
で合い通じるものがあったんだろうね。元ヤクザで俳優なんてかっこ良すぎるっ!!!
昭和のヤクザ史に名を刻んだカリスマヤクザのその生涯のエッセンスを紹介しよう。
・引退した後、ある週刊誌に載せた俺の自伝が映画化され、 大当たりしたのがきっかけで心ならずも映画に俳優として出ること にもなった。これはいい実入りになっったので、 ずるずる居座ったが、映画は所詮作り事で生命を張っての緊張があるわけでもなく、誰からが言っていたが、 男子一生の仕事とは思えもしなかった。
それにしても俺が死にもの狂いで生きてきた世界の焼き直しの作り 物が世間であんなに受けるというのは、 人間の本性の裏側に暴力という禁忌なエネルギーへの渇仰( かつごう)が在るに違いない。 それは場合によっては人生の執着の死にもつながるが故に、 恐怖の代償として宛てがわれるものかもしれない。 いわゆる裏社会に普遍している非合理不条理な出来事の多くは暴力 に彩られているが、 それが完全に忌避されぬ訳は俺の出た映画というちゃちな作り物に も人気があつ在ることが証していると言えそうだ。 俺が引退した後に出た映画のせいで人気なんぞ、 これまでの命懸けの綱渡りへの喝采の余録でしかありはしない。
・人生はラグビーのボールだとも言うが、地面に堕ちた時、 どっちに跳ねるかわかったものじゃない。 俺がつくった安藤組はヤクザの組織とは違って愚連隊の集まりだか らヤクザのような仕切りは一切ありはしなかった。 俺と舎弟たちとの繋がりは高騰での繋がりだけで盃を交わしたりも せず、ヤクザとは全く違っていた。 それが弱みでもあり強みでもあった。
それに俺は舎弟たちに入れ墨は一切させなかった。 何かの落ち度で指を詰めるなどということもさせなかった。 着る物も並の勤め人と同じにさせていた、 その仕切りが学生たちには馴染みやすいものに見えたろう。
・(昔を振り返り、後悔や反省はありますか)「ないね。 俺は自分の都合のいいように生きてきたから、 反省も後悔もしていない。明日のことも考えない。 失敗は恐れるだけで明日のことは頭から締め出すことにしているよ 」
・「人生の浮き沈みは人の世の常だが、 それは誰のせいでもなく手前自身のせいだ。 初戦自分の選んだことで後になって悔いたり、 ぼやいたりするのはみみっちい姿だ。 何が起ころうと愚痴ったり嘆いたりせず、 男は棺に入るまで毅然として生き抜きたいと思うがね」
・(くたびれたりしたことはありませんか)「ないね。 それは暴力沙汰に命を張るという遊び面白さだよ。 あんたたち普通の人間には命懸けなんてことは滅多にありましない だろう。しかし俺たちには日常茶飯事のことだからね。 俺たちには結局あの道、あの人生しかあり得なかったと思うよ。 そう信じなきゃ生きて来られなかったし、 死に甲斐も生き甲斐もあったものじゃなかったよな」
・とにかく男は粋でなきゃ駄目だね。 若い内は雑で野暮なことろがあっても仕方ないが、 人生の荒波に揉まれてきた年頃になれば、 端から眺めてひと味ちがった雰囲気をそなえなきゃいい大人、 いい男に見えないよな。 なら粋といは何かと言えばこれは難しいよな。 砕いて言えば痩せ我慢ということかね。
「なぜヤクザになったのか」「力道山との軋轢」は、読ませる。あの時代の空気と雰囲気が生み出したモノだったのか。
89歳で大往生、なんてイキだったんだろう。オススメです。(^^)

