
・それでいいではないか。食えなければ食わねば宜しい。いったい、高祖禅師(道元)いらい、 お寺へ入ったら食える保証など、どこにもあったためしはない。 お寺で食えるというのが間違っているのであって、 お寺は食う処ではない。
もったいないことに、 自分の修行に夢中になっているために、 お百姓さんのように一粒の米も生産することができないから、 行乞に出て、すみませんといって、一握りの米をタダで頂戴して、 生き永らえさしてもらっている。
自分は僧侶として好きなことをやっているのだから、 一握りの米も頂けなくなったら、誰を恨むでもない。そのときは、心静かに飢え死にすればいい。 高祖いらい、みんなその覚悟でこれたからこそ、こんにちの禅門があり、禅僧といわれる人は、 その祖風をしたって仏門に入っずである。
・禅僧が禅僧としての修行を全うするために、 妻の協力が必要であると説かれたか。本来、禅をやるものには、 妻子は養えぬのである。仏道修行が女性を近づけぬのは、 単なる性欲の問題だけでなく、 そういう普通一般の日常という荷物が、 重すぎるという理由もあると私は思う。
禅だけではない。自分で自分の好きな道に熱中するものは、 まず妻子というものを斥けてかかったほうが無難であろう。 好きなこともやりたい、妻子も食わせねばならぬというのは、 それこそ二足のワラジであり、どだいムシの良すぎる注文である。
・悪いことはいわない。まだ、妻帯の決心のつかぬ男性諸君は、 この事の重大さに思いを馳せてほしい。 家庭という重荷を背負うか、わが身一つの身軽さでゆくか、 選択できる間に選択しておくことだ。
私は後者を選んだ。食えなんだら食うなとは、 わが禅の古徳たちが口を酸っぱくして、いってこられたことだが、 これは決して、 痩せ我慢でもなんでもないということがわかったのが、 その選択のこたえである。食えなんだら飢えるのであり、飢えれば、死ぬまでである。 実に軽がると、生きてこられた。
・お寺には、七、八人の小僧がいた。 この小僧たちを指導する坊さんが一人で、これが、 なかなか口やかましかった。私は、小学校の五年生だったが、朝、 托鉢をすましてからでないと学校に行けない。しらじら明けには床をたたんで、四キロも、 もっと遠い大野市まで、行乞に行く。往復、 八キロにも十キロにもなる。帰ってきて、托鉢してきた米で粥をたき、塩を入れて食い、 残りを、ブリキの茶筒に詰めて弁当として、学校へもって行く。 だから、登校はいつも昼近い十一時頃になったが、この経験は、 大いに鍛えてくれた。食えなんだら食うな、という厳しさを、 身をもって体験したのである。
・托鉢に回っても、米を喜捨してくれる人がいなかったら、 鉄鉢に米が埋まるまで、回らねばならない。それでも、 恵んでくれる人がなかったら、手ぶらで帰るよりほかはなく、 手ぶらで帰ると、朝の粥にありつけず、昼弁当の粥もない。
・いっておくが、「食えなんだら食うな」とは、「 買えなんだら買うな」の意ではない。食えなんだら、食うな、という言葉には、本来、 食うことのできない、おのれが・・・・・・という傷みがある。 懺悔がある。禅僧は、乞食に頼っている。本来、 一粒の米も生産できないのである。それお恵みを得て、 食えるべきでない身が、食わしていただいている。その実感を、 小僧の時分から、叩き込まれるのである。
ところが、世のお母さんがたには、この実感が、 どうもないらしい。直接、生産にたずさわってない身が、 食える道理のない自身が、と考えてみたことがあるか。
ゼニがあるから食えると思ったら大間違いで、ゼニはあっても、 代用食さえままならぬという戦中から戦後の、あの悲惨な時代を体験して、まだ、 三十年にしかならない。もし仮に、 再びあの暗黒時代が到来すれば、都会という都会には、 発狂した若い母親たちで満ちあふれるであろう。日々、無事食わしてもらっている有難さを思い知るべきである。
・私は決意した。すくなくとも、 金銭的な面で師匠にたよらぬ覚悟でいこうと決めた。当時、働きながら学ぶ学生を「苦学生」といった。きわめて、 稀ではあったが、そういう若者もいるにはいたのである。つまり、 人のやっていることであった。
人もやっていることを、自分がやれぬはずはない。 人のやっていることをやれないで、なんで、禅の修行ができるか、 というのが、十代の少年の、少年らしい昂然たる思いであった。
・私の確かな進路は、この飢餓時代に決まったといっていい。私は、 大威張りで飢え死に出来る道を選ぼうと思った。あるいは、 甘えだといわれれば、甘えかもしれない。お寺に入れば、 なんとかなるという甘えがあったかもしれない。いってみれば、 それだけ、この飢餓時代の恐怖がこたえたのであったが、 しかし私にしてみれば、それだけの代償は払ったつもりでいた。
つまり、この時期に、漠然とではあったが、 一生を修行僧として送るという決意のまえに、 棄てるべきものを用意しておいたのである。妻帯はせぬ、 ということであった。本格的な修行に入ったのをきっかけに、 生臭は絶とうという決心であった。それから、酒もタバコも、 それは絶つというより、 これからも経験しないでゆこうというのであった。
・仏教では、四恩ということをいう。順序は、 説かれたお経によって、多少ちがうが、要するに、一、育てて下さった父母の恩、二、直接、 間接にお世話になっている一切衆生の恩、三、 国家・社会の恩、四、仏法の恩である。ここでいうならば、 一切衆生の恩であろう。
すべての人々の恩恵によって、いま、私は生かされている。 よくつかわれるたとえだが、 一粒の御飯をありがたく頂戴できるのも、 それを生産して下さったお百姓さんのおかげであり、 それらのかたがたには、 いちいちお礼を申しあげられないほどの距離と多方面にわたってい る。
だからこそ、せめて身辺の、声をかけられる範囲の人には、 和顔愛語でゆかねばならぬ。おかげをこうむっている人間の、 人間としてのつとめであろう。いや、つとめてするのではなく、 おのずから、にじみ出てくるものでなければならぬ。 そういう重大事に気づかせていただいたのも、 私の死病を見守ってくださった医師をはじめ、 多くの人々衆生の恩恵であった。
「病いなんて死ねば治る」「無報酬ほど大きな儲けはない」「ためにする禅なんて嘘だ」「ガキは大いに叩いてやれ」「社長は便所掃除をせよ」など。
すごいなあ……説得力あるなあ……。なにか、ふっと吹っ切れた感じがする。いいなあ。ありがたいなあ。メシが食えるって。何度も繰り返し反復したい本。超オススメです。(=^・^=)
