「日本の仏教理解は、なぜかくも「いい加減」なのか――! ?二人の仏教者が、ブッダの教えに立ち返り、根本原理から問う「最強の仏教入門」。仏教でもっとも大切な基本が“あやふや"になっていませんか?」そのエッセンスを紹介しよう。
・(佐々木)「 大乗仏教は釈迦がなくなって五百年近く経って現れた新たな仏教運 動ですから、その中で作られた大乗仏教の経典が、ニカーヤ( 初期経典) に比べてはるかに新しいものであることは間違いありません。 それは歴史的な事実です。大乗仏教経典も釈迦の教えではあるが、 歴史的に見るならば、決して釈迦自身が説いたものではない。 こういった二重構造で捉えざるをえません」
・(宮崎)ミャンマーには三蔵憶持者(ティピタカ・ダラ) といって、経典のみならず、「律蔵( サンガの規律などをまとめたもの)」や論蔵(経典等の註釈。 解釈論を集めたもの) も含めたパーリ三蔵をすべて暗記して唱えることのできる僧侶がい るそうです。驚異の記憶力としかいいようがありません。 こういう事例をみると、 ブッダの言葉がそのまま口伝によって語り継がれたというのも頷け るんですよね。
・(宮崎)出家前の王子の暮らしは「完全無欠の理想社会」 における生活に近かったはずです。生計の心配はない。 寒暖の辛さも、雨露の煩わしさからも開放されている。 酒食も異性もよりどりみどり……だけど、 この満ち足りた状況にあっても、いや、 むしろ満ち足りた状況にあったからこそ、 そんなものじゃ解消できない「苦」が露頭してきた。
お釈迦様の生涯は何度聞いても響くよね。手塚治虫の『ブッダ』を読み返そう。オススメです。(^^)