「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「パイロットフィッシュ」(大崎善生)

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パイロットフィッシュ (角川文庫)

パイロットフィッシュ (角川文庫)

  • 作者:大崎 善生
  • 発売日: 2004/03/24
  • メディア: 文庫
 

「聖の青春」「将棋の子」で感動した大崎善生さん。 将棋以外の内容ではこの本がデビュー作、ようやく読むことができました!感動!なぜこの本を書きたかったのか?なぜ作家になりたかったのか?分かる気がする。

 

人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない―。午前二時、アダルト雑誌の編集部に勤める山崎のもとにかかってきた一本の電話。受話器の向こうから聞こえてきたのは、十九年ぶりに聞く由希子の声だった…。記憶の湖の底から浮かび上がる彼女との日々、世話になったバーのマスターやかつての上司だった編集長の沢井、同僚らの印象的な姿、言葉。現在と過去を交錯させながら、出会いと別れのせつなさと、人間が生み出す感情の永遠を、透明感あふれる文体で繊細に綴った、至高のロングセラー青春小説。吉川英治文学新人賞受賞作」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
人は、一度巡り合った人と二度と別れることはできない。なぜなら人間には記憶という能力があり、そして否が応でも記憶とともに現在を生きているからである。人間の体のどこかに、ありとあらゆる記憶を沈めておく巨大な湖のような場所があって、その底には失われたはずの無数の過去が沈殿している。
 
「わかる?」たったそれだけの言葉で湖底にゆらめく人の姿を思い起こすことができるのだ。それは、十九年ぶりに聞く由希子の声だった。
 
・「意味とか理由とかそんなもんはどうでも。ただ四十一歳になった山崎君と四十一歳で二人の子持ちの私と音信不通だった二人がお互いに中年になってプリクラを撮る。何だかバカみたいで楽しくない?
 
・それはね、パイロットフィッシュっていうんだけど、健康な魚の糞の中には健全なバクテリアの生態系があるんだ。だから水槽を設置したときに一番最初に入れる魚が肝心でね、健康な魚が生態系のない水の中で糞をするだろう、そうすると約二週間後に健康な魚の、いい状態のいい割合で水槽内でバクテリアの生態系が発展していくんだよ。でも、ちょっと悲しいんだ。
 
エロ本をバカにしちゃいけないよ。本作りとは何か。それはね、まず何といっても読者を惹きつけて何らかの興味を持たせて釘付けにし、そして本を買ってもらうことだ。その本作りの基本中の基本というが原理原則がエロ雑誌には集約されている。しかも、シンプルにわかりやすくだ。エロ雑誌の編集者こそが編集者中の編集者ってわけだ。
 
だって今週会わないと、今度私が電話するのは、また十九年後かもしれないわよ。
 
・「つまりバイカル湖ってね、まあ言ってみれば大地の上に描かれた女性の性器みたいなものなんだ。形もよく似ているしね」「性器?」「そう性器」と言って、僕は由希子の性器を撫でた。
 
・二人にはきっと罰が必要なんだと思います。渡辺さんが死んだ日にあなたを放っておいた私と、あなたがしたことへの罰。山崎君が私を愛していて、私が山崎君を愛していて、この愛が本当に本物ならば、二人はこの世界のどこかで必ず再び巡り合うはずです。私はそれを信じ、それにかけてみます。あなたがまた路地を一本踏み間違えて、私の泣いている喫茶店に偶然に迷い込んでくる日を……。山崎君のフワフワとしたあやふやな優しさを私は心から愛していました。さようなら。
 
本当に偉い人間なんてどこにもいないし、成功した人間も幸福な人間もいなくて、ただあるとすれば人間はその過程をいつまでも辿っているということだけなのかもしれない。幸福は本当の幸福ではなくて、幸福の過程にしか過ぎず、たとえそう言える人間でも実はいつも不安と焦りに身を焦がしながらその道を必死に歩いているのだろう。どうであれ人間がやがて行きつく場所を誰もが予感しているのだとすれば、それはあまりにも空虚で悲しく、だからこそそのポッカリと開いた穴を埋めるために、きっと加奈ちゃんの管と摩擦熱が必要なのだろう。
 
人間は一人であり、決してひとつにはなれない、しかしほんの短い時間かもしれないし幻想かもしれないけれど、きっと彼女にはそれができる。摩擦熱とはきっと、別け隔てのない優しさのことなのだから。
 
・その日、七海と僕は激しく抱き合い、今までにないくらいに深く深く結びついた。七海は一度も見せたことにない表情で歓びを表し、聞いたことのない低い唸り声を上げた。七海は快感をコントロールすることをやめて、自分を解き放ち、始めての原野をさまよった。「私、どうなっちゃうの?気持ちいいの。どうして?ああ、私どうしたら良いの?」それは生まれて初めて七海を襲うオルガスムスの波だった。七海は管になっていた。そして七海という管と僕という管は重なり合い摩擦熱を発しながら、お互いの存在を確かめようともがいているのかもしれない。その歓びは確かにどこか悲しみに似ていて、そして僕は今こうして七海に快感を与えているのと同時に、どこか深い部分では彼女を確実に傷つけているのかもしれない。そんな思いがグルグルと快感のまわりをとりまいていた。
 
「傘の自由化は成功しましたか?」
 
・「私思うの。例えば右と左に分かれる道があって、右に行くことが楽しいと確信して右に進んでいく人間と、正しい道かどうかもわからずに、だけど結果的には右には進んでしまっている人間とどちらが優秀で、そしてどっちの人間が楽しいのかって」「でも左に行っちゃったら?」「それがね、その人が左に進んでいるときは大抵どうでもいいときなのよ。左に進んでも必ずこの先に右につながる道があることがわかっているときとか、かえって左に進んだ方が道ででこぼこしていて楽しいとか
 
・「私みたいに進むべき正しい道がわかっているように思い込んでいる人間は、右の道を迷わずに進んでいきう。そしてね、一度その道を歩き始めたらもう戻ることはできなくなるの。今になるとわかるの。あなたが左に進んだわけではないの。ただあなたはいつものように道の前に立ち止まって、何も選ばなかっただけ。問題は私で、私がどんどん右の道を歩き始め、気がつくともう戻れない場所にいた。子供が梯子を上っていって、気がつくと随分と高い場所にいて、振り向くと怖くて足が竦んで動けない。振り向くと、怖くて……」
 
僕は君とは別れてはいない。それが人と人とが出会うということなんじゃないかな。一度出会った人間は二度と別れることはできない。
 
「梯子を上りたくなったら、下を振り返りながら上るんだよ」
 
僕はこれからもずっと君とともにいる。それが僕たちが巡り合い、ともに時間を過ごした本当の意味のような気がするんだ。僕は君と別れて、別々の時間を過ごしてきたしこれからもずっとそうなのだろう。長い人生の時間からくらべれば北国の夏のように短い時間だったのかもしれない。それはテーブルの上に灰皿が在るように確かに在るんだ。だから、僕は君とともにいるし、これからも君は僕にいろいろな影響を与え続けるのだろう。二人は別れることはできないんだ。
 

今までの出会いと別れと数々の恋を思い出しました。いいなあ……勇気づけられるなあ……。何度も何度も読み返したい本。超オススメです。(・∀・)

 

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パイロットフィッシュ (角川文庫)

パイロットフィッシュ (角川文庫)

  • 作者:大崎 善生
  • 発売日: 2004/03/24
  • メディア: 文庫