でした。
・家康の心は、日本という国が古来希求してきた日本本来の形そのものであったということができます。では、なぜ家康は、そんな日本を築くことができたのか。本書の問題意識の根幹はそこにあります。そこで家康に影響を与えたであろう人物をひとりひとりあたっていきました。
・辞世の句「嬉やと 再び醒めて 一眠り 浮世の夢は 暁の空」 。「嬉しいなあ。夢から醒めてのもう一眠り。浮き世ともいう憂き世の夢は、夜明けの空のように輝いているよ」どんなに辛い世であってもも、それらはすべて夢のまた夢さ。良い夢、悪い夢、夢にはいろいろあるし、この世は憂き世だというけれど、夢から醒めたときには、いつだった夜明けの明るく美しい暁の空が待っていてくれているじゃないか。ささ、
「家康の少年期を形成した今川、松平、織田」「家康の教育係を努めら大源雪斎」「今川義元と家康」「信長と家康」「秀吉と家康」など。
うーん、深い。江戸時代に惹かれるのはそこに日本人のDNAがあった、ということは説得力があるなあ。超オススメです。(^^)

