この本は泣ける……人の優しさに……自分でなく人を想う気高い心に……それは「優しい」という一言で表現するには足りない……。(T_T) しかもたった10歳の男の子に……。そして大崎善生さんの文章と表現力こそ、優しい、優しすぎる……。(T_T)
「身近に起きた命の煌きを活写した感動の私小説。重い病に冒されながらも、気高き優しさを失わぬ「優しい子よ」、名プロデューサーとの心の交流と喪失を描いた「テレビの虚空」「故郷」、生まれる我が子への想いを綴った「誕生」、感涙の全四篇」そのエッセンスを紹介しよう。
・いくつかの偶然があった。 そしていくつかの偶然はそれらが重なりあうことで、 必然という一本の糸になっていった。その糸に導かれるまま、 妻は一人の少年と出会ったのだ。まれに見るほどの優しい心と、 光り輝くような勇気に満ち溢れた茂樹という名の少年に。
・子供のころから病気で苦しんできた彼は、 きっと私たちが何年かかっても手に入れることができないものを、 しっかりとその手にしている。優しさや勇気、そして強さ。 私は自分にははるかに届かない圧倒的なものを、 十歳になったばかりの少年に感じ始めていた。
・茂樹はこう考えていたのだろうか。 自分のこの痛みを少しでも和らげる方法、 もしそれがあるとすれ人を思いやることしかないと。 妻の足が痛くならないことを、祈るしかないと。いや、 きっとそうではない。自分の痛みを和らげることなど、 どうでもいいのだ。 少年はただひたすら大好きな大ファンである妻の足が痛まないこと だけを祈り続けているのだ。自分ではなく、 すべては私の妻のために。
・病気や怪我によって失うものもあるけれど、 しかしそれによって確実に得るものもあるのだと。 だからそのことに暗くなることはない。私も、 今でも後遺症で軽く足を引きずってしまう妻から、 そのことに対する愚痴の類を一切聞いたことがない。 それとともに生きているのだし、 それがあるからこそ自分なのだとはっきりと割り切っている。 茂樹という少年と妻がこうまで引きつけ合うものがあったのだとし たら、 それは二人のその強さなのではないかと思うようになっていた。
・「最後は安らかでしたが、 何かをつかむような仕草をしていました。 あれは私たちを探したのでしょうか、 それとも迎えに来た神様に抱かれる仕草だったのでしょうか。 茂樹の最後の言葉は「また来てね」でした。 天に帰った茂樹に私は「すぐ行くからね」妻も「待っててね」 と語りかけました。茂樹は微笑んだようでした」
・茂樹はその人生の最後に、ある夢を実現しました。 茂樹はある時から、 もっとも憧れた方にお手紙やプレゼントをいただいたのです。 はじめて、茂樹がその方にお手紙を描いたとき、 そしてお返事やプレゼントをいただいたときの嬉しそうな顔は、 私たちは一生忘れないでしょう。
・本当にありがとう、優しい子よ。 あれから妻の足は一度も痛くなっていないよ。
「テレビの虚空」萩元晴彦
「すべての芸術はたった一人の人間の熱狂からはじまる」
・「生んだというよりも、 宇宙のどこかから借りてきたような感覚」 子を産み落として間もなく、 まだ分娩台の上にいた妻は私にそう言った。その言葉は深かった。 赤ん坊は顔を真っ赤にして泣いていた。彼もまたこの瞬間、 不可逆的世界にいる。有無をいわせずにそこに立たされている。 そしてその瞬間に、 観念から現実となってこの世界に現れた瞬間に、 彼もまたある意味では止まり、 そしていやおうもない死に取り囲まれてしまっている。存在ー。 存在とはそういうものなのだろうか。
いいなあ……人間ってこんなに優しかったんだ……。時々取り出して読み返したい名著です。超オススメです。