一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「教誨師」(堀川惠子)

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教誨師 (講談社文庫)

教誨師 (講談社文庫)

 

以前、巣鴨プリズン教誨師だった花山信勝氏。そのとき初めて教誨師というコトバを知りました。

 

  

さてこの本。人生の大先輩の経営者から勧められました。

「半世紀にわたり、死刑囚と対話を重ね、死刑執行に立ち会い続けた教誨師渡邉普相「わしが死んでから世に出して下さいの」という約束のもと、初めて語られた死刑の現場とは? 死刑制度が持つ矛盾と苦しみを一身に背負って生きた僧侶の人生を通して、死刑の内実を描いた問題作!第1回城山三郎賞受賞」そのエッセンスを紹介しよう。

 
・港区三田の丘の上の浄土真宗綱生山當光寺こうしょうざんとうこうじ)。この寺の第三十世住職が、昭和六年生まれの渡邉普相(ふそう)である。東京拘置所の古い教誨師名簿」の僧侶の中でひとりだけ存命の人が渡邉だった。話を聞かせてもらえないかと寺を訪ねた時、彼は78歳。驚いたことに教誨師の仕事は今も現役で続けているという。着任したのが28歳。ちょうど半世紀だ。
 
・死刑囚は死刑判決が確定すると、面会や手紙など外部とのやりとりを厳しく制限され、死刑が執行されるまでの日々のほとんどを拘置所の独房でひとり過ごす。教誨師は、そんな死刑囚たちと唯一、自由に面会することを許された民間人だ。間近に処刑される運命を背負った死刑囚と対話を重ね、最後はその死刑執行の現場にも立ち会うという役回り。それも一銭の報酬も支払われないボランティアだという。渡邉ほど長いキャリアはいないし、今後も現れないだろう。理由はその任務の過酷さである。身体よりも心がもたなくなる者が多いという。そんな務めをなぜ半世紀も続けているのか、いや続けることができたのかそして死刑執行の現場という社会から完全に隔絶された空間で、彼がその目で見てきたこと、宗教者としてやってきたことそして半世紀を経て自身の職務についてどう考えているのか。
 
教誨とは受刑者に対して徳性の育成を目的とする教育活動」「収容者を訓し、導き、善にたちかえらせること」である。
 
・半世紀にわたる死刑囚教誨、そして、死刑制度が持つ苦しみと矛盾を一身に背負ってきた人生。心の奥底から絞り出された言葉は、いずれ必ず自らの「死」に向き合うことになる私たちひとりひとりに投げかけられた問いへと重なっていく。「死刑」とは、一体何なのかこれから記すのは、ひとりの僧侶の目に映った「生と死」である。
 
「真面目な人間に教誨師は出来ません。突き詰めて考えておったりしたら、自分自身がおかしゅうなります」
 
「これは前世の因縁です。たとえ無実の罪があっても、先祖の悪業の因縁で、無実の罪で苦しむことになっている。その因縁を甘んじて受け入れることが、仏の意図に沿うことになる」
 
「人間はみな死刑囚だ。皆いつかは死ぬ。残された時間を大切にするしかないではないか」
 
・「渡邉先生には本当にお世話になりました。先生、私の部屋に仏説阿弥陀経の写経が何十も溜まっております。集合教誨の度に写本が足りぬと仰っておられましたから、この春からずっと作っておきました。どうかみんなのために使ってやってください
 
「先生?私の身体で手術の練習をした若いお医者様が、将来、誰か病気の人の命を救ったとしたら、私も人の役荷なったということになりますか?私の目が誰かに使われて、その人が幸せになったら、私の罪は少しでも許されますか?」
 
その他、「篠田龍雄(りゅうゆう)との出会いと足跡」「三鷹事件の竹内景助」「ホテル日本閣の小林カウ」「生と死との狭間(原爆体験)」など。

 

実に深い……。教誨師さえ、お経が読めなくなるくらいの落涙……。これは多くのp人に読んで欲しいな…。静かな感動。超オススメです。(T_T) 

 

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教誨師 (講談社文庫)

教誨師 (講談社文庫)