酒場のギター弾き 小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「戦後怪奇マンガ史」(米沢嘉博)

  


戦後怪奇マンガ史


タイトルに惹かれて読みました。ワタシの好きな怪奇マンガといえば、「墓場の血太郎」(古谷三敏。「ゲゲゲの鬼太郎」ではありません!)日野日出志の一連のシリーズ、「おろち」「漂流教室」(楳図かずお)「亡霊学級」「恐怖新聞」「うしろの百太郎」(つのだじろう)「エコエコアザラク」(古賀新一)「魔太郎がくる!!」(藤子不二雄だなあ!(・∀・)


さて、この本は、我が母校明治大学が誇る、漫画評論家の故・米沢嘉博氏が生前、ホラー雑誌に連載していた原稿を『戦後怪奇マンガ史』として一冊にまとめたもの。何がスゴいって記念図書館まであるんだからっ!(・∀・)


明治大学 米沢嘉博記念図書館
http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/


手塚治虫ロストワールドから、つのだじろう「新・うしろの百太郎」まで。「怪奇漫画」約40年間の流れをたどっています。ホラーファンはもちろん、全ての漫画好きは必読 !そのエッセンスを紹介しよう。


・これまで、楳図かずお日野日出志など、ここの作家についての研究書はあったら、“通史”と呼ばれる本や類書は皆無だった。そのような本が何故ないのか。想像するに「怪奇漫画」では、人がバタバタと死ぬし、血しぶきなどの残虐な場面の多いため、作品として「冷遇」されている。怪奇漫画は、現実世界の陰に潜む昏い思考をあぶり出す、いわば、排除不可能なジャンルだとも思うのだが、評論の俎上に上がってこない。作家や版元についていの記録や回想なども余り残されていない。それゆえ一般に認知されない「裏通りの漫画」であある。


しかし米沢の持論は「マンガの最上の部分と最低の部分は「変さ」において通底している」というものだった。この場合の「最低の部分」とは、米沢が多分、もっとも愛していた漫画の二大ジャンルー「エロ漫画」「怪奇漫画」を指すのだと思われる。編者はこの、米沢の考え方に同意する。


本書は、いままで生み出された怪奇漫画を過去にさかのぼり体系的に編み、怪奇漫画総体に迫ろうとした初の試みだ。これは筆者の独壇場とも言えるもので、アナログ派(PCを使わない)、原稿は「ふとんに寝そべって、手書きで執筆する人」だった米沢は、脳に膨大な記憶のストックを所持し、彼しかしらないデータベースを長年かけて構築していた。だからこのように怪奇漫画の生きた流れを書ききることに成功した。考えてみて欲しい。怪奇漫画の歴史について、ここまで正面きって書かれた本があっただろうか。これは米沢嘉博にしか書けない本だ。


怪奇マンガ、ホラーコミックと言われているジャンルが確かにある。これまで大きなブームを巻き起こしたことはほとんどないし、大ヒット作や大長編がそれほどあるわけではない。メジャーな少年誌での連載もこれまで数えるほどしかなく、しかも静かなホラーブームと言われている今でさえ、話題作はない。にもかかわらず、怪奇マンガの流れは絶えることなく、流れ続けてきた。一時隆盛を誇った探偵マンガ、県道マンガ等が消えてしまったことに比べれば、しぶとく、ある意味では普遍的な力を持ち続けている。また怪奇マンガは「時代性」と関わりなく読まれている


怪奇マンガは描くことが難しいジャンルだといえる。なんといっても、人間の生理的感情への洞察なしには生まれず、思いつきやファッションのみで描くことはできないからだし、読者の中に「恐怖」「奇妙な違和感」を生じさせるテクニックを習得するには、ある程度先天的な感覚が必要とされるからだ。


その他、楳図かずおムロタニツネ象古賀新一萩尾望都山岸凉子日野日出志手塚治虫山上たつひこ池上遼一諸星大二郎永井豪ひばり書房つのだじろうなど。


永井豪「ススムちゃん大ショック」は、40年以上経った今でも忘れられない……。あの怖さを超えるものはないなあ……思い出しちゃったよ……。ホラー映画よりもコワイよねー!マンガファン必読!オススメです。(・∀・)!



  


戦後怪奇マンガ史