何度も、何度も読み返したい本がある。文庫本をポケットに入れて、ローカルな鈍行電車に乗って、本を読む。本の世界に入り込みたい。そんな本のひとつが 大崎善生さん「パイロットフィッシュ」だ。登場人物が実に個性的で愛おしい。
「愛する人が死を前にした時、いったい何ができるのだろう。余命幾ばくもない恋人、葉子と向かったニースでの日々。喪失の悲しさと優しさを描き出す、『パイロットフィッシュ』の続編。慟哭の恋愛小説」そのエッセンスを紹介しよう。
・何も整理がついていないことに気がついたんです。 葉子の死のことはもちろ、そのことだけじゃなくて、 もっともっと昔からの自分自身のことですら、 何も整理しないで散らかしたまま生きていた。 その反動が今になってまとまって自分に降りかかってきているんだ と思います。自分は過去の積み重ねで生きてきて、そして、 その記憶のひとつひとつが膨大なジグソーパズルのように組み合わ されて自分といういものができているのだとすれば、 今はそのワンピースワンピースがばらばらになっちゃったような状 態なんです。突然、 何の脈絡もなく中学時代の破片が浮かび上がってくる。 次は小学校時代。その破片は心の中に散らばってしまっていえ、 自分というひとつの塊になってくれないんです。 葉子のことも破片のひとつに過ぎない。 それをどこにどのようにあてはめたらいいのか見当もつかなくて。 毎日毎日ただ茫然としている。自分がばらばらになっている。
・「 だって男の子と女の子が歩く時は手ぐらいつなぐものでしょう」「 じゃあ、一生覚えておいてね。 生まれてはじめて手をつないだ女性をことを。忘れないのよ。 約束よ。私も君のことは忘れないからね」
・人間の身体の中でいえば土踏まずのような人だな、 というのが僕がはじめて葉子を見た時の感想だった。 直感的にそう思っただけで、 それを理論的に説明することは難しい。彼女が持っている、 あるいは強く意識している世界との距離感のようなものが、 僕にはそういう直感をもたらしたのかもしれない。
・「死ぬのが怖いんじゃないの、悔しくもないの」 と葉子は言った。そして歯を食いしばり「隆ちゃんの優しさが…… 」と続けた。僕は何も言わずに、熱っぽい葉子の頭を撫でた。 葉子は嗚咽を振り払うように強い口調でこう言った。「 嬉しいのよ」と。
・「何だかこんなきれいな空を見ていると、 それだけで涙が出ちゃう。病気とか、 死ぬとかそんなことで人間は泣かないのね。 空の青さとか海の青さとか、 人間ってきっと単純で美しいものに感激するのかもしれない。 凄い、空。凄い、海」
・「私が死んで、いつか私のことは忘れていいけれど。 それは仕方がないことだし……。でもね、 二人で見たこの海の色は覚えておいて。私のことではなくて、 私と見た海の色よ。もうひとつだけ。 もうひとつだけお願いがあるの。私が死んでも…… 優しい人でいてね。私にしてくれたように、 いつまでも優しい人でいて。私が死んで、 いつか次に出会った人にも同じように優しくしてあげてね。 そうしたら、私、死ぬことなんか少しも怖くない。 隆ちゃんがいつまでも、優しい人でいてくれるなら」
・細い脚を大きく開き、 葉子は僕を少しでも深く自分の中に受け入れようとした。「 どんなに、深く深く、そしてひとつになっても埋められない、 私と隆ちゃんの隙間にあるほんのわずかのものは何だろう」 それがあるからこそ、 僕たちはそのことに思いを馳せるのではないだろうか。
・「ありがとう、隆ちゃん。私に誇りをくれて本当にありがとう。 心から、愛しています。そして、さようなら」
我が家のアジアンタムはおかげさまで元気です。映画化されてるみたいだね。でも本の方がいいかな。オススメです。(・∀・)♪