酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「大阪的「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた」(井上章一)

いや〜この本、オモシロイわー!!!関西の、大阪のヒミツ、テレビで観る大阪って本当に大阪なの!?その疑問に答えるのがこの本の中にあるっ!!!

 

ドケチでがめつい、熱狂的阪神ファン、最先端の「エロ」……大阪は、ほんとうに大阪的か?大阪と聞いて何を思いうかべるだろうか?芸人顔負けのおばちゃん、アンチ巨人の熱狂的阪神ファン、ドケチでがめつい商売人……これらは東京のメディアが誇張し、大阪側も話を盛ってひろがった、作り物の大阪的イメージだ。『京都ぎらい』の著者が、紋切型の大阪像をくつがえす」そのエッセンスを紹介しよう。

 

この本は、世に流布する大阪論のあやまりをただそうとしている紋切型の大阪像がつくられる過程に、光を当てようとする本である。私は大阪と京都の不仲を、不幸なことだと思っている。関西としての連帯感を回復してほしい。そんなふうにも願ってきた。

 

世の大阪像は、東京のメディアがふくらましてきた。しかし、なかには大阪のメディアが話を盛ってきた部分もある。大阪像の滑稽化には、地元のテレビ局なのども、けっこう加担してきた。そこをかくすのはずるいと考え、ここに書きとめる。

 

大阪の女たちは、抑制のきいた静かな物言いを好むという。今のテレビなどがはやしたてるのは、まったく正反対のおばちゃんたちである。人前でもはにかむことなく、あけっぴろげにふるまう人たちへ、光を当てやすい。路上取材であった女性の中から、ゆかい気に見える人だけをぬきだし、放送する。のちには、在阪各局がこの手法をとりいれ、大阪のおもろいおばちゃんばかりを、画面から洪水のように流しだしたのである。ここでは、それが1980年代以後の、新しい現象であることを、確認しておきたい。

 

・大阪の朝日放送の元社長・西村嘉郎(よしお)は、ラジオの時代から視聴者参加形式の番組はあった、と言っている。その理由は「東京から高名な芸人を呼ぶと制作費が高くつく」在阪局は、どこも知恵をしぼってきた。「お金をかけないでどう面白く作るか」「各局とも変化球を放りながら東京と闘っ」た。ようするに経費面での悪条件が「素人」への依存を余儀なくさせたというのである。夫婦善哉」「新婚さんいらっしゃい!」「プロポーズ大作戦等々と。しかしそのまま使わず「出場者の予選会を丹念にや」り、「エピソードをいかにうまく拾うかで番組の成否は決ま」る。視聴者は、おもしろい「素人」の映像を、見せつけられることになる。「素人」だって、おもしろくふるまうほうがいいという感性を、はぐくんだと考える。

 

・他の地方局がもたない使命感を、在阪局はせおいこんでいる。予算の限界もあるのに、東京とはりあえる地元制作の番組を、ひねりださねばならない。いかにも準キー局らしいこの志が、こっけいな大阪人の大量動員をうながしたのである。


阪神ファンがふえた訳」「エロい街だとはやされて」「美しい人は阪神神戸線の沿線に」「音楽の都」「「食いだおれ」と言われても」「アメリカの影」「歴史の中の大阪像」「大阪と大阪弁の物語」など。

 

マスコミの影響ってすごいね。80年代で時代が変わったんだなー!オススメです。(・∀・)