一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「待ってました!花形落語家、たっぷり語る」(吉岡潮)

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待ってました!―花形落語家、たっぷり語る―
 

300年以上続く、日本の伝統芸、落語。中学のとき「落語クラブ」だったワタシ!(笑)やっぱり好きなんだよね〜!(・∀・)

 

「芸と人間の磨き方、災難も笑い話にしてしまう精神力と話術。ビジネス書より学べて、ためになる。小朝、志の輔談春志らく鶴瓶、昇太、円丈、あやめ、歌之介、三枝――花形10人が明かす、とっておきの話」そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
春風亭小朝 伝えたいことは落語で】
 
・料理人の世界でも、クラシック世界も、何で巨匠がいなくなったのかというと、皮肉なことに、すべてが便利になったからですよ。勉強しようと思えば、昔の方がはるかに不便です。自分だけのものをつかむ前にたやすく勉強ができるからです。これからはますます巨匠の生まれない時代に突入していくでしょうね。
 
落語ブームなんかじゃないです。今起こっているのは落語家ブーム」ですから。一方で寄席にはお客さんが入っていないのですから、落語ブームとは呼べない。本当に落語ブームなら寄席番組が増えているはずです。要は「おいしくない」んですよ。吉本の芸人さんでダジャレの番組となぞかけの番組ができた。それだけ。落語本体に触れられることは少ないんです。
 
 
春風亭昇太 存在自体がネタであり、落語そのものじゃないか】
 
春風亭柳昇師匠の弟子は、みんな全然師匠とタイプが違うんです。昔昔亭桃太郎とか、(春風亭)小柳枝とか(瀧川)鯉昇とか。これはいいなと。自分のやり方を押し付ける師匠じゃないなと感じた。そんなこんなで、僕も「この師匠に……」となったんです。僕って結構小ずるい、計算高い、嫌らしい大学生でしたね(笑)。「ストレスの海」「愛犬チャッピー」
 
 
立川談春 あの時、自信プラス、コツが掴めたんです】
 
月亭可朝「売れる落語家は両輪で走るんだ。レールを走るのに、若いうちは片方の車輪しかレールに付いてなくて、片方は浮いているから、脱線しかねない。談志、志ん朝大阪では三枝、仁鶴、米朝みんな両輪ともレールに付いて走っている。片方の車輪は落語、もう一方の車輪はそれぞれが違う。テレビだったり、映画だったり、DJだったり。まだ談春さんは片方の車輪、落語しかついていない。もう一方の車輪は何なのか、それがついた時、この人はよう走りまっせ」
 
志の輔兄さんはおれたちはサービス業とクリエイターの真ん中だ」といいました。さだまさしさんに訊いたら「おれのやりたい〈さだまさしを十割やったとするだろう。そしたら客は来なくなるんだよ。やっぱり秋桜やってくれよ、無縁坂歌ってよ、という話になるんだよ。じゃあ客の求めている〈さだまさしだけでやったとする。三回で来なくなる」「なんでですか」「飽きるんだな。だから客が求めている〈さだ〉七割、おれがやりたい〈さだ〉三割。長年やってきた結果、バランス的にはそれがいいと思うな」
 
笑福亭鶴瓶 一番大事なのは、時代と一緒に生きること】
 
・テレビというのも大事なんですね。バラエティに出てお笑いの人間と一緒に闘っていく噺家って、いないじゃないですか。これは噺家が保守的なファンに殺されているんですよ。やはりテレビに出て、闘っていかないといけないそういう噺家はなめられますよ。そして落語が、一部の愛好家のものになってしまう。そんなんではダメなんですよね。
 
・若手に言うのは、バラエティに出ろ、と。一番大事なのは、一緒に時代と一緒に生きることだと思うんです。時代を連れていかないと、落語は衰退しますテレビで生きていくことは大事です。映画でもいい。大衆芸能を演る以上は、時代を連れていくような芸人でないとダメですよ。
 
「青木先生」「長屋の傘」「お母ちゃん」「無法の兄貴」「回覧板」「琵琶を弾く観音像」「CHINGE」
 
 
三遊亭円丈 いくつになっても、変わったものを作りたい】
 
1944年生まれ、64年明治大学文学部中退。
 
三遊亭円丈「パニック・イン・落語会」「グリコ少年」「悲しみは埼玉に向けて」「即興詩人(東海林さだおの漫画の落語化)」「コロッケは虹の彼方に」
 
立川志の輔 落語はこうだ、みたいな考え方ではなく】
 
・北海道で、師匠(立川談志)のテープで覚えた「天災」を演ったんです。本人はまた結構うまくコピーしたつもりでいた……。そりゃコピーだとわかっていますよ。そっくりうまくコピーすればそれで受けるものだと思っていたんです。なのに、全く受けなかった。そしたら楽屋で、師匠があれはおれの『天災』だからな、お前には無理だ」と言った。確かにどのセリフ一つ、僕のセリフではないんです。あれでびっくりして師匠と同じように演ったらダメだということも悟りました。
 
目茶苦茶を自分の生活信条にし、モノの価値観も犯罪ぎりぎりというか、常識と非常識のぎりぎりのところを行って、楽しみ苦しみながら人生をデッサンしてきた人の作った落語を覚えました、コピーしました、それで受けるだろうと思っていた。これはやはり落語を甘く見ていたわけで、バーンと殴られた瞬間ですね。
 
立川流の実験第一号。
 
・落語というものの究極は、どんな作品をやっているかでは、おそらくない。誰がどこで言うかが問題なんです。(家元自身があまり落語家と付き合わないからね。落語家は莫迦だから、莫迦と付き合ってもしょうがない」が持論で)それを真に受けた僕は、気がついてみたら、他の業界の人たちと付き合うようになっていたんです。
 
・神経も考え方も出身も、家元からおそらく一番遠い自分が、家元に入門して、あのすごさに近づいたショックで、磁石のようにポーンと反対側まで飛んで、その飛んだ先で家元とは逆のことをずっとやってきたんだと思っています。これは僕にとって素敵なことでした。
 
「しかばねの行方」「バールのようなもの」「みどりの窓口」「歓喜の歌」
 
 
【三遊亭歌之介 私小説のような新作落語を】
 
・(吉川)円歌師匠は、歌奴時代から今日まで談志師匠も舌を巻く爆笑王であり続けているんだけど、ネタの数は少ないですよね。「中沢家」と「授業中」と「月給日」たまに「浪曲社長」。古典は「西行みたいな地噺が多い。そして何を演っても必ず受ける、同じ噺を何度聞いても面白い、というのが円歌さんのすごいところです。
(歌之助)マンザイ・ブームの時に、全盛期のツービートの後にうちの師匠が上がって、たけしさんが勝てねえ」と言ったんですもん。談志師匠に、後に上がりにくいから、あんまり受けるなって師匠に言っとけ」と苦笑いされたこともあります。うちの師匠の面白さは、何でしょうね。ふっと入っていける、あの声がいいのか、間がいいのか。師匠に訊いたんです。「飽きませんか、毎日『中沢家』を演って」「あのな、飽きるようじゃダメなんだよ」吉川)「円歌さんらしい名言だね」
 
「B型人間」「爆笑龍馬伝」「お父さんのハンディ」
 
桂あやめ いつの時代も、落語は女に門を閉ざしていない】【立川志らく メロディを持つ者が売れる】【桂三枝 人生を賭けて、古典落語三百年に挑戦している】「ゴルフ夜明け前」「じいちゃんホスト」「猫すねちゃった」「生まれ変わり」など。
 
やっぱり落語はいいねえ〜!聞きたくなって、演りたくなりました。(笑)オススメです。(・∀・)

 

 

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待ってました!―花形落語家、たっぷり語る―