この本のような殺人事件の本は、できれば読みたくないのだが、大崎善生さんの本となれば、きっと従来の犯罪モノとは違うだろう、ということで読みました。 文字通り人生の生き方の本だった。殺された女性の生き方に感動した。
「2007年8月24日、深夜。名古屋の高級住宅街の一角に、一台の車が停まった。車内にいた3人の男は、帰宅中の磯谷利恵に道を聞く素振りで近づき、拉致、監禁、そして殺害。非道を働いた男たちは三日前、携帯電話の闇サイト「闇の職業安定所」を介して顔を合わせたばかりだった。車内で脅され、体を震わせながらも悪に対して毅然とした態度を示した利恵。彼女は命を賭して何を守ろうとし、何を遺したのか。「2960」の意味とは。利恵の生涯に寄り添いながら事件に迫る、慟哭のノンフィクション」
・「お願い、話を聞いて。殺さないって約束したじゃない」約束。 その言葉の意味を考える。そしてわかることは、ひとつ。 こんな状況の中でも磯谷利恵は必死に模索していた。 頭をハンマーで容赦なく殴られながら。この状況から脱し、 生き延びる方法を。約束ー。 その言葉こそがおそらく利恵が人生の中で最も大切にし、 守らなければならないと心に決めていたものだったのではないだろ うか。それを短い人生の最後に、 自分の身を守るただひとつの武器として口にした。その言葉の、 正しさ、美しさ、あるいは覚悟。 しかし荒れ狂う凶漢たちにその思いが通じるはずもなかった。 5分後に利恵は絶命する。
・「生まれ変わったら、空とかになりたい」
・担任の先生から言われた言葉「どういう教育をされたのですか? どうやったら、あんな素晴らしい娘さんに育つのですか? ちゃんとやれることはやれるし、きちっと人の話も聞けますし、 それ以外にも思いやりがあって、何でもよく手伝ってくれます」
お父さん……富美子は心の中で小さく囁く。聞いてくれた? 今の言葉。利恵ちゃんのことだよ。いつまでも大切な利恵、 大好きな利恵でいてほしいと祈らずにはいられなかった。
・人と人とが出会い、恋に落ちる。 いったいそれまでに男と女はどのくらいの扉を、 開続けなければならないのだろう。 しかもそのどれもが奇蹟の扉だ。
・「母に家を買うためのお金を貯めているの」「私、 お母さんを愛してる」「 親より先に死ぬのが最大の親不孝なのよね」 瀧真語に話す利恵の言葉は母親に関することが多く、 母を大切にしている気持ちがいつも伝わってきた。
・「あなたと出会えて幸せです」この言葉を何度か瀧は耳にする。 母に対して、友達に
対して、そして瀧に対して。何もかも素直になっていく。 透明になっていく。 まるで自分が間もなく死んでいくことを知っているかのように…… 。
・どうせ殺されるのなら、 お母さんの家のためのお金だけは絶対に守りたい。それだけは、 どうしてもどうしても渡すわけにはいかない。この命に代えても。 それだけは守りたい。 何もしてあげられなかったお母さんのために。 そして精いっぱい頭を働かせて、でたらめな4桁の数字を考える。 きっとこの数字はいつか、 こいつらをあざ笑ってくれうことになるだろう。 そしてこの数字をどこかで知って、 いつか必ず彼が読み解いてくれるはずだ。それに託すしかない。 このたった4つの数字の中に利恵の必死のメッセージがこめられて いる。犯人たちへの恨み、それだけではない。 最後まで数字を言わない、自分への誇り。 貯金を守り抜いたという母への愛。 必ず読み解いてくれると信じた恋人への信頼と純粋な思い。「 2960」の意味。
「お父さんを覗く望遠鏡」って美しい嘘だよね…。愛に溢れている本です。オススメです。